12.残念、捕まってしまいましたわ
エミリアンの告白を聞いてアルフォンスとダニエルは固まった。
「え? は? エミリアンはまだまだ子供だと思っていたのにいつの間に?」
戸惑うアルフォンスを尻目にダニエルはつかつかと部屋の中に戻るとグイッとエミリアンの胸倉をつかみ上げた。
「エミリアン、歯ぁ食いしばれ!」
大きく振り上げたダニエルの腕に縋りついて必死に止めたのはベルナディットだ。
「ベルナディット、何故止める? こいつはお前を裏切ったクズ野郎だぞ」
「違います! 違いますダニエル殿下、私は裏切られてはおりませんわ」
「しかし、今こいつはラプレ男爵の娘の腹の中の子の父親は自分だと――」
「ええそうですわ、でもそれは事故、ちょっとした過ちなのです。リア様は悪くないのです」
必死なベルナディットに毒気を抜かれダニエルとアルフォンスはまじまじとベルナディットを見た。
「……ベルナディット、どうしてこんなクズ野郎を許せるんだ? 俺には理解できん……」
ダニエルは放心したように呟いたが、アルフォンスはハッとしてダニエルに向かって言った。
「ダニエル兄上、急がないと機を逃してしまう」
「そうだな、とにかく今はラプレ男爵を捕えなければ」
そう言ってダニエルはエミリアンとベルナディットを一瞥すると一声かけて早足で歩き出した。
「仕方がない、二人ともついてこい!」
時刻はまもなく深夜、長い一日がようやく終わる時間だが、日付が変わってもこの騒動が落ち着くのはもう少し後になりそうだった。
騎士団第一隊の急襲で寝静まっているように見えたラプレ男爵の屋敷は混乱に陥った。
しかし、ぐっすり寝ていたところをたたき起こされ、何事が起こったのかわからず右往左往しているメイドや下働きの使用人の中で数人の使用人がこっそり逃げ出そうとしてあらかじめ潜んでいた騎士たちに捕えられた。彼らが使った秘密の出入り口は全て把握済み、二か月余りこの屋敷を見張っていた騎士たちに盲点は無かったのである。
彼らは全員拘束されてエントランスのホールに集められた。一様に青ざめ中には泣いたり捕らえた騎士に「これは何かの間違いだ」と抗議する者もいる中でホールの大階段の上に騎士に付き添われた男爵夫人と息子の姿が見えると彼らは一旦口を閉じた。
夫人は息子を抱きしめながら髪を振り乱し泣き叫ぶように騎士を詰っている。騎士は無表情を装っているが少々閉口しているようだった。
階段を引きずられるように下りてきた夫人の前にダニエルが進み出ると夫人は彼を睨みつけた。
「ラプレ男爵夫人だな」
「貴方は誰です? どうしてこんなことをするのです? 夜盗の類ですか?」
騎士団の制服を着ているのにそんな訳ないだろうと苦笑しながらダニエルは口を開いた。
「我々は王国騎士団第一隊だ、そして俺は隊長のダニエル・ジェルヴェ・ギヴァルシュ。ラプレ男爵には古代魔道具の強奪、それに伴う殺人容疑がかかっている。大人しく我々と御同行願いたい」
縛られて一カ所に集められている使用人たちから悲鳴が漏れる。
夫人は王族を表すジェルヴェの名にひるんだようだが唇をかみしめ息子をぎゅっと抱きしめるとキッとダニエルを睨んだ。
「何かの間違いです。私も旦那様もそのような恐ろしい事に関係している筈はございません!」
「残念ながら間違いではない、証拠もそろっている。まあ我々もこの屋敷の人間全てが関与していたと思っているわけではない、取り調べで無関係とわかれば釈放されるだろう」
ダニエルの言葉で使用人たちから安堵のため息が漏れた。数人は青い顔をしたままだったが。
「隊長! 見つけましたよ!」
その声と共に階段上に騎士に引っ立てられたラプレ男爵が姿を現した。
「奥の隠し棟の二階の物入れの中に隠れていました」
「い、痛い! おい! 力を緩めろ! 私が何をしたというんだ!」
「あなた! この方たちがあなたが恐ろしい犯罪に加担していると。誤解なのでしょう?」
夫人が声を上げると男爵は夫人を一瞥した後馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「ふん、当たり前だろう。お前は私が信じられないのか?」
「い、いえ、私は旦那様を信じております。けれど――」
「あっ! 待て! 待ちなさい!」
騎士に腕をがっしりと掴まれ階段を下りながら男爵と夫人が話しているところに割って入ったのは別の騎士の声だ。タタッと小走りに男爵に近づく影が見えた。
「父さ、お父様! お父様が恐ろしい犯罪を犯して捕まったって聞いて、あたし――」
その娘を見てダニエルはあちゃ~と顔を押さえた。カリーヌだけは秘密裏にレミュザ侯爵家に連れて行くつもりだったのだ。一緒に捕まえて尋問中にお腹の中の子の父親がエミリアンだと告白されてはどんな大騒動になってしまうかと頭が痛い。カリーヌはラプレ男爵家では虐げられていたようなので犯罪には加担していないとみていいだろう。近々放逐されてレミュザ侯爵家の侍女になる予定だったとベルナディットに聞いたのでひとまずレミュザ侯爵家で預かってもらいダニエルが直々に取り調べをしようと思っていたのだ。
