6.アルフォンス殿下にお願いをされてしまいましたわ
アルフォンスの部屋でソファーに座りベルナディットは先ほどの質問を繰り返された。
「私は今日は髪飾りを付けていませんでした。いつの間にこんなものが髪についていたのか分かりませんの」
ベルナディットはアルフォンスの手の上に乗せて差し出されたものを見て首をかしげる。それは掌にちょうど乗るような大きさで花やツタ模様で装飾された金属でできた飾りの中央に親指ほどの大きさの石がはめ込まれている。全体的に古ぼけていてアンティークと言えないことも無いが中央の石はくすんだ赤茶色、そして周りの金属も中央の石も素材が何であるのかベルナディットには見当がつかなかった。
「そう言えばベルは午前中は髪飾りを付けていなかったな……あれ? ここが欠けている」
一緒に飾りを覗き込んでいたエミリアンが指摘する。ベルナディットもその部分を見ると割れた断面が見える、まるでその欠けた部分の先がもっと大きな物につながっていたようだ。
「あ……」
ベルナディットは思い出した。ラプレ男爵家で人気のない場所に迷い込んだ時のことを。
「きっとこれはラプレ男爵家のものですわ。実は私……」
ベルナディットはカリーヌが授業中に具合が悪くなってお屋敷まで送って行ったこと、お屋敷の中で迷ってしまった事などを説明した。カリーヌの妊娠疑惑については確かな事ではないので、ただエミリアンがカリーヌの事を気にしていたので同じ女性であるベルナディットが送って行ったとだけ説明した。
古ぼけた品物が陳列されている奇妙な部屋、そこで杖のようなものが倒れそうになったことを打ち明けるとアルフォンスの目が厳しくなった。
「多分これはあの時ぶつかった杖の先端部分ですわ。すみません、人様のお家を勝手に歩き回った挙句、調度品を壊してしまうなんて……」
ベルナディットはしゅんとしてその飾りを手に取ろうとしたが、アルフォンスにサッと手を引っ込められてしまった。
「あの? アルフォンス殿下? これは私がラプレ男爵家にお返しに行って謝罪をしてまいります」
「うーん、そのことなんだけどね、これは暫く私に預けてもらえないかな?」
「え? ですが……」
「その……ちょっとこういうアンティークな物に興味があってね。大丈夫、ラプレ男爵には私が話をつけるよ」
アルフォンスは返してくれる気が無いらしい。困ったようにベルナディットは眉を下げた。
「ラプレ男爵はその部屋があった場所は立ち入り禁止だと言っていたんだろう?」
「はい、老朽化が進んで危険だからと言っていましたわ。あら、でも廊下や入った部屋は傷んでいるところなど無さそうでしたけど」
「そうか。じゃあそんなところへ無断で入ってしまったベルナディットは不味いことになるね」
「はい……そのことも誠心誠意お詫びするつもりですわ。咄嗟に入っていないと嘘をついてしまいましたし」
ラプレ男爵の事は正直言って気に入らない。カリーヌがあのお屋敷で虐げられているのは(カリーヌはそんなことは無いと言ったが強制労働や鞭打ちなどをされているのではないかとベルナディットはちょっと疑っている)ラプレ男爵の所為だ。でもそれとこれとは別だ、お屋敷の物を壊してしまったのだから謝らなくてはならない。
「それならそのことも私が上手く対処するよ。私が直接ラプレ男爵に話をするからベルナディットが勝手に入ってしまった事は黙っていてくれ」
「……はい」
なんか凄い圧の笑顔でアルフォンスが迫ってくるのでベルナディットは頷くしかなかった。
「アル兄様は遺跡とか古代魔道具とか古いものが好きだものな、こういう古臭いものに興味があるんだね。あれ? これってもしかすると……」
エミリアンが納得したように言った後、もう一度アルフォンスの手の中の飾りを覗き込む。アルフォンスは急いで飾りを隠した。
「ああ、これは百年前くらいのアンティーク家具の一部分じゃないかな。それよりベルナディットはラプレ男爵令嬢とは友達なのか? これからも家に行ったりするのかな?」
