第250話 十億の絶望と百億の希望
「まにあった~……」
「紫杏! そうか、紫杏の回復術……」
「いやあ……それは間に合わないから、シェリルに魔力譲渡しちゃった。だから、治せたのはあの子の力。私は結界張っただけ」
「それでも、おかげでシェリルが助かった。ありがとな」
「まずは、自分の傷心配しようね~」
そう言われて、ほおをひっぱられる。
もちろん、こちらを治療してくれたことだって感謝しているが、優先順位があるからしょうがないじゃないか。
「こっちも感謝してるよ。さすが、俺の聖女様だ」
「えへへ照れるな~! 善専属の聖女様だなんて! 今夜は聖女様のかっこうしてあげるね!」
『あれがおとなです』
『おとなのつがいです』
『さいきょうふうふです』
聞き覚えのある幼い少女たちの声……。
うん。今さらながら教育に悪いな。すまなかった。自重します……。
いや、それよりも、なんか急に聞こえてきたな。シェリルをお姉様と慕うあの獣人たちの声が……。
『どうだ魔王! 偏向報道みたいなことして! な~にが、「最後くらい好きに会話させてあげる」よっ! 都合のいい声以外、聞こえないようにするとか、この卑怯者!』
……どおりで、俺たちへの期待の声なんて一つもないわけだ。
そして、そんな術中にはまるとか、俺はとことんアホだったらしい……。
『それと視聴者ども! 私たちは安全地帯で見てるだけなのに、現地で戦ってる人たちより先に諦めるとか、調子乗ってんじゃないわよ!』
それはまあ……調子に乗るというか、俺たちがもうちょい善戦できればって話な気もするが……。
『くだらない弱音吐くくらいなら、代わりに戦ってきなさい! 私は嫌だけどね! 雑魚が行っても魔力吸われた挙句に隷属するだけだし!』
それは間違いとも言えない。
魔王も淫魔である以上、紫杏と同じスキルはもっているはずだ。
だから、この場にこられると魔力を吸われる。そして魔力を吸われたら隷属して敵になる。
そんな仲間同士でつぶし合いになったら最悪だ。
俺とシェリルは問題ない。
紫杏のスキル【所有餌保護】により、俺たちは紫杏の餌として扱われている。
だから、他のサキュバスでは魔力を吸えないのは、相手が魔王でも例外ではなかった。
「あらら、これも失敗? 案外手ごわいわねえ。現世界人って」
「当然です! やわじゃないんですよ! 世界が滅びそうなときにぴーぴー泣くのなんて、子犬だけで十分です!」
「なら、くだらない小細工抜きでわからせてあげるわ! 結局、私を倒す手段なんてないってことをね!」
シェリルが飛びかかる。
紫杏は足元を狙って、足首ごと刈り取りそうな蹴りを見舞う。
なら、俺は後ろだな。
「【ゲート】」
「【魔法剣:水】!」
「っ、読まれた!?」
よし。紫杏に対処するために、シェリルを転移させるだろうという読みが的中したか。
最初の戦いのときのように、【ゲート】でこちらにシェリルを突進させようとしたため、【ゲート】の中を逆に攻撃してやった。
「ぐっ!!」
ついで紫杏の蹴りも命中するが……やっぱりか。
「硬いというよりは、手ごたえがおかしい。ここまで効かない相手は初めてかもね」
「小娘の徒手空拳ごとき、魔王である私に効くはずがないでしょうが」
「セカンドシェリルチャンス!」
紫杏の攻撃を受けても平然としていた魔王に、シェリルは果敢に突撃する。
魔王はうっとうしそうに【ゲート】で追い払おうとするが、俺を見て舌打ちをした。
さすがに同じ失敗はしないか。
なら、シェリルの速度にあわせて【斬撃】を撃つだけだ!
「【斬撃】!」
「シェリルアルティメットクロー!!」
「なにが究極よ。爪でひっかいてるだけでスキルですらない攻撃が!」
魔王はシェリルの攻撃を刀で受け止める。
そのまま、シェリルを俺が飛ばした斬撃にぶつけようと力任せに刀を振った。
「【風気饗宴】」
なので、風の属性の力を強め、斬撃の魔力に干渉する。
これで飛翔した斬撃も、ある程度はこちらの思い通りに操作可能だ。
「~~~!! くそっ!!」
まさか軌道を変えるとは思わなかったようで、シェリルに当たることなく自分に殺到する魔力の刃に、魔王が表情を歪める。
『いける! 魔王相手に戦えているどころか、傷も負わせてる! 声援足りないよ! せっかくの【超級】探索者に応援できる機会なんだから、好きに応援しちゃいなよ!』
刃を一つ余さず使い切る。
フェイントのために、回避先を潰すために、魔王に傷を負わせるために、すべては魔王を倒すためだ。
『がんばってくださ~い! おねえさまのせんせ~!』
シェリルの妹分たちの純粋な応援が耳に届く。
『烏丸様。魔王に確実にダメージは入っています。私のほうも隷属している者の治療は順調なので、気兼ねなく魔王殺ししちゃってくださいね』
白戸さんの声だ。魔王に奪われた戦力も、順次解放されているというのは、心配事が一つ減るので助かる。
……魔王殺せって言わなかった?
