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9.カリーヌは我が家で引き受けますわ


 ジョシュアは部屋に返され残った人たちの前に紅茶が置かれるとラプレ男爵はカリーヌを促した。

 カリーヌは本当は夫人にもこの場からいなくなっていて欲しかったのだが夫人は部屋に戻るのを拒否した。自分がいなくなった隙に夫人の悪口をラプレ男爵に吹き込まれてはたまらないとばかりにカリーヌを睨みつけている。

 そんなことを話したい訳ではないのだけれど、とカリーヌは心の中で苦笑した。まあいいわ、どうせ隠してはおけない事だし、とカリーヌは重い口を開いた。


「あたし……お腹に子供がいるんです」


 言った後にラプレ男爵が怒りだすだろうとカリーヌは身構えた。しかし予想に反してラプレ男爵はニヤッと笑った。


「よくやった」

「……は?」

「それで? どこの家の息子をたらし込んだんだ? お前は私の言いつけを守ったようだな、子爵家か? 伯爵家か? この場にレミュザ侯爵令嬢がいるということはもしかして侯爵家の息子が父親なのか?」


 ニタニタと笑うラプレ男爵は醜悪だった。


「相手の男がここに来ないということは相手はそのことを認めていないのか? お前とのことは遊びだったのか? まあいい、子供さえ出来てしまえばこっちのものだ、私が上手く話を付けてやろう。私も男爵で終わる気などないからな、爵位が上の貴族との縁は大切にしなければな」


 ラプレ男爵はベルナディットの前でも自分の欲望を隠す気が無いらしい。カリーヌの身体や精神を気遣うでもなく高位貴族との繋がりが出来たと喜んでいる。本当は王子の子供だと告げたらどうなってしまうのだろう? ベルナディットはハラハラとカリーヌを見つめた。


「違う……違うんです。この子の父親の名前はいえません、でもこの子の父親はお父様が望むような貴族のご令息じゃないんです!」

「……は? 何と言った? 心配するな、お前が結婚できるようにその家には上手く話しを持っていく。もしダメなら子供を始末すると言って慰謝料をがっぽりふんだくってやる。だから子供の父親の名前を言うんだ」


 こめかみに青筋を立てラプレ男爵はイライラとカリーヌに詰め寄るがカリーヌは首を横に振り続けた。思わず差し出したベルナディットの手を握りカリーヌは真っ直ぐにラプレ男爵を見た。


「なんといわれても父親の名前は言いません、この子はあたし一人の子です! あたし一人で立派に育ててみせます! 出来たらそれをお父様に許してもらいたく――」

「阿婆擦れの子供はやっぱり阿婆擦れね」


 くすっと夫人が笑った。


「あなた、こんな身持ちの悪い娘はさっさと追い出してしまいましょう」

「そうだな、役にも立たない穀潰しなど――」

「でしたらレミュザ侯爵家でカリーヌを引き取りますわ」


 急いでベルナディットは声を上げた。その為に今日はここに来たのである。例えカリーヌが子供を産むことを反対されなくてもベルナディットはカリーヌをレミュザ侯爵家に連れて行きたいと思っていた。前回訪れた際の使用人の態度を見てカリーヌはここでは安心して子供を産めないだろうと思っていたからだ。


「カリーヌは私の侍女になっていただくつもりですの。もちろん出産までも出産後もレミュザ侯爵家でお世話をいたしますわ」


 ラプレ男爵や夫人ばかりでなくカリーヌもまじまじとベルナディットを見つめた。


「ベル様……」


 あら、この話をカリーヌにしたのは今が初めてだったわね、カリーヌの意向を聞かなかったわ。ベルナディットはカリーヌにそれでいい? と目で問いかけた。

 なにしろ父であるレミュザ侯爵の了解を取り付けたのが昨夜だったのだ。






「ん? ベルの侍女に雇いたい娘がいる? 雇うのはもちろん構わないが身元のしっかりした娘さんなんだろうね」


 お願いがあると父の書斎を訪れたベルナディットにハグをしながらレミュザ侯爵が言う。


「ええ、学院のお友達でとっても気立てのいい子なんですのよ」

「そうか、ベルの友人か。でもそれならまだ学生だろう? なんだ、卒業後の話か? ははっベルは気が早いな」


 一旦父親から離れてベルナディットはモジモジとした。


「いえ、今すぐの話ですの。そのう……彼女はお腹に子供がいるのです。ですから彼女のお家で反対されたらウチで――」

「お腹に子供がいるだと!!」


 レミュザ侯爵は真っ青になった。


「そ、その令嬢は結婚していないのだろう? ま、ま、まさか! 私のベルにそんなふしだらな友人が!?」

「お父様! 彼女はふしだらではありませんわ! それは……マナーがなっていないところはありますけれどそれは教えてくれる者がいなかったからですわ。彼女は気立てが良くて素直な子ですわ」


