サジタリウス未来商会と「見たくない未来」
麻美という女性がいた。
年齢は30代半ば。大手広告代理店で働くキャリアウーマンだ。
明るく活発な性格で、周囲からの評価も高いが、彼女の心の奥底には常に不安が渦巻いていた。
「このまま仕事だけの人生でいいのだろうか……」
同年代の友人たちは次々と結婚し、子どもを持つ生活を楽しんでいるように見える。
一方で、麻美は忙しい毎日に追われ、プライベートを顧みる余裕がなかった。
「これが私の未来?この先もずっと一人で働き続けるなんて、耐えられない……」
そんな思いを抱えたある夜、麻美は帰り道で奇妙な屋台を見つけた。
それは、薄暗い路地裏にひっそりと佇む屋台だった。
古びた木製の看板には、手書きでこう書かれている。
「サジタリウス未来商会」
「未来商会……?」
興味を引かれた麻美は、その屋台に足を向けた。
屋台の奥には、白髪交じりの髪と長い顎ひげを持つ初老の男が座っていた。
その男は、麻美を見ると、柔らかい笑みを浮かべながら声をかけた。
「いらっしゃいませ、麻美さん。今日はどんな未来をお求めですか?」
「私の名前を知っているの?」
「もちろんです。そして、あなたが未来に何を求めているのかも分かっていますよ」
男――ドクトル・サジタリウスは懐から奇妙な装置を取り出した。
それは、小さな金属製のスクリーンがついた手のひらサイズの装置で、スクリーンには「未来ビジョン」と書かれていた。
「これは『未来鏡』です」
「未来鏡?」
「ええ。この装置を使えば、あなたの未来を映し出すことができます。良い未来も悪い未来も、すべて明らかになります。ただし、一度見た未来は消すことはできません。それでもよろしいですか?」
麻美は少し戸惑った。
「未来が分かれば、きっと今の悩みも解決するはずよね」
サジタリウスは微笑みながら装置を差し出した。
「さあ、試してみてください。未来を知ることで、新たな選択ができるかもしれませんよ」
麻美は装置を受け取り、自宅に持ち帰ると早速試してみた。
装置のスイッチを押すと、スクリーンに煙のような光が広がり、やがて映像が映し出された。
そこに映っていたのは、数年後の麻美の姿だった。
「これが……私の未来?」
最初に映し出されたのは、華やかなパーティー会場。
麻美は一流ブランドのドレスをまとい、仕事で成功を収めた自信に満ちた笑顔を見せていた。
周囲には業界の有力者たちが集まり、麻美を賞賛している。
「これなら悪くない未来じゃない!」
だが、映像が次第に切り替わると、別の光景が映し出された。
小さなマンションのリビング。
麻美は一人きりでソファに座り、テレビをぼんやり眺めている。
壁には数々の賞状やトロフィーが飾られているが、それを見つめる麻美の表情には笑顔がなかった。
傍らのスマホが光り、誰かの写真が通知されるが、麻美はそれを無視して画面を閉じる。
「こんなの嫌……」
さらに未来の映像が続く。
麻美は高齢になり、小さな老人ホームの一室で暮らしていた。
窓の外を眺めるその表情は穏やかだが、独り言をつぶやく姿には、どこか孤独の影が漂っている。
「これが私の未来……?」
麻美は装置を止め、深く息をついた。
「未来鏡なんて見るんじゃなかった……」
翌日、麻美は装置を持って再びサジタリウスの屋台を訪れた。
「おかえりなさい、麻美さん。どうでしたか、未来鏡の感想は?」
「こんな装置、渡さないでよ!見た未来が怖くて、何も手につかないわ!」
サジタリウスは静かに頷きながら答えた。
「未来を見ることは、時に勇気が必要です。でも、映し出された未来は絶対のものではありません。あなたの行動次第でいくらでも変わるのです」
「それは分かってる。でも、未来を見たせいで、これから何をしても上手くいかない気がするのよ」
「それなら、一つだけ提案しましょう」
サジタリウスは装置を操作し、最後にこう言った。
「未来を見ることを恐れるのではなく、今を大切にしてみてください。それが未来を変える最初の一歩です」
麻美は屋台を離れ、自分なりに考え始めた。
その日から、彼女はSNSを見る時間を減らし、少しずつ身の回りの人間関係を大切にするようになった。
友人との食事会に積極的に顔を出し、職場の後輩たちと親しく話す時間を取るようになった。
「未来なんて、今の積み重ねでできているんだから……」
彼女はふとつぶやいた。
「私の未来は、私の今が作るんだ」
【完】