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3.彼女は虐げられているヒロインなのですわ


 エミリアンとベルナディットは学院のホールに居た。

 今はダンスの授業中、それもEクラスとの合同授業だ。

 後期から始まったダンスの授業、様々な相手とダンスを通して交流を、とランダムに組まれた他クラスとの合同授業で今日はAクラスとEクラスが一緒だったのだ。

 

 Eクラスの令嬢たちがエミリアンを見てキャーキャー騒いでいる。騒いでいると言ってもそこは貴族令嬢、控えめに頬を染めながら友人たちと小さな歓声を上げている。そんな令嬢たちから少し離れてポツンとカリーヌが立っていた。


「彼女、顔色が悪そうに見えるのですけど……」


 ベルナディットが小声でエミリアンに告げるとエミリアンはきょとんとした顔をした。


「彼女って?」

「カリーヌ・ラプレ様ですわ」


 エミリアンの頭からは本当にカリーヌの存在が消えていたようでベルナディットに言われてエミリアンは慌ててカリーヌを見た。


「うん確かに具合が悪そうだ、声を掛けてみようか」


 二人がカリーヌに近づいたとき、ふいにカリーヌがふらついた。


「あっ!」

「危ない!!」


 駆け寄ってすんでのところでエミリアンが床に崩れ落ちそうなカリーヌを抱き留めた。

 カリーヌはエミリアンの腕の中でぐったりとしていた。


 途端に令嬢たちが騒ぎ始めた。


「まああーー!! エミリアン殿下に倒れ掛かるなんて!」

「あざといですわ! あざといですわ!」

「とうとう殿下にまで手を出したのですわ! いつも侍らしている男の方たちでは満足なさらないのかしら!」


 令嬢たちは騒ぐものの直接エミリアンに何かいう者はいなかった。ただ険しい目をカリーヌに向け、そして同情的な視線をベルナディットに向けるばかりだ。

 ベルナディットはカリーヌを見た。カリーヌの顔色は真っ青で本当に具合が悪いように見える。

 そもそも最初からカリーヌは具合が悪そうだったし、エミリアンが近づいたのも気づいていなさそうだった。


「あのう……俺たちで彼女を医務室に連れて行きましょうか?」


 きまり悪そうに申し出たどこぞの令息に断ってベルナディットはダンスの教師に向かって言った。


「先生、私とエミリアン殿下で彼女を医務室まで連れて行きますわ、許可をいただけますでしょうか?」


 教師が頷いたのを見てベルナディットはカリーヌを抱えたエミリアンと共にその場を後にした。


 ホールを出ると直ぐに護衛が近寄って来て「殿下、代わりに運びましょうか?」とカリーヌを受け取ろうとしたが「僕だって女性一人ぐらい運べるよ!」とちょっと口を尖らせながら断ってエミリアンはカリーヌを横抱きにしベルナディットと共に医務室に向かった。

 廊下を歩いていると弱々しいカリーヌの声が聞こえた。


「降ろしてください」

「まだ顔色が悪いよ、医務室の医師に診てもらった方がいいだろう」


 エミリアンが語り掛けるとカリーヌは藻掻いた。


「降ろして! 医務室には行きたくないんです」

「あぶっ! 暴れたら落としてしまいそうだから大人しくして」


「落とす」の言葉に反応してカリーヌは大人しくなったが「医務室には行きたくないんです。あたしはもう大丈夫ですから」と繰り返した。

 困った顔でエミリアンが見るので今度はベルナディットがカリーヌに話しかけた。


「ラプレ様、まだ顔色が悪いですわ。医務室に行きたくないのでしたら早退なさってお家で休まれたらいかがでしょう?」


 カリーヌは暫く考えていたが、弱々しく頷いた。


「では馬車まで送っていくよ」


 エミリアンはカリーヌを抱いたまま門の方角へ歩き出そうとしたが「あの、迎えはまだ来ていません」と告げられて立ち止まった。時刻はまだ昼前である。

 結局、学院の馬車を借りてベルナディットがカリーヌをラプレ男爵家まで送っていくことになった。


「すまない、この後の授業、休ませてしまうことになるな」


 エミリアンの言葉にベルナディットはかぶりを振った。


「あら、リア様が彼女を送って行ったりしたら大騒ぎになってしまいますわ。ここは女同士の方が気兼ねなくていいのです、それに私も彼女のことが心配ですし。彼女を送り届けたら学院に帰ってきますから待っていてくださいね」


