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第252話 むかし私が死んだ国

 ありえない。

 丁寧に丁寧に、あれだけ希望を潰してやったのに、無敵の力を得られないなんてありえない。

 あれだけ完膚なきまでに叩き潰してやったのに、諦めずに挑んでくるなんてありえない。

 それでは、まるで……あのときの、英雄たちみたいじゃない。


 ありえない。

 力が削がれていく速度が想定していたよりもずっと速い。

 だけど、私に供給される魔力が減少しているのは事実。まさか、現世界のやつらのことを甘く見ていたのは私のほう……?


 ありえない。

 生き死にがかかったこの大事な局面で、この期に及んでくだらない恋愛というものにうつつを抜かす。

 大きな隙を見せながら、男の口を奪う淫魔も、その意図をすぐさま理解した男もありえない。


 ……ありえない。

 先ほどまでは、私を倒しきる魔力がなかったというのに、念入りに魔術への道を誤らせてやったのに。

 私以上の魔力を放出するなんて……ありえない。


    ◇


「もらったもの、全部返したよ。だから、勝ってね? 善」


「当然だ! あと、今夜また全部返すからな!」


 紫杏が行ったこと、それは自身の魔力の譲渡だ。

 魔王相手に時間を稼ぎたかったのはこちらも同じ。

 あのままじゃ、どうあがいても魔王を倒す魔法なんて扱えない。


 だからこそ、紫杏はすぐに自身の魔力を俺に譲渡し続けた。

 だからこそ、俺は魔王が回復するのもわかったうえで、魔王と会話をして時間を稼いだ。

 ……それでも、結局時間は足りなかったから、紫杏は強硬策として口から直接魔力を流し込んできたわけだが。


「ありえない……淫魔と餌の関係のくせに」


「夫婦ですから! この戦いが終わったら結婚するし!」


「盛大な死亡フラグもなんのそのです! さすがはお姉様!」


 まじで不吉だからやめてくれないかなあ。

 まあ、そんな不吉は俺が吹き飛ばせばすむ話か!