 ベルナディットに睨まれてレミュザ侯爵はたじたじとなる。


「でも……子供がいるということはそういう行為をしたということで――」

「事故です! 不幸な事故なのですわ、お父様! 不幸な事故で妊娠してしまったにもかかわらず彼女はお腹の子を自分一人で産んで育てようとしているのです!」


 ベルナディットの説明にレミュザ侯爵はますます顔を青くした。その女性は素行の悪い男性に襲われてしまった被害者なのだろう。それを事故と割り切って、妊娠してしまっても一人で育てようとする健気な女性のようだ。しかしそのような事件があったのだとしたら襲った相手を野放しにしておいていいのだろうか?


「ベ、ベルはそんな目にあったりはしてないだろうね」


 レミュザ侯爵の問いかけにベルナディットは憤慨して答えた。


「まあ! お父様! 当り前ですわ!」

「し……しかし……エミリアン殿下ともそういった行為は……」

「私とリア様は結婚するまでそういうことは致しません! リア様に失礼ですわ、お父様」


 そう、ベルナディットとエミリアンは結婚式での初めての口づけを楽しみにしているのだ。ん? 初めて? カリーヌが妊娠してしまったので事故チューはノーカウントにならなかったのでは? とベルナディットは一瞬頭をひねったが、今はそれを悩んでいる時ではなかった。


「わかったわかった、私が悪かったよ。その侍女に雇いたいという娘の事は一旦保留にしてくれ。ラプレ男爵の娘だと言ったな」

「ええお父様、是非、是非お願いいたしますわ! 彼女は家で虐げられているようなのです……」


 もう一度ベルナディットに抱きつかれてレミュザ侯爵は相好を崩しながらも一抹の寂しさを覚えていた。愛するベルが、まだまだ子供だと思っていた天使のベルが大人の階段を一つ登ってしまったような気分だったのだ。


 そうしてレミュザ侯爵はラプレ男爵家を調べた。

 ラプレ男爵家は輸入品を扱う商会を持っている裕福な家だ。その商会や男爵家の評判を聞くようになったのはここ十二、三年の間で、その前は誰の噂にも上がらない没落寸前の男爵家だった。

 ラプレ男爵は押しの強い人物でやり手だと評価する者もあるが、金に汚い俗物、胡散臭い、権力者にこびへつらうと毛嫌いしている者もいる。夫人は大人しい性格で社交界にはほとんど出てこないらしい。

 ラプレ男爵と夫人の性格から世間ではラプレ男爵が男爵家の血筋だと思われているが、実はラプレ男爵は入り婿でそれも平民出身だった。

 十三年年ほど前、ラプレ男爵は商会で大儲けをして、没落寸前のラプレ男爵家に借金返済と引き換えに婿に入ったらしい。らしいというのはこの辺の事情は巧妙に隠されていたからだ。レミュザ侯爵家でなければそこまで調べることは出来なかっただろう。レミュザ侯爵家の調査でもラプレ男爵が婿に入る際に平民の妻子をわずかな手切れ金で捨てたことは調べることが出来たが、ラプレ男爵がどうやって大金を儲けたのかは調べることが出来なかった。


 そんな胡散臭いラプレ男爵の娘である。レミュザ侯爵はこの話を断るつもりだった。実際に一度は断ったのだが、結局、ベルナディットの要望を呑んだ。ベルナディットに「お父様、嫌いです!」と三日間口をきいてもらえなかったからだ。そうして許可を出したのがベルナディットがラプレ男爵家を訪問する前日だった。






 ベルナディットがカリーヌに目で問いかけるとカリーヌはコクコクと頷いた。カリーヌにとっては夢のような申し出だった。大好きなベルナディットのもとで子供を産ませてもらって生活できる仕事ももらえるのなら誠心誠意、一生懸命ベル様にお仕えしようとカリーヌは目に涙をにじませながら決意した。


「何を勝手なことを……」

「あら、ラプレ男爵家はカリーヌを追い出すのでしょう? それならレミュザ侯爵家で引き取っても何も問題はございませんわね。このことは父も了承しておりますの」


 忌々しそうにつぶやくラプレ男爵にベルナディットが反論するとラプレ男爵は不意ににんまりとした。


「わかりましたご令嬢、誰の子を宿したのかもわからないこの阿婆擦れを侯爵家で引き取っていただけるのなら私に文句などありませんよ。そうですな、後日この娘を引き取りに来ていただけますかな? それまでに荷物を纏めさせておきましょう」

「あら、今日このままカリーヌを連れて行ってもよろしいんですけど」

「いえ、後日です。明日でもかまいませんがね、お待ちしておりますよ」

(他の場所で)という言葉は男爵の口の中に消えた。







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