最終話 サキュバスが妻になった日のこと
「赤木さん……」
彼女は間違いなくもう一度復活するはずだった。
それが急激に魔力の供給が停止したことで、肉体の崩壊を防ぐことすらできなくなったらしい。
もはや、世界同士に穴を開けることすらできなくなり、彼女へ力を供給していた樹さえも見えなくなってしまった。
まだ本当に倒せたか実感さえない。そんななか端末に通信が届いた。
『終わったみたいだね』
「大地か……最後のは、二人が異世界に残ったおかげで?」
『魔王は狡猾で準備も万全だっただろうからね。過去の保険も対処しておかないと安心して戦えないよ』
「それなら、先に俺たちに言ってくれても……」
『ゲートの持続時間を長くとってくれなかったクウが悪い』
後ろから失敬なと憤慨する声が聞こえてきた。
どうやら、再びクウと会っているようだが、恐らくこちらへ帰還するためだろう。
『とにかくお疲れ。僕たちもすぐに戻るから、思う存分紫杏といちゃついたら?』
「そんな体力残ってないんだけど……」
あ、切りやがった。
相変わらずドライなやつだなと思っていると、紫杏とシェリルが抱きついてきた。
「さすが善! 魔王を倒した英雄だね!」
「現世界最強です! いえ、もはや史上最強……は神様がいるから、近代最強なのでは!?」
「いや、もう現世界の人たちを勇気づける必要ないし、虚勢ははらなくていいだろ……疲れた」
シェリルもだが、紫杏もわりと尻尾をふっている。
その尻尾そんなに動くんだ……。
「むう……自分に自信持とうよ~。謙遜しすぎるとひがまれるよ?」
「その辺はシェリルがいるから、ちょうどバランス取れてるんじゃないか?」
「人に任せてばかりじゃだめでしょ?」
「う~ん……まあ、いいか。最強パーティニトテキアの魔王討伐でした。お疲れ様」
魔王が消えたとはいえ、現世界めちゃくちゃだからな。
それなら、もう少しくらい現世界の人たちの希望になることもやぶさかでない。
殲滅王よりマシな気がするしな……。
◇
「結局俺のスキルってどう活用するのが正解なの!?」
「別に今のままでもいいんじゃない? スキルを使わずに前衛できているんだし」
「長野の動き見ていたら、たしかに粘り強く敵に食らいついてる気は……しなくもないけど」
「根性論だなあ……俺、一応リーダーなのに」
「な、長野くんは前衛として頼りになっているよ?」
「ならいいかあ……んじゃ、せいぜい頑張って魔獣を倒すとするか」
◇
「あんた、また氷室先輩と言い争いしたんだって?」
「いや、言い争いじゃないぞ!?」
「三枝先輩に聞いたんだけど?」
「だから言い争いじゃないって! 俺が一方的に言い負かされたから争えてねえよ!」
「……なんか、納得したけど。あまり先輩たちに迷惑かけないようにしなさいよ」
「…………善処する」
「うそです」
「うそつきです~」
「赤星はすぐうそつきます」
「うるせえぞちびども!」
「この子たちいじめてたら、月宮先輩に言いつけられるわよ?」
「ぐっ……いいからレベル上げに行くぞ」
「もうレベルはないです」
「赤星すぐわすれるです」
「そういうのは、まじゅうをたおしにいくっていうんです」
「……ああ、もう! ぼやっとするな。まだまだ魔獣はいるんだから!」
◇
「結局、パーティを立て直す前にダンジョンが崩壊しちゃったわね」
「だからといって気は抜いていられないぞ。ダンジョンという場所を失った魔獣たちがまだまだ残っているのだから」
「サキュバスの女王様も好き勝手してくれるわ……また、魔族が危険視されて立場が悪くなるじゃない……」
「問題ないだろう。その魔族の問題を解決したのも、魔族たちなのだから」
「リーダーは人間だけどね。本当に人間扱いしていいのかしら……」
「…………まあ、所詮種族の垣根なんてその程度のものだ」
「というか、慎一も鈴も、そんな相手に喧嘩売ったのよね……よく生きていられたわ」
