第44話 気の毒という名の毒
「ついでだし【魔術:初級】のレベルも上げてしまおうと思う」
「もうそんな扱いなのね。このダンジョン」
「一応、僕たちの年齢で【初級】の高難度をクリアするって、かなりすごいことのはずなんだけどね……」
適応力効くからなここ。それだけでとても安心して探索に挑めるというものだ。
前衛としてのステータスが強化されるので、これまでは剣士のまま職業を変えていなかった。
だけど、今回はあくまでサポート。こういうときに【魔術:初級】を上げておいたほうが効率がよさそうだ。
「それじゃあ、シェリル。自分と大地と夢子に【高揚】使っておいて」
「はいっ! はっ! こ、この二人にもですか」
「これから同じパーティになるんだから、仲よくしような」
「は~い……」
これで三人は狂化状態になった。万が一遠くから魔法を使われても問題ない。
俺はいつも通り、紫杏に魅了してもらえば状態異常無効のパーティが完成だ。
「……すごいね。シェリルがこんなに素直に言うこと聞いてる」
「いや、最初ごねてたぞ?」
「でも、すぐに善の言うこと聞いたじゃない。こんな短期間によくここまで躾けたわね」
たかだかこれだけのことで感心されてしまうのか。
シェリル……お前、今までどれだけ大地と夢子に反発してきたんだ。
「シェリルが前衛で俺が後衛。ワームダンジョンのときと同じ感じでいこう」
「了解です!」
シェリルは指示した途端に、そわそわと耳と尻尾を動かし始めた。
勝手に走りださなかっただけ、我慢できているほうだろう。
「大地と夢子は俺の後ろで待機していてくれ。紫杏はなにかあったときのフォローよろしく」
「うん、悪いけど三人とも頼むよ」
「もうすっかり慣れてるみたいね。頼もしいわ」
「もしものときは、私にまかせてね~」
後衛三人とバランスは悪いが、紫杏が控えてくれているので、安心して探索を開始した。
「はいっ!」
インプがシェリルの攻撃で瀕死の状態になる。
ほんのわずかな時間差で直撃するように、俺も魔法で遠距離から攻撃を行う。
「おぉ~、まるで一撃で倒せているみたいです! さすがは先生、完璧なタイミングですね!」
斬撃と似たような速度のおかげなので、わりと簡単にタイミングを合わせられるな。
こうすればわざわざ二回攻撃を当てる必要もなく、ストレスフリーでインプたちを狩れるだろう。
シェリルは気をよくしてインプたちを次々と狩り続けていく。
でも、大事なことに気づいてないな。ちょっと指摘しておこう。
「シェリル~! この方法だとインプの経験値全部俺がもらっちゃってるぞ~!」
「平気です! どんどん経験値を稼いじゃってください!」
「ほんとに懐かれたねえ……」
大地は改めて感心した様子でつぶやいた。むしろ本心ではこういう子なんだろうけどなあ。
大地と夢子には苦手意識のせいで、他の人たちには期待に押しつぶされないように虚勢を張る悪癖のせいで、素直になれないだけなんだよな。
「【魔術:初級Lv2】になったぞ。やっぱり、このスキルのレベルも上げられるみたいだな」
「なんだか随分と慣れているね。僕たちにとっては、それもとんでもないことだよ」
「まだレベル2だからな。今日中にあと4は上げたい」
「僕たちも、この異常な光景に慣れていかないといけないのかあ……」
道中は特に問題なく進むことができた。
シェリルがインプを瀕死にして、それとほぼ同時に俺が魔法でとどめを刺す。
たまに紫杏にレベルを吸ってもらって、レベル1から5まで上げてを繰り返しつつ、ボス部屋の前までやってきた。
「ちょっと足りなかったな」
【魔術:初級Lv5】と書かれたカードを眺める。
さっきレベルを吸ってもらったため、レベルは1だ。
「そのへんのインプをもう少し倒す?」
「いや、今日はあくまでも大地と夢子のダンジョンクリアが目的だ」
そこを間違えるつもりはない。
だけど、帰りにシェリルと紫杏に頼んで、こっそりとスキルレベルを上げてしまおう。
◇
「それじゃあ、行ってくるよ。シェリル、この狂化きってくれる?」
「は~い。私たちに任せればいいのに、強情ですねえ」
「あら、心配してくれているの?」
「だ、だ、誰が! ……まあ、昔からの付き合いですし? ピンチの時は叫んだら助けてあげますけどお?」
素直じゃないなあ。
それでも、シェリルが自分たちのことを心配していることは伝わったらしく、大地と夢子は気を引き締めながらボス部屋へと入っていった。
「まさか、一緒に部屋に入ることすら断られるとはな」
「強情なんですよ! 危ない目にあったらどうするつもりですか!」
「まあまあ、あの二人なら引き際を見誤ったりしないでしょ。ピンチになったらちゃんと帰還するはずだよ」
ボスインプ対策で大地は二種類の毒を自分たちにかけた。効果は極小で無害ともいえる毒をだ。
これでボスインプの開幕の行動である状態異常魔法中に、大地と夢子は好き放題攻撃できる。
だけど、あの二人どっちも後衛なのが気になる。
ボスインプが困惑してる間に、倒し切れるほどの火力は果たしてあるのだろうか。
……接近戦に持ち込まれたら、いくら状態異常が効かないとはいえ厳しい相手じゃないか?
