俺はこうしたい(1)
放課後、教室を出てすぐの廊下。
夕暮れの光が窓から差し込み、床に長く細い影を落としていた。
吹奏楽部の楽器の音、運動部の掛け声。それらが交じり合い、柔らかい残響となって廊下を満たしている。
創二と真琴は並んで歩いていた。
何か話しかけようと創二が口を開きかけても、返ってくるのは「うん」や「そうだね」といった素っ気ない返事ばかり。
それ以上、会話が広がることはなかった。
やがて、ふたりは視聴覚室の前にたどり着く。
ドアを開けると、黒いカーテンが閉じられた薄暗い空間が広がっていた。
すでに何本もの長机が並べられ、その多くが人で埋まっている。
今日ここで開かれるのは、委員会の集まり。
原作の中では、この場で軽く自己紹介を交わし、文化祭の話が少し出たあと、あっさりと解散する流れになっていた。
創二と真琴が席についたあとも、いくつかの席は空いたままだった。
時間が過ぎても、そこに人が現れることはない。欠席かな──そう思ったそのとき、勢いよくドアが開く音が室内に響いた。
「おっしゃ〜、ギリギリセーフ!」
息を切らしながら入ってきたのは、男女のふたり。
男子の方は満面の笑みで手を上げ、女子の方は少しうつむき加減に、まだ肩で息をしている。
「遅刻ですよ。もう少し早くしてください。」
そう告げたのは、生徒会長の須野 達也。ぴしっとした声に、空気が少しだけ引き締まる。
「すみません、遅れてしまい申し訳ありません」
男子が頭を下げる。笑顔のままだが、礼儀は守っている。
「まったく……櫻井くん、それに成野さんも。次はもう少し余裕を持って来てください」
「はい、気をつけます!」
にかっと笑って答える男子──櫻井 健。
それに続いて、ようやく顔を上げた女子──成野 鳴も小さくうなずいた。
そこで委員会が始まる。
「今日は軽く自己紹介してもらおうか。じゃあ、遅れた君たちからお願いできるかな?」
成野と櫻井は、息を整えながら前に出た。
「えっと……はじめまして、成野 鳴です。えーと……図書委員してます。こういう場、ちょっと苦手なんですけど、よろしくお願いします……」
俯きがちに、声も小さい。でも内容自体はまとまっていて、無難に終えた。
(典型的な真面目系女子。たぶん、通知表のコメント欄が全部『よくできました』で埋まってるタイプだ)
創二は、そんな印象を受けた。
次に、櫻井が一歩前に出てきた。
「どうもー!櫻井 健っす!えっと、生徒会の手伝いやってます。あと、趣味は筋トレです!……って言うと、わりと笑われるんですけど、マジでガチなんで! よろしくお願いします!」
笑顔全開、やたら声がデカい。部屋の空気が少し明るくなるような感じだった。
(やたらテンション高いな。けど、こういうやつが人に気に入られる人間なんだろうな。だから真琴もこいつが好きなんだろうな)
──そう、櫻井は、真琴の幼馴染。そして、真琴が密かに想いを寄せている相手だった。
けれどその恋は、どうしても叶わない。なぜなら櫻井の隣にいる成野が、彼の恋人だから。
ふと、近くに座っていた海道がぽつりと呟いた。
「好きなら言ったら? 言わないと後悔することもあるよ」
その言葉に、空気がピンと張り詰める。
櫻井は気づかず、成野と何か楽しそうに話している。
真琴のまつげがわずかに震え、視線を机に落とした。
静かに、でも確かに揺れるその表情を、創二は黙って見つめていた。
──こうなるとわかっていたのに。
告白して、玉砕して、それでも前を向いて終わる……
そんな綺麗なストーリーで済むような人間じゃないことくらい、創二はよくわかっていた。
(でも俺には、それができない。海道のようなやさしさなんてない)
自嘲のような苦笑とともに、ふと結論のような考えが胸に浮かぶ。
(……だったら、俺が櫻井と真琴を付き合わせればいい。)
創二のだした結論は自分の推しを幸せにすることだ。
今回も読んでいただきありがとうございます。次の投稿もいつかわかりませんが、なるべく4月には投稿したいと思っています。