「【剣術:神級覚醒】!!」


 きっとこれが魔王の本気だ。

 【上級】なんてとんでもない。【神級】という文字通り神の領域の力。

 剣聖赤木凜々花の本気の剣術が、俺を殺すためだけにその頂の力をぶつけてくる。


「【精霊魔法:神級】!!」


 だけど、紫杏の力を得た俺は……まあ、最強だ。

 魔王に唯一通用する魔法の力。思えば俺にその才の片鱗を感じさせた精霊たちの力。

 これであれば、きっと応えてくれるに違いない。


「【極限剣技・神薙旋廻】!!」


 見たこともない剣技が俺を狙う。

 わかっていることは、喰らえば跡形もなく切り刻まれるだろうということくらい。

 だけど、何も焦ることはない。俺がやるべきこと。それは、魔王を倒す必殺の一撃を生み出すことだ。


「ご先祖様バリア~!」


「まさか……本当に、聖女アリシアの力を!?」


「まあね。私のご先祖様、有名人だったみたい」


 だって、未知の即死級の攻撃も、俺の頼もしい聖女はしっかりと防いでくれる。

 なら、ここで倒しきらないと、紫杏にかっこ悪いと思われてしまうじゃないか。


「炎に水。土に風。どうだ。へっぽこだった初心者のころとは違うだろ。俺は、魔王を倒す現世界最強の英雄になるんだ」


 その言葉に精霊たちの声は返ってこないが、それぞれの属性の力は今まで感じた中でも一番強力なものだった。

 増幅させ、研ぎ澄まし、一体化させ、拡散させる。

 すべての力を完全に使いこなすことで、俺だけの魔法を創造する。

 まあ……名前だけは、借りるよ。あんたが設定していた職業スキルの極致をな。


「そんな力ありえない……だって、私はあんたたちなんかよりも遥か昔から力を蓄えて……」


「愛の力は無敵なのさ!」


 魔王から、ほんのわずかな心の弱さを感じた。

 世界最強の存在。恐怖の象徴。そんな魔王が、ついに己が敗北が現実的なものだと思ったのだ。


「【極限魔法・嘘みたいな世界】」


「そんなもの……人間に、許された力を超えている!!」


 四大精霊が司るそれぞれの力。

 それらを膨大な魔力で引き起こすことで、まるで世界中の色を塗りつぶすかのように四色が混ざり合う。

 密度が極限まで高められた魔力は、今や視認できるほどの変化を世界にもたらしていた。


 だが、それはあくまでも魔法の余波のようなもの。

 それが真に塗りつぶすのは、攻撃対象とした魔王ただ一人のみ。

 魔力の奔流は魔王を飲み込み、傷一つつけることなく、ただひたすらに魔力のみを破壊しつくした。


「あ……があ……」


 その場に立っていた魔王は、魔力が完全に枯渇して体がわずかに透明な状態となっていた。

 魔力だけではない。生命力も大幅に削られたことで、魔王の圧倒的な存在感はもはやあまりにも弱々しいものへと変わっている。


「そんな魔力……ありえない……」


「蓄えた力の差だよ。私は善からたくさんの愛をもらった。それはきっと、あなたが長年溜めた魔力よりも濃厚なものだった」


「…………まだ、負けていない!! 血染めの大樹! 魔力を! 生命力をよこしなさい!!」


 そう叫んだ魔王は、なにもないはずの空間に大穴を開けると、そこから魔王に向けて大量の魔力が流れ込んでくる。

 ……淫魔戦争のときと同じ! 保険をかけていた!?


    ◇


――淫魔のできそこない。


 やめろ。


――魔族なのに、なんで魔法の一つも使えないの?


 脳裏に響く言葉ではなく、こんな声が聞こえること事態が不愉快だ。

 まるで、今わの際みたいじゃない。


――おかしなサキュバスだ。魔法を使えないからと肉体ばかり鍛えている。ああはなりたくない。


 認める。

 現世界だからと舐めていた。長年準備と観察を続け、脅威は烏丸善だけだと理解していた。

 だからこそ、彼らを異世界へと追いやってしまえば、世界の支配者に返り咲ける。そう侮っていた。


――ああ、負けた……殺せ。だけどそんな歪な王に従う者など誰もいない。


 あれだけ溜め込んだ魔力は、真実の愛の前ではたかだか数年分の価値だった。


――王様は、魔王なのに刀で戦うの?


 それだって、元々は私が狙っていた餌だったのに!

 いや、今はもうそんなことどうでもいい。


――ここは魔族の国。魔法を使えず、力任せの醜い魔術しか使えないあなたは……王にふさわしくない。


 なら、どうすれば納得した!?

 いや、こんなくだらない過去の言葉私には必要ない。


――なにを考えている!? 異世界全土と戦争でもするつもりか!?


 余計なことを考えるな!

 問題は今の現世界での戦いの結果だ!


――異世界の敵魔王リリカ。これで終わりよ。


 あの時と同じ轍を踏んでたまるものか!

 私を上回る魔力だろうと、魔法による攻撃だろうと、滅んでいないならまだどうとでもなる!


――ほう、剣術特化か。すさまじい実力だな。なあ、浩一。


 もう魔力も生命力も残っていない。

 だけど、それは私と現世界だけで考えればの話だ。


――お前は素行がクソだけど実力はあるからな。組む分には信頼しているさ。


 血染めの大樹。あれこそが私の最後の保険。

 すでに枯れ果てたと思っているであろうあの樹には、魔王時代の細工がまだ残っている。

 異世界の魔力を溜め続けるという細工が。


――赤木さん。剣術だけは尊敬できますからね……。だから、素行をなんとかしてください。


 尊敬してもらってるところ悪いけど……あなたは私の天敵。

 加減はしないわ。


――あなたのアドバイスがあれば、先生はすぐに強くなれるんですよ。


 世界と世界はつなげた。

 血染めの大樹からの魔力は私へと供給されていく。

 さあ、第二ラウンドといきましょう。もっとも、あなたに余力があればの話だけど。


 …………なぜ。

 なぜ、気づけなかった! いつから、こんなわずかな量しか魔力が供給されていなかったの?

 まさか……あの樹になにかされていた……?


    ◇


「樹ってよく燃えるから助かるわ」


「樹って毒がよく効くから助かるよ」


 魔王が開いた空間の穴。その先にあった魔族の国の大樹は、ここからでも視認できるようになっていた。

 そして……その樹のすぐ近くで変わらない姿で、魔術を扱う二人の姿も……。


 そうか、大地と夢子が言っていた自分たちにできることって、魔族の国にある血染めの大樹を殺すことだったのか。

 魔王は唖然とした表情を浮かべるが、それはすぐに笑顔へと変わった。


「あ……あはは、あはははははは! そこまで読まれていたんじゃ、どうしようもないわね!」


 まだなにか保険がある。というわけではない。

 なぜなら、その表情からはわずかな諦めにも似た感情を感じ取れた。


「おめでとう少年。君たちの勝ちだ」


「そう……ですか」


「楽しかったよ。現世界というのもね。さすがは、魔法が発展途上の世界だ……」


 そう言い残すと、淫魔の女王は今度こそ完全に消滅した。

 最後に魔王リリカではなく、赤木凛々花として言葉を発したのは、彼女なりの意図があったのか。あるいは、ただの戯れか。

 今となっては、彼女にしかわからない。

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