第242話 神様がくれたウィッシュ
「先生、見えてきました!」
「ああ、だけど……魔獣に襲われているな」
シェリルが大きな倉庫のような建物を指さした。
一見すると頑丈そうだし広いので、避難先としては問題ないように見える。
しかし、魔力の反応を感知すると、そんな避難先の中にまで魔獣がいることがわかった。
「おじゃまします!!」
シェリルが勢いよく中へと入っていくので、俺と紫杏もそれに続く。
緊急事態だと思うし、勝手に入ったのは大目に見てほしい。
「か、烏丸さん!? 戻られていたのですか!」
「戻ってきました! ちょっと、魔獣倒します!」
「殲滅王だ!」
「助かったぞ! 魔獣なんて、この人なら!」
どっちだ? 上位の探索者だきたことへの安心か? 魔獣なんて皆殺すという、謂れのない悪名を信じての安心か?
まあいいや。どっちにせよ安堵できたというのなら、きっといいことなんだろう。
「シェリルターボ! 二速!」
サイクロプスの目玉にシェリルが突進していった。
そして、狼の力を最大限に発揮した攻撃で、相手の再生をものともせずにさっそく一体屠ったみたいだ。
唸り声こそあげているものの、獣の本能のままに動いている様子もなく、そろそろあの力の制御もできそうだな。
「【氷晶乱れ花】」
なら、俺の方も負けていられない。
水の精霊魔法を重ね掛けし、氷の属性の魔法を構築する。
そこら中に氷の花のようなものが咲くと、花弁が氷柱のように伸びていき、サイクロプスの目を貫く。
「よし。終わった」
本来なら目玉をくりぬいても再生するのだが、氷柱が刺さったままではそれも不可能。
サイクロプスたちは、魔力の源である目玉が損壊したことで、急速に魔力が抜け落ちていき消滅した。
「は、はええ……」
「まじで、殲滅してる」
してない!
「烏丸さん。ありがとうございます。助かりました。私にもっと結界を持続できる魔力さえあれば……」
どれほど戦い続けていたのだろう。
白戸さんは緊張が解けたようにその場に座り込んで、お礼を言った。
「いえ、白戸さんもがんばりましたね。もう大丈夫です」
「は、はい……」
様子を確認すると、白戸さん以外も疲弊しきっているようだ。
きっと、なんとかサイクロプスたちの攻撃を耐えしのいでいたんだろうな。
それに……奥の方には、倒れた人が何人もいるようだ。
彼らも戦い抜いて負傷したんだろう。意識を失っているのか、傷が深いのか、起き上がる様子はない。
「と、ところで! どうして、ここに?」
「その前に、怪我してる人たち治しちゃうね~」
「え、あ、はいっ! す、すみません! お願いします! 私は魔力がなくて……」
なんか白戸さんが珍しく慌てふためいている。
ファントムとの一件以来、動じることなく他の人をからかうタイプだっただけに珍しい。
「なおれ~」
気の抜けるようなかけ声だが、効力が絶大なのはよく知っている。
サイクロプスと戦い怪我をしていたであろう人たちから、次々と傷が消え去っていた。
「……すごい。私よりも」
「魔力量には自信があるのですよ。だから、善は私のだから」
「わ、わかってます! ……シェリルさん、その顔はなんですか!」
前後の文が全然つながっていないのに、わかったのか。すごいな。
あと、シェリルがすごいドヤ顔してるので普通に怒られた。
「ああいう怪我を治すのはできる。魔力量の勝負だから」
「え、ええ。感謝します。私がふがいないばかりに」
「でも、精神への異常とかは、知識とか技術、それに経験も必要なんだと思う」
「……つまり、そういう症状のかたが?」
さすがは白戸さんだ。
紫杏の話の途中で、もうこちらが訪ねた理由に薄々察しをつけている。
「氷鰐探索隊の人たちが、魔王に洗脳されてるの。ぶん殴って気絶させたから、治してくれるととっても助かる」
「ぶ、ぶん殴って……」
「お姉様ならいちころです! はっはっは~!」
そんな紫杏の発言に、俺たちの会話を聞いていた周囲の人たちもざわめきだす。
「ひょ、氷鰐を……?」
「まじか……悪魔さんそんな強いのか」
「ニトテキアだもんな」
「あの氷鰐を……」
俺には十分脅威だったけど、俺の紫杏は強いからな。
それに、一条さんがすでに何人かの動きを止め、攻撃を引き受けてくれたというのも大きい。
「わかりました。すぐにそちらに……」
「ま、待ってください! 聖女様がいなくなったら、私たちどうすれば……」
「それでしたら、皆さまも一緒に……」
「あ~……それはどうだろう。デュトワさんたちを無力化したの、魔王の拠点だし避難場所には向かないかも」
管理局なら……いや、あそこにいた人たちも別の避難場所に移動したし無理か。
「俺たちだけでここに残るのは……」
「いや……白戸先輩は行ってくれ……」
「赤星くん」
体を無理やり起こしたのか、よろよろと近づいてきたのは赤星君だった。
そうか、倒れていた人の中に彼もいたのか。
「赤星? 松田さん。ですが、あなたは先ほど無理をして大怪我をしたばかりじゃないですか」
松田?
