その後
「デュトワさんや一条さんって何歳なんだろう?」
「どうしたの急に? 二人とも二十代のはずだけど」
そうなのか。ということは見た目どおりの年齢だな。
「いや、赤木さんが自分はかなり昔から現世界にいたって言ってたんだけど、人間のふりしてたのに老けないのを怪しまれなかったのかなって」
「魔力が高い人間は老けにくいっていうからね。そのあたりのことを気にしてたらキリがなかったんじゃない?」
魔力が高いと老けにくい。
つまり、俺ってもしかしたらここから大人にならない可能性が……。
いや、よそう。きっといい具合に成長してから老けなくなるはずだ。
そもそも、俺は人間で紫杏はサキュバス。
俺だけ先に老けるよりも、紫杏とともに歳を重ねたほうがいいに決まっている。
「なんか愛されてる気がした!」
「いつものことだから、いちいち反応してたらそれこそキリがないぞ」
「いつでも新鮮な気持ちで愛されようと思ってね!」
じゃあ俺も、いつでも新鮮な気持ちで愛することにしよう。
「というか、赤木さんって呼んでいるんだね」
「まあ……魔王でいた期間よりも、赤木さんとして接した期間のほうが長いから」
最期も赤木さんとして消滅したからな……。
どうしても、赤木凛々花が嘘だったとは思えないんだ。
「はっ!」
シェリルが突然何かを閃いたように声をあげた。
……なんだろう。なんか余計なことを言いそうな気がする。
「つまりあの変態はファントムよりババアだったということです!」
「やめなさい。年齢のことでからかうのは失礼よ」
「ゆめこ~! わたしになんのうらみがあるんれすか~!」
いつもは注意だけなのに、珍しく夢子がいの一番にシェリルに手を出した。
頬を引っ張られたシェリルはガウガウと威嚇している。
珍しく……。いや、最近では珍しくないな。
俺もそこまでにぶくないから気づいているが、異世界から戻ってきてから、夢子はなんだか年齢にやたらと敏感に反応する。
「なあ大地。異世界で夢子となにかあったのか?」
「……僕は気にするなって言ってるんだけどね。夢子が僕たちより年上だったってだけだよ」
なんだ。そうだったのか……。
え、そうなの?
「そういえば吸血鬼なんだよな」
「え、忘れてたの?」
「いやあ……吸血鬼っぽいところ見てないものだから」
たしかに見た目はちょっと変わったけれど、血は吸わないし、コウモリにならないし、太陽平気だからな。
「僕だって紫杏のサキュバスらしいところ見てないけど……いや、昔からほぼサキュバスだったね」
「変わらぬ愛をお送りしております!」
「さすがお姉様です!」
「とにかく、吸血鬼だから年齢が違うってわけだ」
長寿だし。考えてみれば当然なのかもしれない。
そうなると、少し年齢が気になってきた。
アルドルさんは、あの見た目で1000年以上生きている。
となると、夢子は200年とか500年とか生きているんだろうか。
「何歳なんだ? 俺たちの10倍くらい?」
「……歳」
「え?」
なんだか、自信なくぼそぼそと答えられた。
夢子にしては珍しいな。
「悪いが聞き取れなかった」
「……50歳」
50か。思っていたよりはずっと若いな。
200とか言ってたら怒られたかもしれない。
「50? え、夢子50歳なんですか?」
シェリルが夢子の年齢を繰り返し発する。
あ、たぶんなにかやらかす。
「おばあちゃんじゃないですかあぁっつい!!?」
「私さっき言ったばかりよね。年齢のことでからかうなって」
「尻尾が! 私の自慢の尻尾が!」
先っぽが焦げたな。
さすが夢子だ。怒っても火の加減はしっかり制御できている。
「お姉様~! 夢子が!」
「うん。あとでお仕置きするね」
「ええ! たっぷりしてやってください!」
「うん。尻尾は勘弁してあげるね」
「……もしかして、お仕置きって私にですか?」
「夢子の忠告をすぐ忘れちゃったからね」
紫杏はシェリルをしつける気満々だ。
観念したのか、シェリルの自慢の尻尾が力なく垂れている。
「はあ……だから嫌なのよ。50って、吸血鬼としては若輩すぎて馬鹿にされるし、短命種には老人と馬鹿にされるじゃない!」
「人間もそのくらいにはなるから、連想しやすいってのはあるなあ」
「そもそも、シェリルだって年齢の感覚は人間より私寄りのはずじゃないの!?」
「まあシェリルだし」
知らないかもしれないが、アホなんだあの子。
「ああ! 早く200歳くらいになりたい!」
あ、いいんだそれ。
長命種の年齢への考えよくわからないなあ……。
「なあ大地」
「なに?」
「大地の種族も魔族だし、長命種だよな?」
「そうなるね。若輩者にもほどがあるけれど」
「そうなると、俺だけ先に寿命がきそうだな」
「嫌だ!」
「嫌です!」
紫杏とシェリルにすがられた。
いや、今すぐ死ぬとかそういう話ではないんだけど……。
「もうちょっと考えて発言しなよ……。その二人はそう反応するに決まってるじゃない……」
「予想外だ」
「安心しなさい。死ぬ前に眷属にしてあげるから」
そっか。吸血鬼だしそういうのもあるのか。
「う~……善と何万年も一緒に生きたいけど、夢子じゃなくて私のにしたい」
「形式だけの眷属なんだからあんたのよ」
俺の人権どこかにいったな。
「でも~、どうせなら私がなんとかしたい」
「まあ、わかるけどね。私もいずれ大地を眷属にするけど、私以外の手でされるの嫌だし」
「えっ」
「なんかお前の未来決まってるみたいだぞ」
「初耳だよ……」
そう言いつつも、きっとそのときになったらすんなり受け入れるんだろうな。
俺がそうだろうからわかる。
「私もそういう力ないかなあ」
「サキュバスだからね。行為中に魔力でなんかすればできるんじゃない?」
「おい、投げ槍でとんでもない提案するな」
「よし! 行こう善!」
「夜にな!」
「完全に止めないあたり尻に敷かれてるね」
言うな。
お前だって似たようなものなんだぞ。
そしてそれを悪くないと思うところまで同じなんだぞ。
「私の場合はそうねえ……逆に血を与えて眷属にしてるわ」
「ということは、私の場合は精気を善に与えれば!」
待て。手を引くな。
お前の本気の力に抗えるほど、俺が強いと思うなよ。
鼻息荒く家に帰ろうとする紫杏をなんとか引き止めるのに、えらく時間がかかることになった……。
◇
そしてその翌日。
「どうだった? なんか、やけに疲れているみたいだけど」
「吸われた精気を戻されて、また吸われてを延々に続けられた……」
「永久機関に近づいた気がする!」
「……な、なんかごめんね?」
夢子が素直に謝罪してくるほどには、俺の顔色は悪いのかもしれない。
紫杏の眷属になったら、俺は一生搾り取られるんじゃないだろうか……。