「カリーヌ、走ってはいけませんわ! お腹の子に障ります」
顔を押さえて思案するダニエルの横をすり抜けベルナディットが飛び出した。
(後ろで大人しくしているように言ったのに)とダニエルはしかめっ面でベルナディットを止めようとした。
「五月蠅い!」
「きゃあ!」
駆け寄ったカリーヌを男爵が払いのけカリーヌは階段の半ばでバランスを崩した。
それをすんでのところで支えたのはベルナディットだ。
「あっ! こいつ!」
「大人しくしろ!」
男爵を捕えていた騎士とカリーヌを追いかけていた騎士が二人がかりで男爵を階段下まで引きずり下ろし床に押さえつけた。
ベルナディットはカリーヌを支えながらホ~っと安堵の息を漏らした。階段半ばからエミリアンを見るとエミリアンは横に付き添っていたアルフォンスに肩を抑えつけられながらもベルナディットと目が合うと感謝の微笑みを浮かべた。
が、次の瞬間、その瞳が大きく見開かれる。
「え?」
疑問に思う間もなくベルナディットは後ろにグイッと引かれた。
抱き合っていたカリーヌと手が離れカリーヌは素早く駆け寄ってきたダニエルに向かって突き飛ばされた。
「カリーヌ!」
数段落ちかけたカリーヌはダニエルに無事抱きかかえられたものの気を失ってしまったようだ。
「貴様! どこに隠れていた!」
カリーヌを腕に抱きながらダニエルは歯噛みした。その時にはもうベルナディットは後ろから忍び寄って来た人物に羽交い絞めされ喉元に冷たい金属を押し当てられていたのである。
「ベル! 貴様っ! ベルを放せっ!」
騎士に前を塞がれアルフォンスに肩を押さえられながらエミリアンが駆け寄ろうと滅茶苦茶暴れている。
ダニエルが鋭い眼差しでこちらを睨むのを見てベルナディットの後ろの人物はふんと鼻で笑った。
「あー、やめだやめだ! 元から俺にはお貴族様の執事なんて性にあっちゃいなかったんだ」
そう言うとベルナディットを羽交い絞めしているラプレ男爵家の執事シモンは横から忍び寄る騎士をじろっと見た。
「おっと、下手な真似はするなよ。この綺麗なお嬢様の顔や体に傷がついて欲しくなければな」
騎士がピタッと動きを止める。
「旦那様、いや、お頭、もうこんなところはおさらばしようぜ。地位とか名誉とかくだらねえ、昔のように俺と面白おかしくやろうぜ」
呼びかけられたラプレ男爵は騎士に押さえつけられながらシモンを見上げニヤッと笑った。
「お前は相変わらずだな。俺はもう少し成り上がりたかったけどな、俺を馬鹿にした奴らを這いつくばらせたかった。まあしょうがねえ、今回は俺の負けだ。お前と逃げて仕切り直しだ」
態度を急変させた男爵は自らを押さえつけていた騎士に向かって凄んだ。
「てめえら、俺を離しやがれ!」
「何だと!?」
「このっ! 罪人は大人しく――」
「シモン、やれ!」
男爵が顎をしゃくるとシモンはベルナディットの喉に突きつけていた刃物を横にスーッと引いた。ベルナディットの喉に赤い線が引かれぷつぷつと血が盛り上がり垂れてくる。傷をつけたのは薄皮一枚、それでもその効果はてきめんだった。
「男爵を解放しろ」
苦渋の決断でダニエルは騎士に命令した。人質になっているのはレミュザ侯爵令嬢であり、エミリアン王子の婚約者であるベルナディットだ。その重要性を騎士たちは理解していたし、ダニエルとて末っ子である弟同様その婚約者であるベルナディットを可愛く思っていたのだ。ベルナディットの身をこれ以上危険に晒すわけにはいかなかった。
ラプレ男爵夫人は突然人が変わったような夫を呆けたような表情で眺めている。理解が追い付かないのだろう。
そんな様子を羽交い絞めされながらも意外に冷静にベルナディットは眺めていた。
刃物で切られた首からは血が垂れている感覚はあるが痛みはない。もしかしたら心が麻痺してしまっているのかもしれない。痛みも恐怖も後からやってくるのかもしれないが、この場で取り乱さずにいられるのは有り難かった。
(あら、リア様がいない。このお屋敷から連れ出されてしまったのかしら?)
先ほどまで滅茶苦茶暴れて騎士やアルフォンスに必死に止められていたエミリアンの姿が見えなかった。
騎士に解放されたラプレ男爵はニヤニヤしながらも油断なく周囲を見回しながらシモンとベルナディットの所に駆け寄ると続いて二人の使用人を解放させた。
その男たちに屋敷内の金目の物をかき集めてくるように指示を出し、ダニエルには馬を四頭用意するように言った。
その間、ダニエルは何度もラプレ男爵とシモンの隙を窺おうとしたが、今のところは全て失敗に終わっている。
シモンとラプレ男爵はベルナディットを羽交い絞めしながら階段を下り、今はエントランスホールの真ん中にいる。遮るものの無い広い空間のど真ん中に居られては忍び寄る事も出来ない。飛び道具を使うことも考えたが、二人はそれを警戒して常に立ち位置を変え、ベルナディットを盾にするように動いていた。
ベルナディットは逃げる隙を……ってこれは考えるだけ無駄だ、彼女は自らの運動音痴をよくわかっていた。