第240話 室内の台風注意報
「待っててすぐに治すから!」
紫杏が神崎さんへと駆け寄る。
しかし、神崎さんは紫杏のことを止めた。
「必要ありません! 足を失った私のことよりも、魔王を倒す、いえ、逃げることを考えなさい!」
「私なら治せる!」
「魔力も時間も消費します! 無駄遣いしている余裕なんてありません!」
神崎さんの剣幕に、紫杏はぐっとこらえて魔王へと向き合った。
彼女の意思は固い。俺たちの足手まといになるくらいなら、ここで倒れる覚悟さえ感じさせる。
ならば、俺たちがするべきことは、魔王相手に勝利することだ。
「今のは、【ゲート】か?」
「ええ、あなたはよく知っているわよね。回収したの、よく育った餌から」
「観月か……あいつ、逃げたんじゃなくて魔王に襲われたのか」
そしてその力は、観月なんかよりもよほど厄介な相手へと……。
「のわ~~っ!!」
「おっと……」
「真っすぐ突っ込んでくるだけなんて、考えなしでかわいいわね。実にやりやすい」
シェリルが突進して攻撃しようとしたらしいが、魔王はゲートでシェリルを転移させた。
俺に向かって一直線に飛びかかってきたため、俺はシェリルを受け止める。
「あなたはかわいくないけど」
「ふんっ! 善はいつもかわいいって言ってくれます~!」
シェリルと違い、魔力の渦を感知して避けているのか、紫杏はゲートが発生するたびに軌道を変えて魔王に殴りかかる。
だが、そんな紫杏の攻撃も魔王は手にしていた刀で受け止め、腕ごと斬り落とそうと反撃に転じた。
「なんの!」
「言っておくけど、あなたには手加減しないわよ。嫌いなの、あなたのこと」
一瞬で何度刀を振るった……?
殺しにきているぶん、クウよりも速く致命的な攻撃が紫杏を襲っている。
「だから、私に濡れ衣を着せたってこと!?」
「あら、気づいていたのね。調子に乗った小娘が慌てふためくのは楽しかったわ」
「嫌な女! ファントムみたい!」
「それはどうも……全方面から嫌われてるわね。あいつ」
言葉を交わしながら、拳と刀の攻撃を飛び交う。
どちらも直撃していないが、当たったら十分すぎる致命傷を与えることになるだろう。
「【風気祭宴】」
「ありがとう! 愛してる!」
クウと戦っているときのように、紫杏を風の魔法で強化してスピードを底上げする。
異世界でできたことだ。こっちでもできた。
「はっ?」
突然の紫杏の加速に、さすがの魔王もやはり驚いたようだ。
クウにも通じた一度きりのだまし討ち。魔王相手にも有効で助かった。
「勇者じゃないけど、聖女の拳でも魔王は倒せるでしょ!」
「っっ…………!!」
紫杏の拳が二発。まずは腹に突き刺さり、次いで顔面を打ち抜く。
さすがにこのスピードでの攻撃だ。不意を突かれた魔王は対処できず、当然ゲートなんて作っている暇もなかった。
「やった~! お姉様~!!」
「いえい!」
シェリルの歓喜の声に、ピースしながら振り向く紫杏。
しかし、油断することなく、すぐにまた前を向く。
倒せていない。それが一番わかっていたのは、攻撃をした紫杏自身だったのだろう。
「困ったわねえ……」
平然としている魔王を確認し、紫杏はすぐに追撃に向かった。
シェリルと俺もただ見ているつもりはなく、三方向から魔王を攻撃する。
「あなたは、一番弱いし興味はないわ」
シェリルの攻撃をあっさりとさばいて、バランスを崩したシェリルを蹴り飛ばす。
「問題はこっち」
すでにスキルを使っている。攻撃に対して体が最適で動いてくれる【万象の星】。速度を強化する【風気祭宴】。
これらのスキルの組み合わせで、ようやくかろうじて数合斬り結ぶことができるだけ。
足と腕を同時に狙われる。フェイントも交えて、どちらが先に狙われているかさえわからない。
なので、【万象の星】に身をゆだねることで、まずは腕を狙う攻撃を防ごうと体が動く。
それだけでは間に合わないので、そこからは自身の意思で剣を振るう腕を急加速させる。
重く鋭い刀の一撃を弾けたが、まだ安心はできない。
そのまま足を狙う攻撃を急いで防ぐ。これでようやく一瞬の攻防を終える。
「へえ……」
「私の善になにしてんの」
背後からの紫杏の攻撃が迫るも、振り向くより先に刀で防がれる。
紫杏のおかげで俺への脅威はひとまず去るが、休むわけにはいかない。
どうやら、紫杏ですら一対一では不利な相手だ。
実力は足りないが、俺とシェリルも攻撃することで、少しでも相手の妨害をしなければ。
「まったく、うっとうしいほどに見事な連携ね」
「当然です! 私たちこそ最強パーティニトテキアなんですからね!」
