空虚
外面の良いものは概して中身がない。という偏見の塊。でも当たらずとも遠からずだとは思う。外見も中身も良かったらそれはもうものじゃない。ただの概念だ。外面に惹かれて中を覗くも、中身は驚くべきほど空っぽだ。思わず目を疑う。覗いてみて驚いた人も多いのではないかと思う。キレイに何もない。すっからかんだ。引っ越して一日目の部屋みたいに。まだそっちの方が物があるかもしれない。そう言いたくなるぐらい何もないのだ。何かが落ちていないかと目を皿のようにして床を探るが埃ひとつ落ちてやしない。空虚だ。あまりに空虚過ぎる。人のいる気配すらしないので、どこか末恐ろしくなってくる。背筋にゾワっと悪寒が襲ってくる。怖い。怖い。これが人の住むところなのか? 悪魔に魂を乗っ取られでもしたのか? そんなことあるか? 疑念が更なる疑念を呼ぶ。戻ろう。これは覗いてはいけないものだったのだ。きっとかつては禁足地だったのだろう。立ち入り禁止の看板がどこかへ行ってしまっただけなのだ。
外面が良いものに対して嫉妬したり、僻んだりしているだけだと、そう捉えてもらっても構わないが、論旨はそこではない。腰を抜かすほど驚いたのは、空虚があることそのものではなく、空虚がどこにでもあるということだ。外面の溢れんばかりの充足に、内面の悍ましいほどの空虚さに、驚いたのではなく、空虚が我々のそれと酷似していたからである。我々の傷と、欠落と、渇望と、飢えにそっくりだったからである。同じであるとすら言えた。瓜二つ。生き別れの兄弟に再会したみたいなある種の感動と動揺と混迷。果たして私に生き別れの兄弟などいただろうか? いやいない。いるはずもない。そんなことあり得ない。何故なら、我々はいつも……ひとりだったからだ。本当に? 本当に!
内部の充足を図ることと、外部の充足を図ることの間になんら違いなんてない。これっぽっちも変わりやしないのだ。外部の空虚と内部の空虚にも違いなんかあるはずもない。空虚のある場所は問題にすらならない。みんな同じなのだ。ある場所においては。誰も彼もが皆ひれ伏せ、跪き、平伏するのだ。何に? ……。 何に! ……。
ここがどこだとか、あれは何だとか、それは誰だとか、これはどのようであるかだとか、そのような我々の生存に際して重要そうに見える諸問題を取り敢えず一旦脇に追いやって、ひとまず逃げ込むのだ。どこに? ……。 どうやって! ……。
こんな形で再び相見えることになるとは思いもよらんなんだ。相手の胸の奥深くに隠された傷をガバッとかっ開いてそこに沈んだように眠っている黒く澱んだ塊を、明るくキラキラと輝くビー玉を、どこか無機質で澄み切った夜空を、メラメラと深い森を一手に燃やし尽くせそうな恐ろしい小火をチラリと覗き見ただけで。まさか……こんなところにあろうとは……。予想だにしなかった。それとも、薄々気づいていたのか? そこに私の空虚が眠っていると。私の目が、もはや何も映すことのない灰色の目が。失われた記憶が。嘘だ。嘘だ! 嘘だと言ってくれ。そんなこと……あるはず?……なかったじゃないか。未だ嘗て。誰にも届かない慟哭が広い部屋にキーンっと響き渡る。奥歯がガタガタと凍えたように震え、手足が凍ってしまったかのように固まってしまう。されど頭は沸騰しそうなぐらいぐつぐつと煮えくりかえっている。あの空虚は……? 一体どこから……?
空虚はどこにでも誰にでも訪れる。固有性と普遍性を兼ね備えた形で。望もうが望むまいが。だから、何度でも狂ったように喚き散らすのだ。歌を忘れたカナリアのように。みんな同じなのだ。同じ。同じ! 同じ……何? 何が同じなのさ? ……。合一。等価。融合。外面がなんだ。内面の充足がなんだ。そんなものは豆腐と一緒に味噌汁に加えて飲み干してしまえ。
これらは我々の眼前に啓示された。この空虚は始まることもなければ終わることもないという甘美なデザートを添えて。どこからともなくふっと現れた幽霊によって。それらが幸甚なのかそれとも苦悶の到来なのか、そんなのどっちだって良い。黒い花よ、そうだろう?