第52話 心を殺すグラインディング
「じゃあ、次はシェリルの番だな」
「ひ、ひいっ! お手柔らかにお願いします!」
その反応もわからなくはない。
なんせ【板金鎧】の検証のために、これからわざとワームの突進を受けてもらうのだから。
念のため言っておくと、シェリルで実験してるのではなく、最初は俺で試した。
無傷だったことを確認したうえで、シェリルたちにもスキルを試してもらおうとしているのだ。
シェリルと紫杏にワームの位置を確認してもらう。
その方向に向いてシェリルはタイミングを計りながら、スキルを発動する準備をしている。
準備ができたことを確認したので斬撃を飛ばすと、ワームは突然攻撃されたことに驚き、それが飛んできた方向めがけて猛突進を始めた。
「1、2、3、4、5……これくらいか?」
向かってくるのであれば、的もデカいので外れることもない。
一振りでレベル5の斬撃が複数発。そして、ここで嬉しい誤算だが、倍加と言いながらも2倍ではなく3倍だった。
つまり、一度剣を振るうだけで3発の斬撃が飛ぶ。それを5回繰り返したので、計15発の斬撃がワームに命中する。
すると、ワームはここにたどり着くまでの間にすでに死にかけの状態となっていた。
どこまでも届いて一定以上のダメージを与えられる。斬撃って便利だな。
「来る! 来る! 来る! 今です! 【板金鎧】!」
いつもと違って避けずに攻撃を待っていたためか、シェリルは緊張した様子でスキルを使用した。
それとほぼ同時に、ワームがその巨体でシェリルを跳ね飛ばそうとする。
しかし、圧倒的な質量差にもかかわらず、ワームはシェリルに弾き返されてその場に崩れてしまった。
「シェリル~! 無事か~!?」
「ぶ、無事っ! でした! 怖い! 避けないの怖いです!」
「シェリルも大丈夫そうだし、ワームは倒しちゃっていいぞ~!」
その言葉を聞いて、シェリルはいまだに体勢を立て直せずにもがくワームにとどめを刺す。
タイミングは難しいが、ワームの突進すら無傷で受け止めて、相手のほうの体勢を崩せるとは、なんとも便利なスキルだ。
よし、ついでだからこのままレベル上げもしてしまおう。
「シェリル~! 今日はこの調子でワーム狩りな~!」
「ひえぇい!」
疲れてるのかうまく”はい”と言えなかったようだが、シェリルもわかってくれたようだ。
それじゃあ、このまま紫杏に場所を聞いてから、斬撃でちょっかいを出し続けよう。
「見てよ夢子。あのシェリルが死んだような目で延々とワームを倒してる……」
「気持ちはわかるわ。こんなのただの流れ作業だもの……」
すでに同じ工程を繰り返していた大地と夢子は、シェリルに同情するように話していた。
いや、レベル上げなんだから効率がいいにこしたことはないだろ。
それに樋道がいなくなったので、ワームを倒すたびに高確率でドロップまで発生しているのに、いったいなにが不満なんだ。
「たしかに、僕たちのレベルが【中級】を探索するには心もとないのは認めるけど、なんかもっとこう探索って楽しみも必要じゃない?」
「目標ノルマとか機械的な作業とか、そういうバイトかしら?」
「こんなに倒しやすいんだから、今のうちに上げられるだけ上げておきたいだろ? それにドロップもこんなにしている」
「全部、加工が必要なワームの素材だけどね……」
今日で三日目となるレベル上げは、とても順調に進んでいる。
ドロップは……順調といえば順調だけど、ワームの皮とか牙ばかりなのでそのままでは使えない。
それでも、アキサメに買い取ってもらえるのだから十分だろう。
「レベル上げ飽きたなら、ボスと戦うか?」
「どっちみちワームじゃない……」
結局このダンジョンの上位個体のワームも、ボスワームさえも、あのプレートワームの後だと、あまりにもあっさりと倒せるような相手だった。
ここまで慣れた魔獣なんだから、やっぱりこいつらでレベルを上げるべきだと思うんだが……。
三人はそうでもないのだろうか?
