第三章 異世界の風景
レオルと共に森を抜けた渉は、ようやく少し落ち着きを取り戻していた。異世界での初めての戦いを経て、体は疲れていたが、それ以上に心が軽くなっていた。
「今日は平和な一日であってほしいな……」
渉は肩にかけたカメラを触りながら、小さな願いを口にした。目の前には広大な草原が広がり、空にはゆっくりと雲が流れている。遠くには小さな村が点々と見える。渉はこの景色に目を奪われ、無意識のうちにカメラを取り出していた。
「おい、カメラマンさん。どうした、また撮影か?」
レオルが少し笑いながら渉に声をかける。渉は笑って肩をすくめた。
「こんな風景、俺の世界じゃありえないからさ。撮らないわけにはいかないだろ?」
彼はカメラを構え、シャッターを押す。音が響くたびに、異世界の美しい風景がフィルムに焼き付けられていく。空の青さ、草原を走る風、太陽の光に照らされる小さな村々。どれも彼にとって新鮮で、見たことのないものばかりだった。
「へぇ、俺にはただの草原にしか見えないが、お前にとってはそんなに特別なのか?」
レオルは興味深そうに渉のカメラを覗き込む。彼にとっては当たり前の風景でも、渉にとっては異世界の魅力そのものだった。
「そうだな。特別っていうか、こういう瞬間を切り取っておきたいんだ。人間の記憶って曖昧だから、こうやって形に残すのが好きなんだよ」
渉はそう言いながら、またシャッターを切る。今度は風に揺れる花々に焦点を当てた。黄色や赤の小さな花が一面に咲いていて、その光景に心が和む。
「お前、面白いやつだな。剣を振るうだけが生きる術だと思ってたが、こういうのも悪くないかもしれないな」
レオルはそう言いながら、地面に座り込み、草原をぼんやりと眺め始めた。
「たまにはこうやってのんびりするのもいいんじゃないか?」
渉もレオルの隣に腰を下ろし、風景を眺める。二人はしばらく無言でその場にいた。異世界での冒険の緊張感から解放され、穏やかな時間が流れていた。
「そうだ、レオル、君の故郷ってどんなところなんだ?」
突然、渉は思い立ったように問いかけた。レオルは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑んで答えた。
「俺の故郷か? 山岳地帯にある小さな村だ。空気が澄んでいて、夜になると星がいっぱい見える。あの景色は……お前のカメラにも撮ってほしいくらいだな」
「それ、いいな。ぜひ撮りに行きたいよ」
二人は互いに微笑みながら、その場でどこか懐かしい気持ちを共有していた。渉はレオルの故郷を想像しながら、いつかそこを訪れてカメラに収める日を夢見ていた。
「よし、次の目的地が決まったな。君の村を撮りに行くんだ」
「まだ帰るつもりはなかったが一時帰省って考えればいいか」
渉は立ち上がり、カメラを手にした。風景を記録しながら旅するという目標が、少しずつ形になっていくのを感じていた。異世界での旅は、ただの冒険ではなく、心の豊かさを育むものになりつつあった。