第248話 三ツ星探索者の舞台裏へようこそ
「さあ、見ていなさい! シェリル最強列伝最終章! 変態魔王赤木殺人伝説です!」
「ぶっそうだから、伝説の名前なんとかしない?」
「変態魔王リリカ殺人伝説です!」
そっちじゃないんだけどなあ……。まあいいや。
シェリルのおかげか、現世界の人たちもほんのわずかに心のゆとりを思い出したみたいだ。
さあ、ここから本当に魔王は俺たちに襲いかかるか。
たぶん可能性はかなり高い。魔王は人々に恐怖され続けないといけない。
なので、こんなふうにのんきに魔王なんか倒せると吹聴している俺たちを野放しにするわけにはいかない。
現世界の人々が、あれ、魔王って本当に大したことない存在なんじゃないか? なんて思ったら、これまでのことが台無しになるからな。
「……驚いたわね。一度私に完全に敗北しておきながら、こんな自殺行為をするなんて」
だから、俺たちは驚いていない。
ここで魔王リリカと再び対峙することになってもな。
「正気を疑うわ。あなたたちも、これを許可した管理局の連中もね」
「ふっふっふ……正気じゃ英雄になんかなれないんですよ! そう! 私たちは今日から英雄ニトテキア! 覚悟しなさい魔王!」
「……ムカつくわ。たとえ冗談でも大嫌いなの。その、英雄って言葉はね!!」
……うちの愛犬まじすごい。
本人は無自覚なんだろうけど、まさか、魔王相手にまで挑発が成功するとは思わなかった。
つまり、シェリルはシェリルの役割を十全にこなしてくれたということだ。
俺は俺のやるべきことをやらないとな!
「【剣術:超級】!【天地の法】!」
「やっぱり……使えるのね? 職業スキル」
シェリルを守るために、攻撃を受け止める。
受け止めたはいいけど……相変わらず重いなあ!
こちらの防御力を上げているのに、気を抜けば剣が吹っ飛びそうだ。
「私の善は最強だからね!」
「ちぃっ!!」
俺にやや遅れ、紫杏も魔王への拳を振るうが、前回までの焼き直しだ。
魔王は簡単にそれを避けて、紫杏の首を斬り落とそうと刀を振るう。
紫杏は回避するけれど、やはりわずかに魔王が速い。
「最強……ねえ?」
「そのとお~り!! 昔異世界で大暴れしたか知りませんけど、時代は変わったんですよ!」
この実力を見ても、変わらずに自信満々でいるシェリルが今は頼もしい。
根拠のない自信にすぎないけれど、配信を見ている現世界の人々はその限りではない。
それは、魔王の実力にたしかに変化をもたらしていた。
「潰れろ!」
「くっ!」
紫杏の攻撃を受け止める。そう、避けるではなく受け止めた。
あらかじめ結界で守っていたため、紫杏の拳が両断されることはない。
しかも、その攻撃の衝撃を殺しきれなかったのか、わずかばかり後方へと押し出される。
「結界! 余計に腹立たしい女ね!」
「善は私のこと好きだけどね!」
紫杏の軽口に、魔王は刀を振るう。
一太刀だけではない。一瞬で十を超える太刀筋が紫杏を襲うため、紫杏もさすがに後方へ跳んで間合いから離脱した。
とんでもない殺意だな……。紫杏のやつ、まじでなにしたんだ。いや、なにもしてないんだろうけど。
『さっすがニトテキア! 魔王に善戦できてる! 喜べ現世界! 今日で魔王は倒されて、消化試合の魔獣たちも殲滅王が殲滅するよ~!』
「ああ本当に……この程度で善戦? 最強? まさか、万が一にでも勝てるなんて夢でも見ているの?」
「勝ちます! それに知っていますよ! あなた、先生が怖いんでしょう!」
「は?」
「先生が強いから、自分を倒せる存在だから、本当は怖いんです!」
「は、はは。はははははは。あはははははははは!!!」
一瞬でも気を抜けば殺される。
そんな緊張感の中で戦っているというのに、魔王はおかしくてたまらないというように嗤った。
魔王に面と向かって好き放題言っていたシェリルでさえ、そんな反応に驚き固まってしまう。
「あ~……面白い。最強? 私を倒せる? 悪い冗談ね。たかだか餌の分際で」
「餌~? 残念でしたね! 先生は、お姉様専用のごはんです! あなたに、つまみ食いする余地なんてこれっぽっちもありません!」
「そのとおり! よく言ったシェリル! 善は私のもの! そして、私は善のものなんでよろしく!」
「ああ、それよ。それがムカつくの。私はずっと待っていた。待ちわびていたというのに……」
魔王が紫杏を睨みつける。
この話の流れで、俺じゃなくて紫杏……?
