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14.キスで赤ちゃんは出来ないみたいなんですの


 カリーヌの父であるロドルフ・ラプレ男爵は平民の出身である。それどころか元は王国の北部を荒らしまわる盗賊団の首領だった。そのロドルフがひょんなことからカリーヌの母であるセイラと知り合って足を洗ったのは彼が二十五歳の時だった。明日をも知れない生活に嫌気がさしていたのかもしれないし、ほんの気まぐれで家庭と言うものを持って見たかったのかもしれない。ともあれロドルフは王都の南、サンスーンという町で所帯を持ち、カリーヌが生まれ彼は一見ささやかな生活を満喫しているように見えた。


 きっかけはカリーヌが流行り病にかかった事だった。ロドルフはカリーヌを医者に連れて行ったがその病は町中で流行っており薬が不足していた。そして残り僅かな薬をその町の領主の縁者だという準男爵に奪われてしまったのだ。幸いにもカリーヌは一命を取り留めたが、ロドルフはその準男爵の勝ち誇った顔が忘れられなかった。その準男爵は権力にものを言わせて横から薬を奪い取って行ったのだ。何とか仕返しをしてやらないと気が済まないロドルフは執念深い男だった。そんな折、盗賊時代の仲間が声を掛けてきた。ロドルフの右腕だったシモンだ。シモンはある闇業者から古代魔道具が手に入らないかと持ち掛けられていた。そうして昔の仲間を呼び戻し、入念に計画を立て古代魔道具を盗み出すことに成功したロドルフは大金を手にした。商会を立ち上げロドルフを蔑んだ目で見たその準男爵を巧妙に罠にはめ借金地獄に落とした。差し押さえを待ってくれと目の前で這いつくばり頭を下げる準男爵を見るのは痛快だった。


 しかし準男爵が領主に泣きついたことから形勢は逆転した。ロドルフの商会はその領地で商売が立ち行かなくなってしまった。表の商売は立ち行かなくなったが闇で古代魔道具を売った金は潤沢にある。ロドルフは次に権力を欲した。金を持っていても結局平民など貴族に逆らえない、それなら俺も貴族になってやる。そうして没落しかけのラプレ男爵家に目を付けたロドルフはセイラとカリーヌを捨て莫大な持参金を持ってラプレ男爵の一人娘と結婚したのだ。きっかけは娘の薬が欲しかっただけなのにロドルフの頭の中にはもはや妻や子への愛情など微塵も無くただ馬鹿にした奴を見返してやりたい、偉くなって他の奴らを這いつくばらせたいという欲ばかりだった。念願の貴族になりしばらくは順調に見えたロドルフだったが、貴族になって初めて貴族にも序列があることを知った。男爵など貴族では下層なのだと知った。資金にものを言わせ上級の貴族に伝手を作り何とか成り上がりたいと考えたロドルフだったが、肝心の資金が底をついてきた。そんな時に新たな遺跡が見つかったと噂で聞いた。だから今度はもっと大量の古代魔道具を盗んでやろうとロドルフは計画した。内部の人間を数人抱き込み、秘密が漏れないようにそいつらごと全員を殺した。犯行がバレても逃げれば何とかなった以前の盗賊稼業とは違い貴族としての地位を築いてきたのだ。口封じに何人殺しても成り上がるつもりだった。


 


 このことは後日、一味の者を何日も尋問してようやくわかって来た背景だ。最初はだんまりだったロドルフは死刑が決まり逃れられないことを知ると今度は率先して自らの悪事を喋った。まるで俺はこんなに悪いことをしているんだと自慢しているようだった。そして男爵夫人や息子、カリーヌの事は一度たりとも話もしないし様子を聞きもしなかった。





