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2話 赤い妖精と赤い宝石

「あ、そうでしたね。……にしても、魔力の多い者と結婚する決まりって、貴族様も大変ですよね。たしか、功績を立てたり魔法が優れてる平民でもそうなるんでしたっけ?」


 シトラが他人事のように言うと、ジルも頷いた。


「そうだね。でも、最近は争い事も滅多にないし、お互いに拒否権も与えられてるみたいだよ」

「これも時代の変化ってやつですか?」


 シスターから聞いたことを繰り返したシトラに対し、ジルは感心した様子で二度頷く。


「そうそう。難しい言葉を知ってるね、シトラちゃん」

「ふふん。凄いでしょう?」


 もちろん、シスターの言葉を丸暗記しているだけだとは口にしない。……まあ、パトラおばさんはカラクリを見抜いて、呆れ顔をしているが。


「ところで、貴族といえば第二王子様がとんでもない魔法と魔力量を持ってるらしいね?」


 ふと思い出したようにパトラおばさんが言い、シトラも以前に聞いた話が頭に浮かんで声を上げた。


「あ、私も知ってます! 魔法師団の団長さんでしたっけ?」

「そうみたいだね。なんでも歴代最高の才能、と呼ばれているそうだよ。まだお若いのに大変なことだ」


 と、ジルはどこか心配そうな顔をしている。

 そんなジルに対して、パトラおばさんは楽観的だ。


「まあ、あたしらがそんなことを気にしたって仕方ないさ」


 そう言いながら肩をすくめてお客さんの呼び込みを再開するパトラおばさんを見て、ジルも「さて」と呟いた。


「じゃあ、そろそろ私も帰ろうかな」

「はーい! またね、ジルさん! ──あ、いらっしゃいませ!」


 そのあと、すぐに続々とお客さんがシトラの花を買い求めにやってきて、あっという間に昨日用意していた花は売り切れてしまった。

 シトラはその都度魔法で補充していたのだが、かなり早い段階で魔力が切れてしまい、夕方頃にはお店を閉めることになった。まだ在庫がなくなったわけではないのだが、明日の分も取っておかねばならないからだ。


「花売り店カルステア、すべて完売しました! パトラおばさん、ロイさん、お先に失礼しますね!」

「あたしらより早いのかい。まあ、お疲れさん」

「シトラ、明日は寝坊すんなよ!」


 パトラおばさんは不満げに愚痴を言い、ロイは揶揄うように笑う。


「はーい! あ、パトラおばさん、そこの野菜買いますね!」

「あいよ、一シルバーね。まだ買い物行くのかい?」


 他にも幾つか野菜を選んで買っているシトラに、パトラおばさんは銀貨を受け取りながら問いかけた。


「はい! いつものパンと、またにはジャムも買ってみたいんです!」

「まあ、楽しそうで何よりだよ。また明日ね、シトラ」

「はい、また明日!」


 周囲に手を振ってお店に入ると、シトラは軽く在庫の花を店内に用意して、エプロンを脱いで畳んでからレジの机に置く。お金を金庫に片付けて、買い物バッグと財布を持ってくると、お店とは別の出入り口から外に出た。

