よくある転移ものではなく。
この作品を読んでくださいましてありがとうございます。
袋に買った本を抱えている青年がいた。名前は菊池 創二、17歳。
彼は今日発売の『5人のヒロインに好かれて困っています。』のラノベを手に入れ、ウキウキしていた。
創二がスマホで時間を確認すると、画面には11時15分と表示されていた。
「早く買えてよかった。テストが終わるまでずっとワクワクしていた。帰って読もう。」
「そんなに楽しみだったのかい?」
横にいた無精ひげを生やしたおじさんが聞いてきた。
「うん。聡さんは知らないと思うけど、人気でアニメ化されたんだ。」
「そんなに面白いのか。」
そんな何気ない会話を、創二は楽しんでいた。
このラノベを買うことが、彼にとって月一の楽しみだからだ。
ワクワクしながら信号を待っていると、背中から強い衝撃を感じた。
創二の体は横断歩道へと押し出される。
そして――創二は、犯人の顔を見る間もなく、トラックに跳ねられた。
創二は覚悟を決めて目をつぶった。
死の先には何があるのか。彼はしばらく考えていた。
だが、異変に気づく。
死後の世界のことは分からないが、意識があるはずはない。
なぜだ?
そう思った瞬間、創二の上には、まるで太陽のような明かりがあった。
彼はその光を追うように、深海から這い上がるように泳いだ。
そして――
創二はベッドから転げ落ちた。
目を開け、辺りを見回す。
そこには、見たことのない家具や教科書、本が並んでいた。
(俺の部屋……?)
疑問を抱きながら部屋を出る。
手当たり次第に鏡のある場所を探すと、洗面所にたどり着いた。
鏡を覗き込む。
「……俺の顔だ。」
しかし、違和感がある。
ここに来るまでに見た部屋の構造も、家具の配置も、何もかもが見覚えがない。
(もしかして……異世界に飛ばされた?)
念のため、洗面所の引き出しからドライヤーを取り出し、注意書きを確認する。
そこには、日本語と英語が書かれていた。
(……日本、なのか?)
ならば、これは俺の知っている日本なのか? それとも、別の世界の日本なのか?
そんなことを考えていると、後ろから服を引っ張られた。
「ちょっと、お兄ちゃん、そこどいて。私使うから。」
「……あ? 兄ちゃん?」
創二は驚いた。
なぜなら、彼に兄弟はいない。
創作の中でしか知らない存在だった。
目の前にいる妹らしき少女を、顔や体、服に至るまでジロジロと見つめる。
「キモい。」
死んだゴミを見るような目で言い放たれた。
「悪い悪い。」
創二は苦笑しながら、リビングへと向かった。
そこには、母親らしき女性がキッチンで料理をしていた。
「おはよう。何か物を落とした音がしたけど?」
「あー……俺がベッドから落ちたんだよ。悪い夢を見て。」
「そう。今日が入学式だから、興奮したのかもね。」
「そこにあんたのご飯置いてあるから食べなさい。」
木製のテーブルの上には、ベーコンエッグとパンが置かれていた。
創二は食べながら考える。
(ここは日本だ。だけど、都道府県や文化、何かが違っている可能性がある……?)
(それに、この家族と俺は、どんな関係だったんだ……?)
疑問は次々と膨れ上がっていく。
(名前は何なんだ?)
普通に聞けば怪しまれるし、知らないといろいろ面倒だ。
そんなことを考えていると、母親が大きな声で彼の名前を呼んだ。
「早く食べなさい。綾華ちゃんを待たせるんじゃないわよ!」
創二はフォークを皿に置いた。
(……今、何て?)
「それって、西本 綾華ちゃん?」
「それ以外に誰がいるのよ。」
創二の頭の中に、あり得ない可能性が浮かび上がる。
(まさか……そんなことが……)
思考が混乱しながらも、まるで早送りされたビデオのように、
彼は急いで学校へ行く準備を始めた。
扉を開ければ、そこに"正解"がある。
母の「緊張せずにね」という声も、彼の耳には届かなかった。
創二は覚悟を決め、扉を開けた。
そこで俺は確信した。
この世界は『5人のヒロインに好かれて困っています。』の世界だった。
不定期投稿にはなりますが、エタにはならないよう頑張りたいと思っています。