「もう入ってきていいよ~」
「ほら! だから言わんこっちゃないんですよ!」
大地の声だ! ……あれ、ピンチだから助けを求めてるとかじゃないな。やけにのんびりしている。
焦ったように扉を開くシェリルは、それに気づかずに中へと駆けていってしまった。
「ふふ、やっぱり大地と夢子のこと好きなんだねえ」
「みたいだな。それにしても、もう終わったのか? いくらなんでも早すぎないか」
「私たちよりもちょっと遅いくらいだねえ。さすがは大地と夢子」
そうか、そんなに時間が経過していたとは、案外考え込んでしまっていたのか。
「無事そうだ……なっ!?」
部屋に入って目にした光景に、俺は思わず言葉に詰まってしまう。
血を流している大地と夢子も衝撃的ではあるが、元気そうなので軽傷のようだ。
いや、まずは治療が先だな。
「ちょっとまて、まずはその傷治すぞ」
「じゃあ私は夢子を」
俺と紫杏は、【回復術:初級】で二人の傷を治療した。
これまで使う機会のないスキルだったが、やはり保険として取得しておいて正解だったな。
「ありがとう。ひどい怪我ではなかったけど、地味な痛みがずっと続いていたから助かるよ」
「そういえば、紫杏も使えたのね。このスキル」
「うん、なんか増えてた」
さすがに未熟な魔法ということもあり、軽傷だが完治にはそれなりの時間を要した。
その間も、俺を驚かせた原因は、部屋の真ん中でびくびくと痙攣している。
「あの……あれ、どうしたんだ?」
俺は倒れたまま一切動けずに、痙攣しながら血を吐くボスインプを指差した。
よく見ると床の周りには焦げ跡のようなものがついている。
どう見ても、大地と夢子がやったんだよな……。
「毒で麻痺させて動けなくしてから、毒で弱らせて死ぬのを待ってるのよ」
「どっちもなかなか効かなかったから、夢子に最大火力の炎で囲んで酸欠にしてもらったけどね」
「魔力の消費効率悪すぎるし、こいつ途中から魔力でなにかして呼吸してたっぽいわね」
「てことは、あまり上位の相手には通じないか……魔獣とはいえ息ができなくなったら、どうにでもなるかと思ったんだけど」
相変わらず、えげつない戦い方だ……。
もしかして、ボス部屋に俺たちを入れなかったのって、自分たちだけで倒したいとかではなく、この悲惨な光景に至るまでの戦いを見せたくなかったんじゃないか?
部屋の中心から、なけなしの力を振り絞ったような断末魔が聞こえ、弱々しい呼吸音が途絶えた。
「あ、終わったわね」
「よかった。これで【初級】も一応は、相性次第でどうにかなるってわかったよ」
恐ろしい。なにが恐ろしいって、さっきまでボス戦の感想を言い合ってたけど、二人とも目線はボスから離れていなかった。
万が一があったときのために、常に相手を観察し続け息絶えるのを待っていたのだ。
いや、でもそれくらい慎重じゃないとだめだよな。やっぱり、俺たちのパーティにはこの二人が必要だ。
「それじゃあ帰ろうか。まだ確約できないけど、【中級】になれたらそのときはよろしくね。善」
「ああ。二人が加入してくれるなら助かるよ」
大地と夢子も加わり五人で探索できるようになるのなら、きっと異世界にまた一歩前進できるはずだ。
この作品が面白かったと思っていただけましたら、ブックマークと★★★★★評価をいただけますと励みになりますので、よろしくお願いいたします。