 そのままスキップするような足取りで歩き出して、王城が正面に見える中央広場の先にあるお店に向かう。

 早めに明日の食材を買い終えると、シトラは中央広場の噴水近くを通り過ぎようとした。すると──


「あれ? なんでこんなに賑わってるんでしょうね?」


 普段はあまり立ち止まる人のいない広場はこの日、大勢の人々が困惑した顔で噴水を見つめている。どうやら何かあったようだが、シトラの低い身長では見ることができない。

 シトラは仕方なく、長身の男性に話しかけた。


「あのー、すみません。これってなんの騒ぎですか?」

「ん? ああ、花売り店の子か。たぶん見た方が早いよ。ほら、あそこ」


 そう言って指を差しながら、男性はシトラに自分の立っていた場所を譲った。

 シトラが小さくお辞儀をして人混みの隙間から噴水を覗くと、そこにはびしょ濡れになって噴水の一番上辺りに手を伸ばす整った顔立ちをした赤髪の青年がいる。


「え、何してるんです? あの人」

「あそこに赤い妖精がいるんだよ。でもほら、赤い妖精って災いをもたらすって言われてるだろう? だから騎士団を呼んでこようって話になったんだけど……」

「その前にあの人が助けに行った、というわけですか」


 シトラは不機嫌そうに眉を歪め、目付きを鋭くした。

 そんなシトラの声に、男性は慌てて弁解する。


「いや、違うんだ。別に俺たちは助けようと思ってなかったわけじゃない。むしろ、助けるために騎士団に行こうとしてたんだよ」

「あ、そうなんですか? すみません、早とちりしてしまって」


 シトラはペコリと頭を下げて謝罪した。


「でも、赤い妖精というのはただ災いを知らせる役割があるだけですよ。シスターが言っていました」

「え、そうなのか? シスターって、あの教会の人だろ? だったらホントっぽいな」

「だからホントですって。というか、そもそも妖精という種族は基本的に優しくて、私たち人類にも非常に友好的なんですよ」

「へー、初めて知ったな……」


 そう話している間に青年が赤い妖精の救出を終えたようだ。

 手のひらに赤い羽の生えた小さな男の子を乗せて噴水の中から出ると、困ったような表情で赤い妖精を見下ろしてから声を張り上げた。


「おーい! 誰か、タオルを持っていないか? この子を拭いてやりたいんだ!」

「あ、私、ハンカチなら持ってますよ!」


 シトラが頭上に手を伸ばすと、人々はシトラの声に振り向きながら噴水への道を譲った。急いで駆け寄り、買い物バッグからハンカチを出すと青年に手渡す。


「これ、よかったらどうぞ! 使ってください!」

「おお、ありがとう! ──あ」


 と、嬉しそうに受け取ろうとした青年だが、自分の手が濡れていることに気付くと、しまったと言うような表情をした。


「すまない。僕の手は濡れているから、キミがこの子を拭いてあげてくれないか?」

「あ、はい! 分かりました!」


 青年が慎重に赤い妖精を差し出されると、シトラは買い物バッグをその場を下ろしてハンカチの上に受け取った。


「今お顔拭きますねー? ちょっと目を閉じててくれますか? ──よしっ、これでバッチリですね!」


 そーっと赤い妖精を拭いてやると、羽の水気がなくなって飛べるようになったのか、宙に浮いてペコリと頭を下げる。


「あれ、もう行っちゃうんですか?」


 コクコクと首を縦に振って頷く赤い妖精。

 次に青年の方へと向き直り、深く丁寧にお辞儀をした。


「そうか、それは残念だね。今度は友達を連れて遊びにおいで。いつでも歓迎するよ」

「私も待ってますよ!」


 シトラと青年がそう言うと、赤い妖精は驚いたように目を見開いて、頬を赤く染めてはにかんだ。

 それから俯いて少し思案すると、小さな両手を打ち合わせる。

 その瞬間、膨大な魔力が渦巻いた。

 ゆっくりと手を離していくと、赤色に透き通った美しい宝石が生み出される。

 両手でそれを持つと、呆然としている青年の目の前に差し出した。


「……え、僕にくれるのかい?」


 自分を指差す青年に、コクコクと赤い妖精が頷く。


「そうか。じゃあ、ありがたく受け取っておくよ。……また会おう。小さな友よ」

「じゃあね、妖精さん!」


 次第に姿が薄れて見えなくなっていく赤い妖精に、シトラと青年は笑顔で手を振る。

 周囲の人々も赤い妖精が見せた光景に驚きながらも微笑み、手を振って別れの言葉を告げるのだった。

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