 馬車に乗り込むと幾分か回復したらしいカリーヌが頭を下げた。


「あの、あの、ご迷惑かけちゃってすみません。そのう……Aクラスの方ですか? あたしは一人でも帰れますからさっきの男の人にもお礼を言っておいてくれますか?」


 初めて話をしたカリーヌの印象はベルナディットにとってそう不快なものではなかった。立ち居振る舞いや言葉使いはともかくエミリアンに媚を売るようなしぐさも無かったしただひたすら恐縮しているように見えた。ベルナディットを知らないことはわかるが王子であるエミリアンの顔まで知らないのには驚いたが。


「いいえ、ちゃんと送って行きますわ。具合が悪い時は甘えちゃってよろしいんですのよ。さあ楽になさって、眠ってしまっても着いたらちゃんと起こして差し上げますから」


 ベルナディットが優しく語り掛けるとカリーヌは大人しく目を閉じた。閉じた瞳からこぼれた一筋の涙が頬を濡らした。






 ラプレ男爵家に着くと見慣れない馬車に門番は警戒心をあらわにした。学院の御者が事情を説明して屋敷の前に馬車を停めると出てきたのは鋭い目つきをした中年の男だった。

 カリーヌを助けながらベルナディットが馬車を降りると中年の男は忌々しそうにカリーヌに言った。


「お嬢様、なんでこんな時間に帰ってきたんです?」

「カリーヌ様は体調を崩されたのですわ。それよりあなたは?」


 ぞんざいな口調に驚いてベルナディットが聞くと男は男爵家の執事だと名乗った。


「こんな時間に帰ってこられてもこっちも忙しいんですよ。部屋に戻って大人しくしていてくださいね」


 そう言い捨てると男はベルナディットがわざわざカリーヌを送ってきたことに対して礼を言うわけでもなくカリーヌを心配するでもなくさっさと屋敷に入ってしまった。


「シモンさんが失礼でごめんなさい。ここまでありがとうございました」


 カリーヌはベルナディットに深々と頭を下げ屋敷に入ろうとしたのでベルナディットはカリーヌの腕を支えた。


「え? あの?」

「お部屋まで付き添いますわ。あなたがベッドに入ったら帰りますから」




 カリーヌの部屋は三階だった。

 クネクネと屋敷を歩き人気のない廊下の先の物置のような簡素な部屋を見てベルナディットは驚いた。


「これでも母さんと暮らしていた時よりずっといい部屋なんです、ベッドもふかふかだし」


 困ったように笑うカリーヌをベッドに寝かせてベルナディットは訊ねた。


「もしかしたら満足にお食事がとれていないのではないの?」

「い、いえ、そんなことは……」


 口ごもるカリーヌを見てベルナディットは確信した。


「貴方はもしや虐げられているの? 食事も満足に与えられなくて掃除や洗濯を押し付けられているのね!」


 こぶしを握り締めてベルナディットが言う。ああ、彼女は継母の冷たい仕打ちに耐えていたのね! 先日読んだ巷で流行りの小説の主人公もそうだったわ。鞭で打たれたりしていないかしら?

 心配そうにカリーヌを見るとカリーヌはきょとんとした後慌てて首を横に振った。


「違います! あたしは虐げられていません。そりゃあ……その……あたしは男爵夫人の子供ではないので他のご令嬢みたいな待遇ではありませんけど、掃除も洗濯も押し付けられたことはありません。食事も抜かれたことはありません。食事を食べることが出来ないのはちょっと他の理由で……」


 カリーヌは平民として下町で暮らしていたが流行り病で母親が亡くなるとラプレ男爵に引き取られた。初めて会った時ラプレ男爵はカリーヌをまじまじと見て「なかなか綺麗な娘だ、これなら高位貴族のボンボン息子の一人や二人は誑かすことが出来るかもしれないな」と薄笑いを浮かべた。