「いえ、北原先輩のおかげでもう平気です」
「松田……もうやめておけよ。ユニークスキルもなくなった。戦えるわけないだろ」
「先輩は戦った」
「それは……俺たちじゃ、ユニークスキルに頼らずに戦うなんて、経験が足りねえよ」
「なら、これから経験を積めばいいだろ」
赤星……松田くん? を心配そうに止めるのは、かつて氷室くんの手引書を頼っていた後輩だ。
いや、今はそのあたりは別にいい。
「白戸さんや一部の人はユニークスキルが使えるんだよな?」
「え? ええ、私や一条さん、赤木さんなんかはユニークスキルを奪われていません」
……赤木……さんは、ともかく。一条さんに白戸さんか。
実力が高い者のスキルは奪えないとか?
「……神様。……強く願えば。……一つだけ? ……悪用されている?」
何か思い当たることがあったのか、紫杏がぶつぶつと呟く。
考えはすぐにまとまったらしく、白戸さんや松田くんに向かって話し出した。
「美希ちゃんは、自分のユニークスキル好き?」
「え……はい。色々ありましたけど、私は自分のユニークスキルのおかげで、自分を含めて様々な人を助けることができました。だから、この力は私にとってかけがえのないものです」
「そう。赤星くんは?」
「松田……」
「俺は……正直、まだ自分のスキルってやつと向き合えていないです。便利な道具くらいに思っていて、こうして使えなくなった今は、あれこそ俺が望んでいた力だったんだなって……」
俺は……どうだろう?
紫杏の体質を考えると、このユニークスキルでなければ、早々に吸いつくされていたかもしれない。
と考えると、俺のスキルは俺にぴったりだったかもしれない。
「アリシア様が言ってたの。強く願ったら、望んだ力を一つ手に入るようになっているって、たぶん神様がそういう力を授けてくれたんだと思う」
「アッ! アリシア様!? ……い、いえ、魔王は、ユニークスキルを奪って、返してもらうといっていました。なら、この力の根源は魔王なのでは?」
「ううん。それを悪用している悪いやつがいるとも言っていた」
そんなことを話していたのか。
ユニークスキルは、その人にあっている力が発現する傾向が多い。
紫杏の餌になりたい俺の【必要経験値減少・極大】。
俺との関係を進めたかった紫杏の【サキュバス化】。
各々の戦い方にあっている大地と夢子の【毒魔法】と【炎魔法】。
調子に乗って怪我することが多かったシェリルの【再生】。
これらは、俺たちが心の奥底で欲していた、願っていた力……?
「じゃあ、松田くんが」
「赤星でいいっす」
「赤星くんがスキルを使えなくなったのは、魔王になにかされたことで、ユニークスキルを願う力が弱まっていた?」
いや、そもそもだ。ユニークスキル発現の儀も今となっては怪しい。
あれって、今の時代なら誰もが一定の年齢で行って当然だけど、ダンジョンや探索者のシステムは赤木さんが作っていた。
「……ダンジョンや探索者、職業やステータス。そしてレベル。それらは魔王が餌を効率よく育てる施設だった」
だとしたら、その最初のきっかけは?
