第1話 薬棚の朝
王都ルーヴェーの外れ、古びた石畳を抜けた先に瑠璃の薬棚はあった。扉を開けると、乾いた葉の香りと微かな樟脳の匂いが混ざる、独特の空間。瑠璃は今日も、棚の隅々まで匂いを確かめながら、粉や液体の色合いを指先で確認していく。
「……うん、今日も大丈夫」
誰も見ていなくても、彼女の手は正確だった。匂いは嘘をつかない。客が口にする言葉は時に曖昧でも、香りは確かに物語を語るのだ。
そのとき、扉の外で急ぎ足の音がした。小さな薬棚には似つかわしくない、宮中の使者が立っていた。整った制服に胸元には皇后の紋章。瑠璃は眉をひそめる。
「千草瑠璃殿、宮中よりご足労願います」
差し出された巻物には、皇后付きの侍女が連日失神を繰り返していること、医師たちが原因不明で困惑していることが書かれていた。瑠璃はその文字をなぞるように視線を落とす。
「匂い……」瑠璃は心の中でつぶやいた。巻物には何も書かれていない。しかし、扉の向こうから微かに漂う匂いが、焦げた木と甘い土を混ぜたような、不自然な香りを伝えていた。
それは病気の匂いではない。何かが混ざっている――人の手が、意図的に。
瑠璃はそっと薬櫃の引き出しを開け、使い慣れた調合法のメモを取り出す。「どんな小さな痕跡でも、見逃さない……」彼女は深く息を吸い込んだ。匂いの先に、宮中の秘密が待っている。
その日、薬師の少女は小さな薬棚を飛び出し、王都の陰謀と向き合う第一歩を踏み出した。




