第31話 猫をかぶっていた狼の本当の顔
「いやあ、迷惑かけちゃったみたいで悪かったわね」
「先生! お姉様! 助けてください! 鬼がいます! きっと、オーガの魔獣です!」
「反省してないみたいね」
「あっつい!」
結局、今日は夢子が学校に来ることはなかった。
せっかくなので大地と一緒に会いに行くと、お説教する夢子と、反省していないシェリルがいた。
「シェリルはまだ怒られてるの?」
「そうなのよ……「そうなんです!!」」
「私が最強だと証明したばかりなのに、夢子が意地悪なんです!」
夢子が学校を休むわけだ。一日お説教してもシェリルは堪えてないように見える。
同い年だよな? それなのに姉と妹みたいだ。
「あっついですって!」
尻尾の先から焦げた匂いがする。
きっと、言葉だけでは無理だったのだろう。現にこうして炙られても変化はないからな。
「一条さんにも言われたんでしょ? 調子に乗るなって」
「乗ってません! 客観的に自己分析した結果、私は最強の人狼だと判断したまでです!」
「たしかに【中級】への昇格はすごいけど、紫杏と善のおかげでしょうが!」
「感謝してます! でも、私も強いです!」
たしかに強いことは強いんだよなあ。インプ相手に素手というか爪でしっかりと戦えていたし。
「シェリルは強いけど、まだ群れ相手がきつそうだったな」
思わず気になっていたことを口にしてしまう。
「うう……そ、それは」
「二発で倒せるんだし、数が増えても落ち着いて対処すればいいんじゃない?」
おお、紫杏も意外としっかり見ているんだな。
俺もその意見には賛成だ。
「落ち着きないのよ、この子」
「集中力がないんだよね」
「ぎええ! 腹黒ショタ! どこに隠れていたんですか!? あ、あれ……? なんかお腹の調子が、毒を盛りましたね!? この腹黒!」
「愉快な子だよね!」
「ずっと一緒にいると疲れるわよ……」
大地はトイレに駆け込むシェリルから興味をなくし、俺たちのほうを向いた。
「見ての通り、僕や夢子の言うことは全然聞かないんだ」
「もっと素直ないい子かと思っていたんだけどなあ」
「楽しい子だけどね!」
紫杏のやつ、けっこうシェリルを気に入ってるのか?
「うんうん、紫杏が気に入ってくれたのなら話が早いよ」
シェリルをかわいがる紫杏に満足そうな顔をする大地。
なんだか、嫌な予感がする……。
「しばらくの間、二人でシェリルの面倒見てくれない?」
「え~と……大地と夢子では」
「今日一日お説教したけど、時間の無駄だったわ……」
「僕の場合、何か言う前に逃げられるね。逃げ足だけは早いから」
二人とも心から疲れ果てているということだけは伝わってきた。
面倒見がよくて真面目だからなあ……。
シェリルのような暴走気味のお調子者は、お小言なんてその場でだけ聞くか、ひどいときは聞きもしない。
そして、また同じことを注意されるので、説教する側もそのうち徒労としか思えなくなるんだろう。
「無茶な頼みってことはわかってるんだけど、少しだけ預かってくれない?」
「よっぽど、シェリルに振り回されてたんだな……まあいいよ。俺たちは嫌いじゃないし」
「ええ~! 先生とお姉さまとまたパーティ組めるんですか! やった~、お説教ばかりの夢子と大地から解放される!」
「ちなみに、善の方針に逆らったらだめだからね?」
喜ぶシェリルに釘を刺すように、紫杏は笑顔でそう言った。
「えっと……私たち三人なら難度が高いダンジョンも行けます……よね?」
「善に逆らったらだめだからね?」
「……はいぃ」
短い間に、俺たちには理解できない攻防があったのだろう。
シェリルは耳をペタンと伏せて、紫杏に降伏の意思を示していた。
「なんだろう。野生動物が順位付けしてるみたいだね」
「つまりあの馬鹿犬は、私と大地よりも自分のほうが偉いと思ってるから、言うこと聞かないのね……」
まあ、サキュバスも……というか紫杏も野生動物みたいなもんだしな。
紫杏がいるかぎりシェリルも、言いつけを無視して調子に乗ることはないだろう。
「ところで、預かるといってもうちに寝泊まりさせるわけじゃないよな? その……夜はちょっと」
「わかってるよ。ダンジョンに行く時だけ一緒に組んであげてほしいだけ。善と紫杏の営みの邪魔はさせないからさ」
それならよかった。
いや、別に紫杏と二人きりで寝たいとか、そういうわけじゃないんだけど……。
いや、そういうわけではあるけど……いいやもう、二人の邪魔されなくてよかった!
「……はっ! 善が珍しく私を求めてる気がする!」
「さすがお姉さま! 先生のことなら、なんでもわかるんですね!」
「大地、一部屋借りるね! 行こう、善!」
「行くかアホ」
友人の家で何をおっぱじめようとしてるんだ、お前は。
頭を叩くと、若干理性が戻ったのか、俺の腕をつかんでいた力が緩んだ。
そして、頭をさすりながら涙目で恨めしそうに見られる。
「DV彼氏……それとも、そういう趣味?」
「馬鹿言うな。俺に紫杏を痛めつける趣味なんかない。というか、ステータス差考えたら痛みなんてないだろ」
「心が痛いんだよ!」
心を持ってるのなら、友人の家で発情しないでほしいんだけどな……。
そんな俺たちのある種いつも通りのやりとりを、シェリルはキラキラした目で見ていた。
「さすが先生! お姉さまよりも、先生のほうが立場が上なんですね!」
「そうだよ~。善、私、シェリルの順だから、この順位だけは間違えないようにね」
「わかりました! 三番目に最強なシェリル! お二人に従います!」
万年発情期のサキュバスと、お調子者の獣人と、毎日レベル1になる人間。
なんとも、癖が強すぎる先行き不安なパーティになったものだ……。
「大地と夢子は、まだ俺たちと組む気はないか?」
「さすがに、【中級】探索者と組めるほどの自信はないかなあ」
「私たち、そこのお調子者と違って、客観的に自分を見れてるのよ」
「ぷふ~っ! そんなこと言っちゃって、最強の私に負けるのが怖いんですよねえ? 石橋を叩きすぎて割っちゃうようなタイプですから、もっと度胸をつけたほうがいいんじゃないですかあ?」
なに? 嫌いなの? 大地と夢子のこと。
それとも、これが俺たち以外と会話するときの素のシェリルなの?
「紫杏。シェリルがいじめる」
「こらっ! そんなこと言っちゃいけません!」
シェリルは紫杏に怒られるとすぐに俺の後ろに隠れた。
これが普通なのか……?
なんだか、とんでもないトラブルメイカーの世話を引き受けてしまったなあ……。
今後【初級】に挑むにしても、【中級】に挑むにしても、簡単にはいかないだろうなと、先行きの不安を感じてしまった。
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