「あれニトテキアじゃないか?」
「本当だ。なんかまた変なことしてるな」
「なんでワームの群れを作業感覚で倒せるの……」
それは、慣れだ。
他の魔獣なら、こう簡単にはいかないだろうしな。
だからこそのワームでのレベル上げなのに、なぜ俺が変人のように見られているのだろう。
しかし俺たちのパーティって、いつの間にかこんな風に話題にされるほどには有名になったのか。
悪い噂を流されても面倒だし、変なことしないように気をつけよう。
「シェリル。あと30匹くらいで終わりにしよう」
「は、はぁい……」
通りすがりの探索者やパーティは、シェリルに気の毒そうな目線を向けながらこの場を離れていった。
◇
「それじゃあ今日の成果を確認しようか」
「はぁい……」
大地の言葉にも、シェリルは機械のように返事をするだけだった。
そんなにつまらなかったかな? レベル上げ。
「シェリル? ステータスはどうなってる?」
「……は、はいっ!? あ、ステータスですね。えっと……レベルが35になりました!」
大地が確認すると、シェリルはようやく意識が戻ってきたかのようにカードを確認して報告した。
30は超えたか。これで、他の【中級】にも挑めそうだな。
「あと、【両断】というスキルが増えています!」
「それじゃあ、ワームに使ってみるか。紫杏、まだそのへんにワームはいるか?」
「えっとね~。ああ、あっちのほうにいるよ」
「あの……あ、はい」
すんと、シェリルの目が無機質なものになってしまった。
耳と尻尾も落ち込んだようにぺたんと垂れている。
試し切りだけだから、悪いけど我慢してもらおう。
「ワームめ。私を苦しめるワームめ。【両断】!!」
「おお、なんだか威力がものすごく高そうだな」
「それ以上に怨みが込められた一撃って感じね」
「ん~? 多分威力は高いです。でも私の防御力が、ほとんどなくなってると思います」
それはまた狂化以上に、ピーキーな性能のスキルだな。
シェリルは狂戦士だから、今後もそういうスキルばかりになっていくのだろうか。
「それじゃあ、危険だから使いどころには気をつけてね」
「はい! 最強に近い一撃でボスもプレートワームも倒しちゃいます!」
レベルが上がれば、本当にプレートワームの鎧ごと両断してくれそうだな。
シェリルについてはこんなところか。大地と夢子のほうを見ると、大地がステータスを見せてくれた。
「僕と夢子は二人ともレベル31だった。それで、スキルはなんだか二つ増えてるね」
【魔獣狩り】と……【環境適応力:砂漠】!?
「二人の職業って探索者のままだっけ!?」
「あはは、やっぱり適応力のほうに反応したね」
「私も大地も探索者のままよ。このぶんだと善も明日には探索者になってそうだけど」
いや、待てよ。砂漠ってことはここでは有効だろうけど、他のダンジョンではどうなるんだ?
【中級】になると、ダンジョン内部の構造はそれぞれ異なっているみたいだ。
ワームの後に行くダンジョンも砂漠だとは限らないし、このまま剣士のスキルを上げていくべきか?
「ちなみに善が気にしていない【魔獣狩り】のほうだけど、多分魔獣を倒したときに魔力が少し回復するスキルだと思う」
「今思えば、途中からワームを倒した後に魔力が少し回復していたわ」
なるほど、それは魔法で戦う二人にはありがたいスキルだな。
探索者に戻るか? それとも、剣士の【剣筋倍加】のレベル上げを狙うべきか……。
「考えこんじゃったわね」
「まあ、どうせ今日はこれで終わりだし、ゆっくりと考えたらいいよ」
「え、嫌だ! ダンジョンの後は私との時間じゃん! ねえ、善~。それは明日にしようよ~」
紫杏に腕に抱きつかれて思考がさえぎられる。
こいつ……的確に俺の考えを中断する方法を身につけている。
「すごいね。あっさりとこっちに帰ってきた」
「さすがはお姉様です!」
しかたないんだ。男はやわらかな双丘の前には無力になるものなんだ。
「しょうがない。帰ろうか」
「しょうがないってなに!? 大好きな紫杏ちゃんがかまってって言ってるんですけど!」
「はいはい、家に帰ってからな」
「帰ったらかまうというか、精気吸うじゃん」
「それはお前の匙加減じゃないか……」
最近紫杏との時間が減ってるのって、実は紫杏自身にも問題があるのでは……?
その事実に気がついてしまったのだが、俺はその夜もろくに抵抗できずに眠りへと落ちるのだった。
間違いない。大好きな紫杏ちゃんにかまえないのって、ダンジョンのせいと精気を渡しているせいだぞ……。
◇
善たちがワームダンジョンを去ったところで、彼らは観察を終えた。
鼻が利くシェリルも、魔力感知に長けている紫杏さえも気がついていない。
普段は管理人や受付が探索者たちの行動を監視するための遠見の魔法装置。その支配を奪っていたためだ。
「あれがニトテキアというパーティなのですね」
「ええ、今年から探索を始めたのに、見てのとおりワーム程度なら獲物扱い。上位種であるプレートワームすら倒したとか」
「ぜひともうちに欲しいです」
「全員ですか?」
「馬鹿言わないでください、いらないのが混ざっています。あれは私のパーティにはふさわしくありません」
「承知しました。それでは、明日接触いたします」
「いらないのまで加入させないでくださいね?」
女は、新たな人材を得ることができたと満足そうに笑うのだった。
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