 カリーヌは父であるロドルフの悪事を全く知らなかった。

 ロドルフがカリーヌと妻セイラを捨てたのはカリーヌが四歳の時、彼女は偶に帰ってくる父親の事を薄ぼんやりとしか覚えておらず、セイラはロドルフの話をほとんどしなかった。だから、セイラが亡くなってロドルフがカリーヌを引き取りに来た時には初対面のような気持だった。

 いきなり大きな屋敷に連れて行かれて貴族の令嬢になった。衣食住は向上したが屋敷でカリーヌに話しかけてくれる人は誰もいなかった。ロドルフはあまり屋敷にはおらず居ても男爵一家の居住空間に入ることは夫人に禁止されていた。学院に行く以外はカリーヌは部屋に閉じこもっているしかなかった。カリーヌの部屋のすぐ先にある奥の棟へ入るのは禁じられていたので行ったことは無いが、そこに出入りする人なら何度か目にしたことがある。

 カリーヌが知っているのはそれくらいだった。







 半時ほど後、ダニエルはカリーヌを伴って応接室に戻って来た。


「エミリアン、ベルナディット、カリーヌ嬢はラプレ男爵の悪事については知らなかったようだ。一味の者を見ているかもしれないのでもう少し捜査に協力してもらうことになるが彼女自身が罪に問われることは無いだろう」


 戻って来たダニエルはカリーヌをソファーに座らせた。カリーヌは使用人らしく部屋の隅に立っているといったのだが、お腹の子に障るからと無理やり座らせたのだ。


 カリーヌが座るとエミリアンはカリーヌの前で膝をついた。


「ラプレ男爵令嬢、いいやカリーヌ嬢と呼んだ方がいいかな、君にばかり負担をかけて申し訳なかったね」

「負担……ですか?」

「お腹に子を抱えて一人で不安だったよね」


 カリーヌは突然自分の前に跪いた王子に驚き、そわそわした後ベルナディットを見た。


「いいえ、ベル様がいてくれたから」

「うん、僕もベルがいてくれてよかった。でも公には出来ないけど本当は僕が負わなきゃいけない責任だから」

「責任?」


 カリーヌの言葉はレミュザ侯爵の大声にかき消された。


「エミリアン殿下! まさか……まさか……この娘のお腹の子の父親が、で、殿下などと言いますまいな」

「申し訳ない、レミュザ侯爵その通りだ」


 わなわな震える侯爵にエミリアンは頭を下げた。

 ガタッとレミュザ侯爵はエミリアンの胸倉をつかむ勢いで立ち上がった。


「即刻! 即刻娘との婚約は破棄させていただく!」

「待ってくださいお父様」


 その腕に縋りついたのはベルナディットだ。


「私、私もリア様と子供が出来るかもしれない行為をしてしまいました」


 その言葉に侯爵はあんぐりと口を開けた。


「べ、べべべベル? この前はそんな事一言も……」


 震え声で侯爵がベルナディットを見るとベルナディットはポッと顔を赤らめた。


「ううぬ、王子といえどもう許しておけん!」


 壁に飾ってあった剣を掴んだ侯爵をさすがにダニエルも見過ごせず、止めに入る。


「落ち着け! 侯爵!」

「…………ます」


 小さな声が割って入った。

 え? と全員が声の主、カリーヌの方を向いた。


「違います! この子の父親はエミリアン殿下じゃありません!! なんで、なんでそんな話になってるんですか!?」


 拳を握りしめ立ち上がってカリーヌが叫んだ。


「あたしは王子様となんてニ三回しか話したことないのに!」


 今度呆気にとられたのはエミリアンだ。


「え? 君はあの事を忘れてしまったの?」

「あの事って何ですか?」

「あの事って言ったら……ほら、半年くらい前、校舎のエントランス階段で君が躓いて僕の上に倒れてきたことだよ」


 エミリアンが少々顔を赤くしながら説明するとカリーヌは暫く考えた後にポンと手を打って言った。


「ああ、あの時受け止めてくれたのは王子様だったんですね」

「あら? カリーヌは気が付いていなかったの?」


 ベルナディットが聞くとカリーヌは頷いた。


「でもカリーヌはお腹の子の父親とは身分違いだといったでしょう? 父親の名を明かしたくないとも。ですから私はカリーヌはリア様の子を宿してしまった事を知られたくないのだと思ったのですけれど」


