第245話 願いは確かに胸の中
「おい、そこの男! お前のことだよ。金髪くせ毛の眼鏡男! 趣味悪い黒一色の服装までしっかり見えてるからな!」
その言葉を放った途端に、先ほどまで攻撃的だった発言が一つ消えた。
「はい私の勝ち! というか、ニトテキアの勝ち! なにが嘘つきよ。願えばちゃんと戻ってくるじゃない。私たちの力」
どうやら、配信者の女性のユニークスキルは完全に復活したらしい。
【遠見】の名のとおり、視聴者のことすら彼女は見通すことができるのだろう。
「なんか、前より効果上がってるけど、まあ強化されてる分にはいいでしょ。前はダンジョンの中しか見えなかったからね~。今じゃ、アンチの顔もこうして……」
コメントの雰囲気が変わっていく。
試しにやったら自分もできたと言う者。試してみたけどできなかったから嘘だと言う者。
そんな彼らがついにはコメントで直接会話までしている。
もっと心の奥底から願ってみろと言われて改めて試したのか、本当にスキルを取り戻せたと喜ぶ者が増えていく。
「……こいつ、それにこいつ。こいつも」
「三輪さん? どうかしましたか?」
配信者はそんなコメントに反応することもなく、ぶつぶつと指さしながら確認している。
もちろんそこにはなにかあるわけでなく、それは彼女にだけ見えている誰かを指さしているようだった。
「ユニークスキルが戻ってくるなら、喜ばない人っていないよね~。私が言ったことが本当っていうのは、もうみんなわかってるでしょ?」
さっきとはガラッと変わって、コメント欄には配信者や俺たちへの感謝が流れていく。
その中には、まだ嘘つきだの。騙されるななどのコメントも混ざっているが、きっと彼らもそのうち理解してくれるだろう。
「なのに、頑なに否定するってことは、怪しいよね~? もしかして、ユニークスキルを取り戻されたらまずいと思ってるんじゃないかな~?」
……あ。もしかして、白戸さんや赤星くんがいた避難場所みたいに。
「それにさあ。お粗末すぎ。なんで、魔獣が近くにいるのに逃げも隠れもせずに、必死に逆張りコメント打ってんだよ」
魔王は、またも隷属した者たちに命令していたらしい。
こんな配信は嘘だと思わせるために、否定的なコメントを大量に流したんだろう。
そして、それはうまくいきかけて、否定一色に染まろうとしていた。
しかし、配信者の女性がスキルを取り戻したことで、あわよくばと思う人が増えてしまった。
「魔獣に襲われないのは、いわば魔王の部下同士だからか。つまり、今も否定してる人たちは魔王に隷属して操られていると」
「おっ、さすがは有名で有能なパーティニトテキアのリーダーさん。私もそう思うな~。魔王のくせにせこせことアンチコメとか魔王って暇なの~?」
その言葉に分が悪いと考えたのか、否定的なコメントはついにぱったりと消えてしまった。
いや、一部の便乗犯みたいなのもいたらしいけど、配信者の人に容姿を指摘されてすぐに逃げたようだ。
……これ、個人情報めちゃくちゃ侵害してるよなあ……。緊急時ってことだし、神崎さんがなんとかするんだろうか。
「さあ、力は戻ってきた。操られてるやつらだって、治す手立てがある。なにより、こっちにはあのニトテキアがいる。ニトテキアの魔王討伐実況、みんなで盛り上げていくぞ~!」
「え……実況されるの?」
「したほうがいいと思うよ。実際に戦って勝てそうだと思わせないと、士気も上がらないでしょ」
なら勝つためにはどうするか考えないとな。
まだ、赤木さんに勝てるとは思っていない。
だから、次に挑んで劣勢になった姿なんか見られたら、世界の人々はより強固に魔王の絶対的力を定着させてしまう。
「それじゃあ、ちょっと休憩するんで。これ見てた人たちは見てない人たちに教えてあげてね~。繰り返し説明は続ける予定だから」
そう言って、配信者の女性は一度配信を中断した。
「つ……疲れた……」
「お手柄です。三輪さん」
頭を押さえてその場に倒れそうになる三輪さんを、神崎さんが支える。
簡単に世界中に配信しているように見えて、彼女もまたかなりの無理をしていたようだ。
「ちょっと休んだら、再開するわ。私にできることはこれくらいだし」
◇
三輪さんが配信を続けるということで、神崎さんは一時的に三輪さんにつきっきりとなった。
なので、俺たちは一条さんと四人で白戸さんの治療現場まで行きつつ、今後の方針を話すことにした。