一瞬古代魔道具ではないかと疑ったエミリアンだったがアルフォンスに否定されあっさりと納得した。それよりもアルフォンスの問いかけに身を固くする。そもそもカリーヌとベルナディットがかかわりを持ったのはあの事故チューが発端でカリーヌがエミリアンとの子を宿してしまったからなのだ。
「そのことだけど……アル兄様、ラプレ男爵令嬢は僕にとって大切な人なんだ、だからしばらくの間は彼女の身を守りたいというかなんというか……」
「はあ?」
アルフォンスは目を剥いた。
「お前はそんなことをベルナディットの前で……いや、ベルナディットはこんなエミリアンを許しているのか?」
「はい、リア様はちょっと過ちを犯してしまいましたが正直に打ち明けてくださいましたわ。ですから私は三人にとって一番良い道をこれから模索していくつもりですの」
「ベル……!」
感極まって手を握り合うエミリアンとベルナディットを冷めた目で見つめてアルフォンスはため息をついた。
「はあ……。私にはお前たちの気持ちが理解できないよ。まあいい、エミリアンもベルナディットもラプレ男爵の家に行くのは遠慮してくれ、学院で男爵の娘に会うことは構わないが、この飾りの事もしばらくは黙っていて欲しい」
黙って顔を見合わせたエミリアンとベルナディットを見てアルフォンスはもう一度念押しした。
「しばらくの間だ、そうだな三か月くらいの間だ。その間はもし万が一この飾りの事を聞かれても知らないと言ってくれ。大丈夫、後で何か言われたら私に口止めされたと言えばいいから。きっとそれで上手くいく、ダニエル兄上にも感謝されるから」
どうしていきなり第二王子の名前が出てきたのか理解できないままにエミリアンとベルナディットはアルフォンスの部屋を後にした。
次の日、学院に行くとベルナディットはお昼休みにEクラスを訊ねた。
「あ! ベル様! 昨日はありがとうございました」
「カリーヌ登校していたのね、具合が良くなったのなら良かったわ」
親しげに話すベルナディットとカリーヌを見てEクラスの令嬢たちがポカーンとしている。
「今日は具合はよろしいの? 食欲はあるのかしら? さっぱりして食べやすいものを用意してきたのだけど」
「昨日もお世話になったのに……そんな……」
カリーヌが遠慮するそぶりを見せたのでベルナディットは首を振って言った。
「あら、遠慮なんてしては駄目ですわ。私たちお友達になったのですもの」
「あの、ベル様はえっと侯爵家のお嬢様だって聞きました。あたしなんかとお友達になるような身分の方じゃないって――」
「身分なんて関係ありませんわ。昨日お友達になると約束したでしょう」
「でも……そんなのあたしが嬉しいばっかりでベル様に何にも返せないのに……」
ますます恐縮するそぶりのカリーヌを見てベルナディットは胸がきゅんとした。なんて可愛いのでしょう! 昨日エミリアンにカリーヌがエミリアンとの子を宿していると聞いたばかりなのにベルナディットはカリーヌを憎むことが出来なかった。そもそも子を宿してしまったのは事故チューが原因、カリーヌも被害者なのだ。
(よく知らない方と事故チューをしてしまいその上子を子を宿してしまうなんてきっとカリーヌの胸の中は不安でいっぱいね。私が何か悩んだ時はお父様もリア様も相談にのってくれるのにカリーヌは学院にも家の中にも味方がいないのだわ! 私だけでもカリーヌの味方になって差し上げなければ!)
決意したベルナディットはカリーヌの耳元にそっと口を寄せる。
「本当のことを言うと私もあまりお友達がいませんの。だからカリーヌがお友達になってくれたら嬉しいのですわ。それにお友達のお役に立てたらもっと嬉しいのだからお互い様ですわ。それで、カリーヌは私とランチを共にしてくださるのかしら?」
令嬢たちに嫌われている自分と憧れられて遠巻きにされているベルナディットでは友達がいない理由が天と地ほど違うとカリーヌは思ったが、ベルナディットに再度問いかけられてうっすらと顔を赤らめ、こっくりと頷いた。