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4話 騎士団へのおつかい

「あのー、すみませーん!」


 エレース騎士団の詰め所に着いたシトラだが、普段は入り口近くの受付にいるはずの見習い騎士の姿が見えず、困惑しながらも声を上げた。

 すると奥から聞こえていた騒がしい声が小さくなり、騎士団の青い制服と腰に剣を下げた厳つい顔の男性が姿を表す。


「む? 受付の者がいなかったのか。大変失礼した。……それで、用件は?」

「えっと、ここに手紙を届けて欲しいと頼まれて来たんですが……あの、何かあったんですか?」


 出てきた男性からはどこか緊張感が漂っていて、シトラは不安げに声を掛けた。

 とはいえ、エレース騎士団の騎士である男性は、何も否定することなく、かと言って事情を話すこともなく。感情の見えない落ち着いた声で、固い表情を変えないまま首を横に振る。


「いや、心配には及ばない。それより、その手紙は誰に渡せばいいのだ?」

「それが、『誰でも渡せば伝わる』とだけ言われていて、誰とは指定されていないんです。こちらの手紙なのですが……」


 シトラは緊張と不安で顔を強張らせ、騎士の男性に手紙を手渡す。


「ふむ……まあ、ひとまず拝見しよう」


 騎士の男性はあごに手を当てると、シトラから手紙を受け取った。

 シトラは続けて話す。


「その方は『アルト』というお名前だそうで、今は私の家で休んでいま──」

「──なんだと?」


 その言葉を発した途端、騎士の男性の声音が変わった。

 シトラの肌に針で突いたような殺気が刺さり、きゅっと胸の前で軽く拳を握って顔を歪める。

 騎士の男性は慌てた様子で手紙を見て、『アルト』と書かれた文字に目を見開いた。そして中身を開くと、手紙とシトラの顔を何度も行ったり来たりしながら読み進めていく。

 やがて読み終わると慎重に手紙を折り畳み、シトラに何も言うことなく奥へと走って行こうとした。


「え、あのっ! 私はどうすれば……?」


 シトラがとっさに呼び止めると、騎士の男性は思い出したように振り返る。


「ああ、シトラ殿には大変申し訳ないのだが、まだ待っていてもらいたい。できれば、少し話も伺いたいと思っているが、構わないか?」

「は、はい。ですが、アルトさんの様子も見ないといけないので、あまり遅くなるのは困りますよ?」

「む……それもそうか。では、ここで聞いてしまおう」


 そう言って騎士の男性はダルク・カルドウェンと名乗り、アルトについてシトラに問いかけた。


「まず、()の人物の体調はどうなのだ? こちらとしては、もし可能ならば彼の人物をこの騎士団で保護させてもらいたいのだが……」

「……え? 騎士団で、ですか?」

「ああ。彼の人物は、私にとって大切な方なのだ」

「そう、ですか……」


 シトラは騎士ダルクの言葉を聞いて、渋るように眉をひそめる。


「どうかしたのか?」

「いえ、その……私としてもそれがアルトさんのためになるのなら、拒否する理由はありません。ただ、アルトさんは相当お疲れのようなので、体力を消耗するのは避けた方がいいと思いまして……」


 そんなシトラの声は緊張で強張り、おそるおそる話を続けていた。

 というのも、エレース騎士団に入っている者は貴族出身が多いのだ。

 それは騎士ダルクも例外ではなかったようで、平民であるシトラに敬語を使っていない。そんな騎士団の者と知り合いだと言うアルトがエレース王国の貴族である可能性は、騎士ダルクがアルトの心配をした時点で非常に高いものとなっていた。

 となると、アルトは実家に帰ってもらうのが本来ならば最善と言えるだろう。

 しかし、風邪が決して油断していい病気でないことを、シトラは自身の体験とシスターの言葉からよく知っているのだ。


「む……」


 騎士ダルクもシトラの言葉に納得できるものがあったらしく、顔をしかめながらも言葉を詰まらせた。


「たしかにそうだが……いや、私では判断できんな。知人に相談してくるが、おそらく時間が掛かるだろう。故に、それまでの間はシトラ殿にお任せすることになる。手伝いが必要になればエレース騎士団を頼ってくれ。いつでも貴殿の力になろう。……頼んだぞ」

「は、はい。ありがとうございます」


 そうお礼を言う間にも騎士ダルクが奥へと走っていってしまい、シトラはその場に呆然としたまま取り残されることになった。


「あ、あれ……? これって帰っていいんですよね?」


 シトラの疑問に答える人物は、もういない。

 まあ、いちおう話がひと段落していたのだから問題はないのだろう。

 そう判断して、シトラはアルトが待つ自宅へと急ぎ足で帰った。




「……アルトさーん、起きてますか?」

 コンコンとノックをしてシトラが寝室に入ると、アルトはぐっすりと眠っていた。

「あ、やっぱり眠ってますね……」


 静かな寝息が寝室に響いていて、シトラは起こさないように扉を閉めると台所に向かう。


「たぶん朝まであのままでしょうけど、もし起きてご飯がなかったら可哀想ですね。お粥でも作っておきましょうか。……えーっと、たしかシスターからレシピをもらってたはず」


 と、シトラは戸棚の中からシスター直伝のお粥レシピを出して、のんびりと夕食を作り始める。

 今夜のメニューは、朝も使ったコケドリの卵を使ったお粥と、ワカメのお味噌汁だ。

 外が薄暗くなってきた頃に作り終えると、小さな木製テーブルにつく。また目を閉じて両手を組み、祈りを捧げて箸を持った。


「んんー! たまにはお粥もいいですね! ちょっと失敗しちゃいましたけど、これはこれでいいアクセントになってますよ!」


 シトラは右手で頬を包み、口元をほころばせながら夕食を楽しむ。

 それが終われば皿洗いをして、アルト用のご飯を木製テーブル置く。さらに花売り店に入り、明日のために魔法で花を準備した。

 在庫も足したことで空っぽとなっていた店内に花が広がり、シトラは魔力不足による疲れを感じながらも額の汗を拭い取り、達成感からふうと息をつく。


「……さて。明日も早いですし、もう少ししたら寝ましょうか」


 シトラはお風呂などの寝る準備をすると、アルトが眠る寝室から予備の布団を引っ張り出して、二階の誰も使っていない部屋で横になる。

 目を閉じるとすぐに眠くなって、そのまま夢の世界へと旅立った。

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