「状況は改善しています。現世界に住む者たちは、スキルを奪われたことで魔獣への対抗手段がなかった」
「でも、あの様子なら多くの場所で戦える人たちが復活しそうですね」
「ええ、なので私たちのような、数少ない戦力であった隷属していない上位探索者が、ある程度自由に動けるようになりました」
魔王は、こちらの戦力を次々と支配下に置いたようだが、それでも全ての者が隷属したわけじゃない。
だから、一条さんみたいな数少ない戦力は、一番身近な危機であった魔獣の襲撃から人々を守っていたというわけだ。
「なので、これからは魔王の戦力を切り崩し、こちらの戦力を増強します」
「つまり、操られている探索者たちを倒すということですね」
「任せておきなさい! 竜王殺しのシェリル! 現世界にその力を見せてやりましょ!」
トルムさん死んでない。
だけど、シェリルの言うとおりだ。次にやるべきことは、隷属させられている探索者の解放。
現世界を守れる人たちが増えれば、絶望的な状況という認識もきっと薄まるだろう。
「いいえ。烏丸さんたちは、赤木……魔王を倒すため力を温存してほしいのです」
「それなら、全員で戦えばいいんじゃないですか?」
そのために、俺たちも他の探索者を支配から解放すべきだろう。
全員で戦うのであれば、なにも俺たちだけの力を温存する必要もない。
「おそらく、半端な実力では、魔王を相手にしても足手まといになるだけでしょう」
一条さんは、淡々とそれが事実であるというように告げた。
思わずそんなことと反論したくなったが、あの規格外の実力は実際に戦った俺たち自身が一番理解している。
なんせ、現世界最強パーティの聖銀の杭のリーダーである神崎さんが、不意をつかれたといえどあっさりと行動不能にされた。
しかも、あれは俺が初期の初期に覚えたスキル。【斬撃】だ。
なるほど、実力に開きがありすぎる。
「そしてなによりも、相手はサキュバスです。視界内にいるだけで精気を吸い取り、最後は隷属させられ敵に回る……」
そうか。それもあったな……。
そうなったら、もはや魔王と戦うどころではない。
乱戦の末の味方同士の潰しあい。そんなことになるくらいなら、少数精鋭しかないというわけか……。
であれば、戦える可能性が一番高いのは……。
「やっぱり、紫杏が最後の切り札になりそうか……」
「任せて! 今度こそ、あの顔ぶん殴って陥没させてやるから!」
紫杏は腕まくりをして、心強い言葉を返してくれた。
一条さんは、その様子を微笑ましそうに見ていたが、無言で首を横に振って否定する。
「神崎さんは、その状況で足手まといになっていたからこそ、戦況を十分に観察し続けていました」
さすがは上位の探索者。
魔王に武器を投擲して隙を作ったことといい、両足を斬り落とされてなおもできる限りのことをしてくれたのか。
「北原さん。あなたは、おそらく現世界でも最強といえる力を持っています。ですが、そんなあなたの全力の攻撃を喰らっても魔王はろくにダメージを受けていなかった」
……たしかに。
なんだったら、魔王が死んだのではと思えるほどの威力の拳がもろに直撃していた。
だけど、あのときの魔王は回復したとかでもなく、まったくの無傷でただ面倒そうにしているだけだった。
「ですが……烏丸さん。あなたの剣技は、魔王に血を流させた」
「……すぐ、回復されましたけど」
「それでも、傷を負わせたのは事実です。油断していたのか、それともなにか理由があるのか、魔王を攻略するためにはその事実を材料に考察すべきでしょうね」
剣技……。そういえば、最後に魔王が無敵だと判明し、攻撃を避けることすらしなくなっていた。
だけど、あの場から撤退しようとしていたときに、一度だけ俺の攻撃をわざわざ刀で弾いていたな……。
「もう一度言いますが、あなた方には魔王を倒すことだけを考えてほしい。年齢も探索経験も上なのに、それを託すことになって申し訳ありませんが……」
「いえ……ちょっと、考えさせてください。戦うかどうかではなく。どう戦うべきかを」
俺の言葉に一条さんは、ぎこちない笑みを浮かべた。
きっと、俺たちに一番危険な役目を押し付けることになったと、罪悪感からの表情だろう。
「当然です! なんせ、私たちは現世界最強パーティのニトテキア! 最強の私たちが戦わなきゃ、誰も魔王は倒せませんからね!」
「そうですね……。現世界最強の力を見せてあげてください。異世界からの侵略者に」