再び魔王が紫杏に攻撃をしかけるかと思ったが、かぶりをふって落ち着きを取り戻す。
「なあ少年……君、自分のユニークスキルがなんだと思っているのかな?」
「な、なんだよ。急に……」
突然赤木さんだったときの口調で、いかにも芝居がかった様子で話しかけられるのはいささか不気味だ。
ユニークスキル……。まあ、別に現世界中に今さらばれたところで、何の問題もない。
「【必要経験値減少・極大】」
「…………くくっ……やっぱり……そう思っているよねえ?」
「思っているも何も。これが俺のユニークスキルだ。ユニークスキルはお前が俺たちに与えたものなんかじゃない。それはもう知っている」
「ああ、たしかにそうさ。なら質問だ。君は……そのユニークスキル名。どうやって知ったんだい?」
そんなの決まっている……。
「ステータスカードに書いてあった……」
ステータスカードに……?
ユニークスキルは俺のもの。それは間違いではない。
だけど、ステータスカード。レベル。職業。ダンジョン。
これらすべては……魔王が、俺たちを育てるために準備したもの……。
「気づいたようだね。いやあ、実に教えがいがある弟子で、師匠としては鼻が高いよ」
「俺のユニークスキルの名前は、お前が別のものに変えていたってことか?」
「ああ、そうさ。君のユニークスキルはね……【餌・極級】。それだけだ」
……餌? 俺が?
「最強? 私の天敵? 馬鹿言わないでくれる? 餌に負けるサキュバスがどこにいるのかしら?」
『ま、まったまった! 嘘かもしれないでしょうが! 諦めんなって~の! 烏丸君! どうせ、嘘なんだろうから証明してやれって!』
「あらひどい。私嘘なんて言ってないわ? この子はね。餌であることを望んだの。今思うとそこの女のためでしょうね」
……心当たりが……ありすぎる!
あの日、紫杏はサキュバス化した。そこで俺はたぶん無意識に、紫杏に食われるのは俺であるべきだと考えた!
だったら、ユニークスキルが餌とかいう、わけのわからないものでも納得しかできない!
「私がどれだけ喜んだかわかる? まさか、神から授かる力で、極上の餌が誕生してくれるなんて」
いないだろうなあ……。
無意識にでも願っていたことが、誰かの餌になること。
そんなアホは現世界中探しても俺くらいだろう。
「私がどれだけ失望したかわかる? 極上の餌が、すでに別のサキュバスの所有物だったなんて」
「毎日おいしくいただきました!」
ピースすんな。別にいいけど、その発言現世界中に配信されてるからな。
それでわかった。魔王がやたらと紫杏を敵視している理由。
要するに、先に俺を手に入れていた紫杏への八つ当たりみたいなもんだ。
「ああ、そっか。それで、私がサキュバスとして事件を起こしてるって、濡れ衣を着せたかったのか」
「……はあ。それで大人しく悪性サキュバスだと思って引きこもっていればいいものを……」
「残念でした~! 私が引きこもりになっても、善は毎日甲斐甲斐しく世話をやいてくれます~!」
「間違ってないけど働け」
「じゃあ、お嫁さんになる」
「……なら、いいか」
紫杏の就職先が決まった。
それにしても……赤木さんを演じていた時は夢にも思わなかったが、大地でもシェリルでもなく、俺が狙われていたってことか!?
なんか……今になって鳥肌が立ってきてしまった。
いや、落ち着け。これは魔王の攻撃だ。すぐに万全の状態で、戦えるように身構えないと……。
俺はおぞましい事実を一旦忘れ、戦うために精神を集中させることにした。