「ええ、それは認めるわ。だけどね、それでも私と互角。いいえ私の方が優位だと思うの」
悔しいが言うとおりだ。
三人がかりの攻撃も簡単に対処されている。
対するこちらは、向こうの攻撃になんとか対応できているが、かろうじてだ。
「その均衡が崩れたら、あなたたちおしまいよ?」
しかたない……。ちょっと無茶するか。
「【剣術:超級覚醒】」
「……またっ!」
ギリギリの攻防だというのなら、もっと強くなればいい。
脳への負荷なんて知ったことか。相手は魔王だ。リスクも負わずに倒せると思っていない。
「善! 合わせて!」
「応っ!!」
手数が足りないなら、もっと紫杏と連携するんだ。
ほぼ同時に攻撃をしかければ、魔王といえどすべてをさばくことなんてできないだろう。
「忘れてない? その剣術。誰が教えたと思っているの? 少年」
当たった。そんな確信があった。
だけど、そんな幻想は俺と同じスキルを使用した魔王を前に、露と消える。
「【剣術:上級】……なんてね」
遠い。攻撃を当てることさえもできない。
もう一度攻撃を。そう考えたときには、シェリルが飛びかかっていた。
「グルルッ……ガアアァァッッ!!!」
「もう……次から次へと」
シェリルの様子はまるで獣のようだった。
これはあれか。満月のときの狼の力を、普段の姿でも発揮しているというやつだ。
先ほどと比べて、シェリルのスピードも攻撃の威力も上がっている。
紫杏への合図はいらなかった。
魔王がシェリルの急な攻撃に面を喰らっている今なら、三人がかりであれば、きっと攻撃だって当たる。
「【魔法剣:風】!!」
「ええいっ!!」
「なっ……! やっぱり、あなた!」
左からは俺の魔法剣。右からは紫杏の拳。そして中央からはシェリルの突撃。
……だめだ。すでに魔王は俺たち三人の攻撃を一瞬で見極めている。
この攻撃さえも届かない。……本当に、どこまで遠いんだ!
だからといって諦めるつもりはない。
全身に力を、魔力を込めて……っ、なんだ!?
視界の端に何かが高速で飛んできた。これは……神崎さんの剣!
魔王もこの攻撃は予想外らしく、急に姿勢を変えて剣を刀で受けた。
一瞬の、ほんの一瞬の隙が生まれる。
「【彗嵐の神渡し】!!」
紫杏が転移で距離を離される。シェリルが再び蹴り飛ばされる。刀はまだ神崎さんの剣を弾いた直後なので振るえない。
ならば、俺の攻撃を防ぐ手段はない!
「うっ……!」
自分でも制御できないほどの速度による突進。
そこからは、とにかく手数を稼ぐようにめちゃくちゃに攻撃をする。
威力は劣るかもしれないが、風の魔法剣による攻撃は多少でも効果があるはずだ。
「先生やりました!!」
「手ごたえは……あったけど……」
それにしては、おかしい。
血を流した。それは間違いない。
それも体や服にべったりとつくほどの大量の血だ。
「はは……すごいわね。久しぶりに血を流したわ」
そうは言うが……その血、もう止まっているじゃないか……。
効いていないわけじゃない。再生した? まさか、シェリルみたいな再生スキルか?
観月から奪ったように、他の誰かから奪っていたとしたら……。
「さて、賢い少年のことだ。もうわかったんじゃないかな? 私には勝てないってことをね……」
「……ダメージが回復している」
「その通り。これじゃあ、いつまでたっても倒せないわね」
「やっぱり……【再生】を誰かから奪って」
俺の言葉に、魔王は驚いた表情をしてから笑い出した。
「あはははははっ! なんだ、そんなふうに見くびられていたのね!」
「み、見くびるって……」
【再生】をもっているのであれば、十分すぎる脅威だ。
それ以上の力を持っているのか? 【再生】ではなく、もっと別の要因による回復……?
「あら、知らないのかしら? 私の力の源を」
魔王の、淫魔の女王の力の源……?
それはたしか……。
「世間からの……認識」
「その通り、賢いぞ少年。……さて、ここで問題。現世界は私にどんな印象を抱いているかしら?」
……そういう、ことか!
「現世界を……滅ぼそうとしている魔王」
「ちょっと足りないわよ。太刀打ちできっこない。最強最悪の恐怖をばらまく存在。それが、今の私なの」
どおりで魔獣や隷属させた探索者がこの場にいないわけだ。
彼らの仕事は魔王を守ることではなく、世界を混乱させ恐怖させること……。
それだけでいいんだ。この魔王に護衛なんていらない……。
だって、世界中が恐怖している限り……いくら戦おうと、魔王を倒すことなどできないのだから……。