『烏丸~! お前のおかげでスキル戻ったんだけどさあ! 俺の願いって本当!? どんな願いで俺、ねばねばをもらったの!?』
『ね、粘り強い男になるとかでしょうか……』
『納豆食べたかったんじゃない? 烏丸く~ん。魔王なんか余裕っしょ~。がんばれ~』
長野……。お前、どんなユニークスキルなんだよ……。
百合川の気の抜けた声援は、俺の勝利なんか当たり前だと思っているかのようだな。
「力が……こんなこと……」
「遅くなってますね! つまり、私の本領が発揮できるということです!」
ようやく……。
ようやく、魔王の力が弱まるのを肌に感じることができた。
あのとんでもない反射速度。それに見合った身のこなし。どちらも明らかに鈍くなっている。
「ちぃっ! 【ゲート】!」
これまでと違い、無敵の体ではなくなったことを悟ったからか、魔王はすぐに行動に移った。
大型のゲート。それがそこら中へとつながっている。
……まさか、増援? それはまずい。魔王一人が相手でぎりぎりなのに、余計なやつらに介入なんかされるわけにはいかない。
「……なに? なにをしているの? 奴隷も魔獣も命令しているのに、なんで……」
しかし、ゲートから乱入する者は一人もいなかった。
想定外だったためか、魔王もわずかに困惑している様子が。
『【上級】や【中級】などこの際関係ない! 戦える者で魔獣を止めるぞ! せめて、あの戦いを妨害させるな!』
『全部を相手する必要はないわ。ゲートをくぐらせないことだけに集中しなさい!』
『俺頑丈だから壁として扱ってください!』
『ああもう! あんた一人で保つわけないでしょ! 【エンクハント】! 【エンクハント】! 【エンクハント】!』
『松田、お前スキル取り戻してからアホっぽくなってるぞ……てか先輩を応援しないのか?』
『烏丸先輩なら魔王なんて倒せるに決まってんだろ!』
魔の秩序の松山さんと岬さんの声が聞こえた。
赤星くん、桜ちゃん、避難所にいた赤星くんの友人も一緒にいるらしい。
それに呼応し、様々な探索パーティたちが同じように魔獣の進行を阻止している声が聞こえる。
『烏丸ぁ!! その女殺せ! もしくは、私のところにもってこい! 魔剣にしてやる!!』
厚井さんめちゃくちゃキレてる……。
まあ、長年の悪友みたいな人だったわけだし、裏切られて重傷だったらしいからな。
というか、あの人こんな大声出して傷開いたりしないよな……。
『烏丸さん。いつも面倒なことを押しつけて本当にすみません……。ですが、あなたたちなら今回の異変も解決できると確信しています』
『俺たちはだめだったけど、君たちならなんとかできる。だから、思いっきり叩きのめしてやってくれ』
『……さすがに、今回ばかり申し訳なかった。俺の代わりに凜々花のやつに、きつい一発をくれてやれ』
「了解です! トカゲ!」
『一応伝えておくね~。私たちはみんな美希ちゃんが治してくれたから無事だよ~』
『偉そうにしておきながら、その魔王まだ誰一人殺せてないわ。現世界人たち聞きなさい。そいつ、人一人殺せない程度の脅威よ?』
『なら、みんなが戦った魔獣たちのほうがよっぽど怖くて強いだろうね~』
『直接力になれないので、せめてその戦いの邪魔だけはさせません! 隷属させられている者たちは、正気に戻った探索者たちでなんとしても押し留めます!』
「っ! どおりで魔獣も奴隷もこないはずだわ!」
氷鰐探索隊のみんな! よかった、無事だった!
それに喜んだのは俺たちだけでない。
【超級】パーティが無事であったことも、いまだ被害者が一人もいないことも、現世界の人たちの希望になっているらしい。
『魔王弱いじゃん! いや、俺たちよりは強いけど!』
『ニトテキアならやれるだろ!』
『スキルがなくても、低級の魔獣なら倒せる!』
『魔王なんかに負けないでください!』
侮るというのはまた違う。
決して相手を下に見るわけではなく、それでも対処可能な敵として皆がとらえ始めている。
それこそが、魔王の力を削いでいく適切な方法だ。
「ぐぁっ!!」
「シェリルブローです! 現世界の者ども聞こえていますか! 何を隠そう、私はこれで異世界の古竜の王を倒しました! 最強っぽいです!」
ダメージはない。だけど、魔王はシェリルの拳が直撃し、後方へと押し出されていく。
「気に入らない……ありもしない希望にすがりついて! だから、現世界人は愚かなのよ!」
魔王の反撃の刃も、シェリルはついに一人ですべてを回避してみせた。
「はっは~! 最強まであと一歩!」
「小娘風情が!」
「私もいるよ~……っと!!」
シェリルに注意を割かざるを得ない状況になり、これまでのように俺たち三人を同時に相手することができていない。
だから、死角から迫る紫杏の攻撃は、直撃する寸前にかろうじて回避できるだけ。
そうして体勢を崩した状態ならば、俺の攻撃までは対処できない。
「【魔法剣:火精】!」
「あっ……ああぁぁっっ!!!」
燃え盛る炎の中。魔王の叫び声が世界中に響いた。