 カリーヌは薄桃色の緩くカールした髪と新緑の瞳で顔立ちは愛らしく下町に住んでいた頃から男の子に人気があった。下町時代は女の子にも人気があったが。

 屋敷に連れてこられて男爵夫人に引き合わされ「私の娘だ、面倒を見てやれ」そう言うと男爵はどこかに行ってしまった。男爵夫人は一見大人しそうな人で使用人に命じて最低限カリーヌの面倒を見るように言ったがその後はカリーヌを無視した。夫人と男爵の間には十歳になる息子がいたがその異母弟にも会わせて貰えずカリーヌはマナーがなっていないとの理由で食事も別にとらされた。学院の編入案内が届いて「高位貴族のボンボンと知り合うチャンスだ、頑張ってモノにしろよ」と男爵が言ったのでカリーヌはユニス貴族学院に通えることになり、最低限の教養や知識を急ピッチで詰め込まれたが、その一言が無ければ男爵のお屋敷で最低限の世話をされながら放置されたままだっただろう。


「カリーヌ様……あ、私カリーヌ様と呼んでしまいましたわ。ラプレ様とお呼びした方がよろしいかしら」

「いえ、カリーヌと呼んでください。様もいりません」


 ベルナディットはカリーヌの手を両手で包み込んで言った。


「ではカリーヌ、私たちはもうお友達ですわね、辛いことがあったら私に相談してくださいね。お力になれるように努力いたしますわ」


 ベルナディットの言葉にカリーヌははらはらと涙を落とした。カリーヌは孤独だった。放置されていると言っても最低限の衣食住は賄われている、その生活は庶民の頃に比べれば格段に良い生活だった。でもこのお屋敷には本音で語り合えるような人は一人もいなかった。だから学院に通うことになった時友達を沢山作りたいと思った、平民の時のように。でもカリーヌは失敗してしまった。貴族のご令嬢たちは礼儀作法がなっていないカリーヌに眉を顰めた。フレンドリーな態度や大口を開けて笑ったりするカリーヌを令息たちは受け入れてくれたがそれもまた令嬢たちの嫉みを買った。でも礼儀作法なんて、貴族の常識なんて教えてくれる人なんか誰もいなかったのだ。令嬢でお友達だと言ってくれたのはベルナディットが初めてだった。カリーヌの言葉使いに眉を顰めずちゃんと話をしてくれたのはベルナディットが初めてだったのだ。


「ありがとうございます。あの……えっと……」


 ここまで来てカリーヌは目の前の美しく優しいご令嬢の名前をまだ知らないことに気が付いた。せっかくお友達だと言ってくれたのに!!


「あら、私としたことがまだ名乗っておりませんでしたわね、ベルナディットと申しますわ、ベルとお呼びくださいね」


 コロコロと笑いながらベルナディットが言うと「ベル様……あたしのお友達……」カリーヌはそう呟いて恍惚とした表情を浮かべた。


「さあ、カリーヌはまだ体調が優れないのでしょう? お休みになった方がよろしいわ。お医者様の手配などはしていただけるのかしら?」


 カリーヌが部屋に戻っても一向に顔を出さないメイドに怒りを覚えつつベルナディットがドアを気にしながら言う。


「あの、お医者様はいらないんです。食べられない原因も具合が悪い原因もわかっていますので。メイドさんは夕食の時間まで来ないと思います。でもあたしは不自由していませんから」


 きまり悪そうにカリーヌが言うとベルナディットは少し首を傾げた。


「そう? カリーヌがそう仰るのなら無理にとは言わないけれど……そうだわ、何か消化が良くて食べられそうなものを明日持ってくるわね。それでは私は失礼しますわ、休まなくちゃいけないのに長々お邪魔してごめんなさいね」


 ベルナディットは立ち上がりドアに向かって歩き出すとカリーヌはその背中に声を掛けた。


「ベル様! ありがとうございます! あの……あの……またお話しできますか?」


 その縋るような眼差しに胸を射られながらベルナディットは答えた。


「ええもちろんよ、私たち友達ですもの」




 



夜にもう一話投稿します。

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