「??? どうしてほとんど話したこともない王子様との子だなんて勘違いを?」と口の中で呟いてからカリーヌはちょっと迷った末に打ち明けることにした。


「この子の父親は平民です。ですから身分違いだと……あ、でももうあたしも平民に戻るんですね」


 ベルナディットとエミリアンが顔を見合わせる。


「平民? 平民ってどこのどなた?」

「あの、名前は勘弁してください。彼、学院の庭師だったんだけど、あたしが子供が出来た、産みたいって言ったらいなくなっちゃったんです。下町に住んでいた時の幼馴染で……あたし、捨てられちゃったけど彼の事が好きなんです。だから彼に迷惑かけたくないしこの子は絶対に産みたいんです」


 ベルナディットの目から涙がぶわっと吹き出した。


「カリーヌ! 私、私あなたの事を絶対に守りますわ!」


 ぎゅうっとカリーヌの手を握る。カリーヌの健気さに感動したのもあるが、大半はエミリアンがお腹の子の父親じゃなくて良かったという安堵の涙だ。


「君は……そんな男も居ながらエミリアン殿下とも関係を持ったのかね?」


 侯爵の冷たい声が聞こえた。亡き妻を今でも一途に愛している侯爵は冷ややかな目でカリーヌを見据える。


「そんなふしだらな娘は可愛いベルの近くには置いておけん」

「だから誤解です。あたしは王子様とは数回話をしただけです。この子の父親だと言ったこともありません」

「ではエミリアン殿下が嘘をついていると? 何のために?」

「それはあたしにもわかりませんけど……」

「ちょっと待ってくれ」


 ダニエルの声が割って入った。


「状況を整理しよう、エミリアンはカリーヌ嬢のお腹の子の父親は自分だと思っていたんだな?」


 エミリアンがこっくりと頷く。


「それはどうしてなんだ?」


 ダニエルの問いかけにエミリアンはちょっと拗ねたように言った。


「だから、さっきも言ったじゃないか。半年前にカリーヌ嬢が転んで僕が受け止めたんだ、その時に僕と彼女の唇が触れ合ってしまったって。恥ずかしいんだから何回も言わせないで欲しい……」

「……ん? それで?」

「そりゃあ僕だってすぐに父親だって確信したわけじゃないよ。でも調べてもカリーヌ嬢に婚約者も恋人もいなかったし、庭師が恋人だなんて思わなかったんだ」


 コホンと咳払いをしてダニエルはエミリアンの肩を掴んだ。ちょっと目を彷徨わせた末にかぶりを振ってしっかりとエミリアンの目を見る。


「エミリアン、お前、子供がどうやったら出来るか知っているか?」

「!! エル兄様! なんて恥ずかしいことを聞くんだ!」


 真っ赤になって狼狽えるエミリアンの肩から手を離さずダニエルがもう一度聞く。


「知っているよ! 子供は年頃の男女が唇を合わせると出来るんだ。もちろん必ず出来るとは思っていない、何回しても出来ない場合もあればたった一回で出来てしまうこともあるってことも知っている。子供は授かりものだからね」


 ダニエルはエミリアンの肩から手を離してへなへなとそこに座り込んだ。力なくベルナディットを振り返り「ベルナディットは知っていたかい?」と聞くとベルナディットは答えた。


「いいえ、リア様が教えてくださいました。流石リア様は博識ですわ」


 侯爵とカリーヌは口をあんぐり開けたまま固まっていた。


「これは俺たちの責任だ……エミリアンにちゃんとそちら方面の教育をしなかった王家の責任だ」とダニエルは呟いたのだった。






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