「観月さんだけは、あの女王にやられたようだが、実力だけで見ると烏丸と北原も女王に並ぶ存在か……うむ、命知らずなパーティメンバーを持つと大変だな」
「面会に行ったときに伝えてやりましょう。たぶんまた鈴が怯えるから」
「前にお前が北原に変身したときに腰を抜かしていたな……」
「それくらいは許されるわよ。散々私たちに内緒で変なことしていたんだから」
◇
「また根を詰めていませんか? だめですよ。休まないと」
「あまり気負いすぎていると、松田くん呼んで気分転換してもらうぞ~」
「あれ、倉崎さんのしわざですか……別に根は詰めていませんよ。ただ、魔獣の出現場所をまとめているだけで……」
「氷室くん一人でやらなくても、一条さんたちが手伝ってくれているじゃないですか」
「そうそう、ニトテキアの木村さんや細川さんも、他のパーティの探索者……っと、今は探索者とは言わないけど、とにかく協力してくれているだろ」
「…………この分野に限っては、木村先輩より僕の方が優秀だと思います」
「つまり、対抗意識と……ほほう、氷室くんの矜持ですね」
「はあ……それなら、下手に止めても意味なさそうだな。仕方ない。今いる夢幻の織り手で手伝った方が早そうだ」
「別に無理して手伝うことは……」
「氷室くんには言われたくないんですけど……」
「だよなあ……」
◇
「美希ちゃ~ん。また怪我人が運ばれてくるよ~」
「はい。ちょうどこちらの手当は終わったので、すぐに運んできちゃってください」
「休んだ方がいいんじゃない……?」
「余裕です! 前線で戦っている方々と比べたら……というか、私も前線行きたいんですけど?」
「だめだって言っているだろう。現聖教会の役目は後方で前線の怪我人たちの治療だ。うちが役割を放棄したら、魔獣の掃討が滞る」
「回復なら紫杏さんがいるじゃないですか~。私と違って本物の聖女の血筋なので、うってつけですよ?」
「最前線にいるし、今は大事な時期だからだめでしょ……美希といい、北原さんといい、聖女の力って脳筋じゃないと発現しないのかしら……」
「アリシア様がそういうタイプだったらしいですよ?」
「まじか……。いや、たしかにそういう説もあったけど、あれ本当だったんだな……」
「喋ってないで治療に専念しようよ~。まだまだ怪我人はいるんだから」
「むう。しかたありません。全員この偽聖女が治療してさしあげましょう!」
◇
「助かります。武器も防具も次々と消耗していますからね」
「後で金さえ払ってもらえたらかまわねえよ。なにかしていないと落ち着かねえしな」
「申し訳ありません。私たち管理局のものたちがもっと早くに彼女が魔王だと気づくことができれば……」
「それを言い出したら、私なんか長年同じパーティなのに気づけてねえよ」
「……心中お察しすることは難しいですが、自暴自棄にはならないでくださいね」
「はっ! あんなやつのために自暴自棄になるほど、繊細な心は持ち合わせてねえさ! 全部終わったら墓に魔法でも撃ってやる!」
「それは……なんだか、喜びそうですねえ……」
「嫌なこと言わないでくれ。死んでも無敵かよあいつ……」
◇
「そんなこと言わずにさ~。私けっこうがんばったでしょ~? コラボ配信しようよ~」
「たしかに、あなたの協力もあったからこそ赤木凜々花を倒せたことは認めます」
「じゃあいいじゃん。私あの後も貢献したでしょ~」
「まあ、魔王に破壊された掲示板システムを有志と協力して直したのは助かるな……」
「でしょ!? さっすが、轟さん。ちゃんと評価してくれないと、管理者なんだからさ~」
「はあ……また、調子に乗って犯罪を犯しそうね……もう一発殴っておいた方がいいのかしら」
「あはは……安奈ちゃん。もしかして、紫杏ちゃんに影響されてる?」
「そんなこと……ないけど」
