死体袋のある日常 (TEST)
珍しく早めに起きてリビングに降りると、床に死体袋が横たわっていた。
「…………。」
死体袋のある日常。
とほほ。
膨らみ具合からみて中身は洗濯物か。嫌なライフハックだ……。
死体袋を前にして、遣る瀬無い気分で立ち尽くしていると、キッチンからひょいとソレンカが出てきた。
「あっ、ちょうどいいところに!」
「おい、ソレンカ! なんてもんを転がしてんだよ。中身はなんだ?」
「死体袋なんだから、死体に決まってるじゃない。頭、大丈夫?」
ソレンカに心配された。死にたい。
いやまあ、言われてみれば確かにその通りで、ソレンカは正しい。それが本来の正しい使い方ではある。
しかし。
「死体のある日常……」
とほほ。
「で? これは誰なんだ。友達が遊びに来てたのか?」
「友達を殺さないわよ」
そうでもないだろ。
「じゃあ、受信料の請求か、新聞の勧誘? それとも宗教の人?」
ソレンカが朝っぱらから問答無用で殺すとしたら、そのへんだろう。
「ちがうってば。……身元のわかる物は持っていなかったわ」
おいおい順序が逆だろ。
今度から、先に身元を確認してから殺すようにしようね。
「たぶん、どこかの諜報機関の工作員でしょ。それに殺したのは私じゃなくて、シルキーさんよ」
「な、なんだってーーーーー!!!!」
「侵入者は殺すようにお願いしてあるの」
「なんと!」
今年一番の衝撃だ。
あの、妖精のように愛らしいシルキーさんが侵入者をぶち殺す姿なんて、想像もできん。
やはり、殺す時もキョトンとした顔なのだろうか。
ていうか、どんな手段を用いるのだ。やはりキッチン用品を活用するのだろうか。おろし金とか?
容易く侵入者を組み伏せ、キョトンとした顔で容赦なく紅葉おろしにするシルキーさん……夢に出そうだ。
にしても、掃除洗濯におさんどん、加えて盗聴対策に侵入者撃退と、八面六臂の活躍じゃないか。
オマエも少しは働いたらどうだ。
「今年に入ってからだけでも、もう十人は始末してくれてるわ」
「マジか!」
そんなに侵入者が? 随分と人気者じゃないか。近所の大学生とか混ざってないだろうな。
「今日のはなんか手応え?があったんでしょうね。階段の前に死体を置いて、ドヤ顔で待ち構えていたわ」
飼い主に鼠の死体を献上する猫か。
いやまて、ドヤ顔だって? シルキーさんのドヤ顔なんてウルトラレアだぞ。見てみたい。
俺はソレンカを無視して足早にキッチンに向かい、入り口から中を覗き込んだ。
はたしてシルキーさんは朝食の準備中のようだったが、気配を察してかこちらへ振り向いた。
キョトンとした顔で俺を見詰め、僅かに首を傾げる。
くそぅ。
「お、おはよー。シルキーさん」
黙したままのシルキーさんは、優雅にこちらに向き直り、僅かに腰を落としてカテーシー。
顔はキョトンとしたままだ。
「邪魔して悪かったね。おいしそうだ。ははは」
俺は後ずさりしてキッチンを辞すと、ソレンカに向きなおる。
「で、この死体、どうするんだ」
「身元調査の為に、小錦さんに引き取ってもらうの。そういう取り決めでね。それで今は回収業者を待っているところ」
「さあ、勝手口まで運んでちょうだい。ストレージを使えば簡単でしょ」
ストレージに死体を入れたくないのだが。まあ、やりますとも。
勝手口の前に死体袋を置いたところで、ソレンカの携帯電話が着信した。
耳を澄ますと、「門を開けるから、勝手口に廻って」だと。回収業者とやらが到着したらしい。
勝手口のドアを開放して待ち構えると、電気工事業者のワンボックスカーがするりと横づけにされ、
スライドドアが音もなく開いた。勝手口との距離は五十センチもない。
作業服を着て帽子を目深にかぶった男が降りてくると同時に、ソレンカが俺の背後から現れた。
「ごくろうさまー。 これね、よろしくー」
男は手に持ったコンビニ袋?をソレンカに手渡した後、死体袋をひょいと担いで車に乗り込み、スライドドアを静かに閉めた。
さすがは専門業者。慣れてるんだな。
ソレンカに何を渡したんだ。ちり紙か? 嫌なちり紙交換だ。
静々と発車するワンボックスを見送り勝手口のドアを閉めた俺は、ソレンカの後ろ姿に問う。
「何もらったの? ご褒美?」
「ちがうわよ」
玄関モニターを見ながらスイッチを操作して門のゲートを閉じたソレンカは、こちらを向いてほざいた。
「お塩が切れそうだったから、ついでに買ってきてもらったの」
「……。」
勤勉そうな、回収業者のあの男こそキレそうだったに違いない。
「さあ、朝食よ♪ その前に、よく手を洗いましょう!」
切なさマックスな俺は、むしろ足を洗いたい気分だった。