ユニークスキルだ。それで戦う力を得て、制御の訓練も兼ねてダンジョンに挑む。
「ユニークスキルを得た者たちは、ダンジョンを探索する。探索して強くなって、どんどんダンジョンに挑み続ける」
「探索者の養殖場……ってことだね」
「なら、そのユニークスキルを得るという決め事も、魔王が作ったんだろうな」
「ということは、ユニークスキルはやっぱり魔王が与えている?」
「いや、紫杏とその先祖を信じる。力の根源は神様のおかげ、だったら魔王が介入したのは……力を得るための条件か」
俺も紫杏もユニークスキル発現の儀で、特別になにかを願った覚えはない。
きっと他のみんなも同じだ。淡々と手続きをすませて、なんらかの魔術でチェックされて、気づけばユニークスキルが発現していた。
ということは、あの魔術のどれかに、個人の願いを増幅させる精神への干渉が行われていたのだろう。
「強制的に増幅された願いは、ユニークスキルを発現させた。なら、その逆で願いの力を無意識に弱めれば……ユニークスキルは使用できなくなる」
「……美希ちゃんがユニークスキルを使えるままなのは、その力を今でも欲しているからって感じかな」
たぶんそういうことだ。
「そんなの……なんの根拠もないじゃないか」
「そ、そうよ! 自分たちのユニークスキルが奪われていないからって!」
俺の根拠のない推測ですらない妄想に、避難場所にいた男女が声を上げる。
まあ、検証することはできないからな。俺はユニークスキルが奪われていないから。
「願いの強さか……」
「松田?」
「もう、あんな痛い思いはごめんだ」
「そ、そうだろ! 俺たち新人なんかじゃ役に立てないんだよ! 大人しく先輩たちに任せようぜ!」
「俺は昔から体もでかいし、目つきも悪かった! だけど、本当は痛いのが嫌な臆病者だ!」
そうだったのか。一緒に一度だけ探索に行った時のあれが、虚勢だったかはわからない。
だけど、魔獣相手に十分勇敢に戦っていたと思うんだけどな。
「だから、これ以上痛い思いをしないために、もう一度【硬化】が欲しい!」
そんな赤星くんの想いに答えるように、魔力とは別の力が収束している気がした。
それが収まると、赤星くんは手を二度三度と、軽く握っては開いてから、満足そうにうなずいた。
「【硬化】」
見た目が変化するわけじゃないから、俺たちからはわかりにくい。
だけど、洗練された魔力で彼が頑強になったのは知覚できた。
「赤星くん。お手柄だ。君がスキルを取り戻す方法を立証してみせた」
「え……先輩まじっすか? 松田のやつ本当にスキルを?」
「おう! 試しに思いっきり攻撃してみろ!」
「えぇ……まあ、試せるのは白戸さんや北原先輩がいる今のうちか」
彼は彼でなかなか判断が的確で速いな。これも、氷室くんの教育の賜物だろうか。
赤星くんに言われるがままに、若干遠慮がちではあるが彼はそれなりの力で攻撃をした。
「よしっ! 完全復活だ!」
「まじかよ……」
「どうっすか先輩! なんなら、北原先輩も試してください!」
赤星くんは、自分の腹を軽く叩いて紫杏にそう言った。
まあ……できるよ? 男性恐怖症だけど、攻撃する場合はその限りではない。
そこが俺の紫杏の強いところだから。
「え……」
「遠慮せずに!」
「じゃあ……まあ」
紫杏が拳を振りぬくと、赤星くんは背後に吹っ飛んでいった。
そのすぐあとに、紫杏が回復していたようだけど、赤星くんはすっかりと気を失ってしまっている。
「松田……お前、馬鹿じゃないの」
赤星くんはアホの子だった。
だけど、俺はこういうアホの子は嫌いじゃない。