「あれマジで吐き気と痛みやばかったからね! もう二度としないってあんなこと!」
「三輪諦めろ。浩一はこう見えて照れ屋なんだ」
「……えぇ。なんというか柄じゃないですね……一条さん」
「変な気の遣い方はやめてください。なんで、急に敬語になっているんですか」
「仕方ない。変なことしないかの監視も含めて俺が協力してやるよ」
「俺もかまわないぞ。凜々花にあっさりやられてしまったからな。面目躍如といきたい」
「はあ……パーティの評判を落とすようなことだけはやめてくださいよ?」
◇
「はい私の勝ち~。これで、ここも私の縄張りです! ざまあないですねえ!」
「放尿とかしないでね」
「するわけないでしょうが! 私を何だと思っているんですか!?」
「犬」
「ふっ……それは先生とお姉様に対してだけです。お二人以外へのシェリルは獰猛な狩人なのです」
「二人にあったら喜んで漏らしそうね……」
「夢子まで! 先生とお姉様が戻ってきたら言いつけてやります!」
「はいはい。それなら、二人が新婚旅行から戻ってくるまで、せいぜい魔獣たちを倒して負担を軽減しておくよ」
「言われなくとも余裕です! なんせ、私は最強を知っているのですから!」
「冗談抜きで、二人が帰ってくるまでに魔獣を絶滅させそうね……」
「そうしたら、絶滅王って呼んでもらえますか?」
「呼んでほしいの……?」
◇
サキュバスといえば、どんな存在を思い浮かべるだろうか。
男を誘惑し、精気を吸い取る? うん、間違いではない。
でも今はそんな一般的なサキュバス像は忘れてもらいたい。
これから話すのは――世界一かわいい俺の嫁の話なのだから……。
「要するに、俺の紫杏が今日もめちゃくちゃかわいい……っと」
32:現世界の人間
結局のろけかよ!
33:異世界の獣王
変わらずの仲の良さでなによりです!
34:現世界のドワーフ
一応英雄のはずなのに気軽に変なこと書き込むな
35:現世界のセイレーン
ここは英雄や王様とも話せる掲示板です
「ぜ~ん。準備できた! 準備できたよ! さあ、新婚初夜! 命をかけてかかってくるといいさ!」
「……嫁が呼んでいるから行ってくる。今日はもう戻ってこない……」
51:現世界の人間
……死ぬなよ
52:現世界のエルフ
これが、真の淫魔の女王相手に一人で戦いを挑む英雄の言葉か……
53:現世界の人魚
数年分の精気とかいうの、また全部お嫁さんに吸われるんでしょ?
……普通死ぬと思うんだけど
54:異世界の淫魔
愛の力ねえ……
端末の電源を落とす。
振り向くと、そこには照れくさそうに顔を赤らめながら布団の上に正座している紫杏がいた。
結婚することでなにも変わらない。そう思っていたのだが、互いの心境に多少の変化というか、線引きのようなものができた気がする。
今日この日から、俺と紫杏は夫婦として共に生きていく。
それはきっと、今まで以上に紫杏のことを好きになっていく日々となるだろう。
「絶対、幸せにするから」
「もう十分幸せにしてもらっているよ。だから、これからも私を幸せにしてください」
「……う~ん。やっぱ訂正するか」
「ええ!? なにがだめだった? 直すから、新婚早々離婚は嫌だ~!」
「そうじゃなくて……俺が紫杏を幸せにするから、紫杏は俺を幸せにしてくれ。二人で幸せになろう」
「……うん!」
満面の笑みでうなずいた彼女の顔は、きっと世界で一番美しかった。
おしまい
これにて本作は完結です。長い間この物語をお読みいただき、誠にありがとうございました。
最終回を迎えることができたことを、心から感謝いたします。
次回作ですが、本日から投稿を開始しています。
『超難関ゲーム世界に転生したら、無気力最強魔王様のたったひとりの部下としてダンジョンをつくることになった』
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