表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

1

 山間の町は静かだった。

 それでも中学校の校舎の中だけは、それなりのざわめきや笑い声が散発的に聞こえてくる。


「転校してきました、白野瞬です。よろしく」


 黒板を背にして、そう挨拶した。

 中学三年生の秋に転校してきた僕に、二十人ほどの新しいクラスメイトが、一様に好奇の視線を送ってきた。

 自己紹介が終わると、教室内で一つだけ空いていた机を、僕の席として割り当てられた。


「白野くんて、東京からきたんでしょう? やっぱり感染症のせい?」


 休み時間に、隣の席になった女子に訊かれた。


「そうだよ」


 首都圏を中心に大流行を見せた感染症のために、地方へ疎開する人が急増した。

 僕も親子三人で引っ越すことになった。

 高校受験の試験日までには、多少病気が沈静化することを願って。


「白野くん、趣味は?」と別の女子に訊かれた。


「うーん、雑貨屋巡りとか」


 それを聞いた一人の男子が笑い出した。


「雑貨屋! そんなもんこの町にねえよ。山ん中の過疎のくそ田舎にきて、損したと思ってんだろ」

「そんなふうには思ってないよ。確か、僕が住んでた地区からも、前にここに越してきた人がいたし、悪い印象なんか持ってない」


 また別の男子が話しかけてくる。


「白野くんてもてそうだよな。彼女とかいんの?」

「いない」


「じゃあ忠告しとくよ。この町で一番の美人が隣のクラスにいるけど、妙な気起こさないほうがいいぞ。告白すると、変なこと言われるから」

「変なこと?」


 聞き返したところで、次の授業が始まった。

 木製の机の中に入れた教科書を取り出そうとした時、机の裏側の面に手が触れ、妙な感触がした。木ではなく、紙のような。


 放課後、クラスの人がいなくなってから、かがみこんで机の裏側を見上げた。

 そこには、ピンク地にガーベラ模様のマスキングテープで、ひどく乱雑に、一枚のルーズリーフが貼りつけられていた。

 ルーズリーフに書かれていた文面をざっと読んだ僕は、それを、震える手で、慎重にはがした。

 椅子に座り、もう一度、ゆっくりと読み返す。


<私は死ぬことに決めました。今まで毎日死に方ばかり考えながら、……>


 それは遺書だった。



 僕は遺書を持って、中学校の屋上へ上がった。

 誰もいないところで、ゆっくりと読んでみようと思った。

 しかし、屋上のヘリに人がいた。

黒く長い髪が風に揺れている。女子のようだった。

 彼女が振り返る。

 九月だというのに、黒い冬用のセーラー服に、黒いネックウォーマー、それにマスクをしていた。


 僕は、上半分しか見えていない彼女の顔――その双眸を見た時に、頭の半分がびりっとしびれるような衝撃を受けた。

 きれいだ。その瞳に、今にも吸い込まれてしまいそうなほどに。


「……君は誰ですか?」


 僕の言葉に、彼女は首をかしげた。


「あ、僕は、白野、……だよ、です」

「そう。初めまして。転校生って、あなたね」


 初めて聞く彼女の声は、マスク越しだからか、くぐもっている。


「町一番の美人て、君のこと……?」


 そう言いながら彼女に近づいて行き、僕は、女子生徒のマスクを外した。


 町一番どころか、この世で最も美しいのではないかと思えるくらいの顔がそこにあって、僕はばかみたいに口を開けたまま、しばらく固まっていた。

信じられない。なにが起きたか分からないほどの衝撃。見ているだけで、頭の芯がしびれてきた。


 彼女はまったくの無表情で、眉をひそめも、唇を曲げもしない。

 ただ僕の手からマスクを奪い取ってはめ直し、その時に僕が持っていた遺書も取り上げてしまった。


「失礼な人ね。なに、これ」

「あ、それは僕が見つけた……」


 彼女は相変わらず無表情だったが、数秒間じっと黙った。

 そして、


「……私の」

「え?」


「これ、私のなの」


 そう言って彼女はルーズリーフを折りたたみ、スカートのポケットに入れようとした。


「待ってください。君は隣のクラスだって聞いてます。これは僕の机に裏に貼りつけてあったもので」

「これ」と彼女はルーズリーフについたままだったマスキングテープを指さし、「私のテープ。この町で売ってるものじゃないから、私以外には持ってない。それで証拠になるでしょう」


 そう言って、彼女は、スカートのポケットから「ほら」と言って、ガーベラ模様のテープを取り出した。

 僕はそれを、間近に目を寄せて見た。確かに、同じものだ。


「なんで遺書なんか?」

「さあね。もういい?」


「待ってください。君のことをもっと知りたい。君は何者なんですか?」


 僕は彼女の腕をつかんだ。長袖の向こうの腕は、細く、ひどく冷たかった。


「僕とつき合ってください。一目ぼれしてしまいました。本当に、君の顔が好きです」


 顔ね、見る目があるじゃない、と彼女がつぶやいた。


「名前を教えてください」

「私は、立花賛歌。いいよ、つき合っても。同級だし敬語はやめて。それと――」


 それと?


「――それと、君、私を殺してくれる?」

「……なにを言っているのか分からないけど」


「そのままの意味よ。私、首生なの」

「……? 生首?」


 賛歌がゆるゆると、肩ごとかぶりを振る。


「く・び・な・ま。不老不死の首に体がついている、この町で祀られ続けてきた化け物よ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