第234話 あなたが神様じゃなかったら
紫杏の拳が直撃したにもかかわらず、クウ様は平然と起き上がり、それどころか何事もなかったかのように歩いてくる。
効いてないのか? あれほどのクリーンヒットだぞ?
怪我どころか、ケロッとした顔で動かれるのは、さすがに想定外もいいところだ。
「直撃したはずなんだけど。自信なくなるなあ、もう」
「ええ、相当なものでしたよ。間違いなくこの森で二番目に強いです」
「一番は、やっぱりあなたってことだよねー」
「その通りです。確信しました。あなたさえ倒せばそれで終わりです。もはやこの森に敵らしい敵は存在しません」
クウ様は強化した紫杏のスピードにもたやすく対応してみせた。
やっぱりか……。まだ本気じゃない。だから、本気を出す前になんとかしたかったのだが……。
「ちょっと……やばそうかも」
「天地の法!」
四の五の言っていられるか。
やれることは全部やれ。何のためにスキルを習得したと思っている。選択肢を増やすためだろうが。
「む……なるほど、先ほど速度が上がったことといい、そっちの男は特に邪魔ですね」
敵には重力をかけて動きを制限し、味方には防御力を上昇させる補助スキル。
……なんだけど、全然動きの制限なんてできていないな。
普通に軽やかに、というか高速での戦闘を続行している。
「くだらない。一人で無理でも、仲間と一緒なら勝てると思っているわけですか」
「当然です! なんせ! 私たちこそ、最強パーティニトテキア!」
シェリルが大声をあげながら突っ込んでいく。
あの二人の戦闘に割って入る速度と目があるだけでもすごいことだ。
すごいことなのだが……。
「ニトテキア……。一度は滅んだ国じゃないですか」
「ぐっ……!」
「シェリル!!」
クウ様は紫杏に視線を向けたまま、シェリルを容易く迎撃してみせた。
加減されているのか、深刻な傷は負っていない。
つまり、そうするだけの余裕さえもあるということに他ならない。
再び紫杏とクウ様の攻防の焼き直しだ。
だけど、その均衡もいつ崩れるかわからない。なんせ、向こうの底は全然見えないのだから。
そう考えながら、それでも紫杏を補助すべく、遠距離からの攻撃を、あるいは相手の弱体化を、あるいは紫杏の強化を。
できる手段は片っ端から試していく。
大地と夢子も同じように、あの手この手で紫杏の負担を少しでも減らそうとしていた。
「一つわかった」
「なにがですか?」
そんな戦いのさなかで、紫杏がふと呟くと、クウ様もその言葉の真意を聞こうと応じた。
「あなた、つまらなそうだね」
「当然でしょう。私は王になって、父と母に恥じない娘になるだけです。その過程に楽しさなんていりません」
「ううん。そんなはずない」
「……私の行動は、尊敬する父と母にふさわしいと証明するためです。それを否定されるとなると……不愉快です」
雰囲気が変わった。
先ほどまでは、淡々と作業のように紫杏の相手をしていたが、わずかに怒りのような感情が混じっている。
これは、紫杏の作戦なのか? シェリルのように相手を挑発して、動きを単調なものに変えようとしている?
「その目的が本当に望んでいるものなら、過程だって楽しむものだよ」
「……知ったようなことを」
「知っているからね! なんの情報もないサキュバスを救うために、楽しそうにダンジョンに挑んでいた人を!」
そこまで言われちゃ何もしないわけにはいかない。
ここはひとつ……神の一人でも倒してみせないとな!
「精霊魔法:火、水、風、土」
火は燃料だ。周囲の高密度な魔力を燃やしながら燃え広がる。
水でそれらを押しとどめる。拡散させずに、広がっていく魔力を自身の力へと変化させる。
風は推進力にすべて使わせてもらう。火と水で集めた魔力の半分を、あの超スピードの神様目掛けて。
土による質量という武器を発射する。
「【天星の道】」
お、なんかスキルを使ったときみたいにしっくりときた。
というか、なんか今の魔法であれば、魔力さえあれば何度でも再現できる気がする。
まるで、自分だけでスキルを作り直したような感覚だ。
いや、今はそんなことどうでもいい。
発射した隕石は、魔力でかなり強化してあるし、スピードだってクウ様に匹敵するはず。
「くっ!」
嘘だろ、これでも当たらないのか!?
それでも、なんとかクウ様の体勢を崩すことくらいはできた。
「事情はわからないけど、もっと楽しくやったほうが上手くいくと思うよ!」
だけど、紫杏が俺の行動を無駄にするはずがない。
クウ様が回避したのとほぼ同じタイミング、俺が魔法を放った瞬間に紫杏は動いていた。
体勢を崩し、先回りされていたとなれば、さすがのクウ様にも攻撃は当たる。
「精霊魔法:火、土、土」
紫杏の攻撃にあわせてサポートする。
魔力を腕にまとわせ、土どころか鉱物のように腕を強化する。
その状態でさらに炎をまとわせて、先ほど通用しなかった威力の底上げを。
「がはっ……!!」
効いた? いや、あの攻撃でさえ、まだ足りていない。
紫杏もそれは重々承知らしく、一撃だけで終わらせず、すぐに二撃目を叩きこもうとしている。
「……負け、ません」
しかし、クウ様は後方へと跳躍し、紫杏の追撃から免れた。
速い。硬い。そして恐らく火力もある。
どうする。どうやれば勝てる。どうやったら、この人を倒せるのかまったくイメージが湧かない。
「私は、父と母のようにならなければいけないんです!」
やはり、ダメージはあったらしく、地面に血を吐きながらクウ様は叫んだ。
……やっぱり、話に聞いたときに思ったとおりかもしれない。
氷室くんにちょっと似ている。
彼もまた目的を果たすことだけを考えていた。過程は楽しくなさそうだった。
どこか強迫観念のようなもので、突き進んでいるかのようだった。
「クウ様は、クウ様じゃないんですか?」
「ええ、私は私です。偉大な父アキトと偉大な母ソラの娘です。二人にふさわしくなるために、かつて二人が住んでいた土地を治める程度、簡単にこなさなければいけない!」
「俺は、男神様にも女神様にも会ったことありませんけど、たぶん二人ともそんな無理することは望んでいませんよ」
さて、神の子に反論しすぎてしまった。
これは、俺を優先して倒すことになりそうだ。
だけど、ああそうだ。これだけは伝えておかないと。
「私は……そのために、二人の元を離れたんです」
「アルドルさんも、無理をしているクウ様のこと心配していましたよ」
「おじ様が……いいえ、関係ありません。禁域の森の王になる。森を統治する。そして、胸を張ってお父様とお母さまに会うんです!」
神様っていうからどんなものかと思ったけど、なんてことはない。
ただの両親が大好きなだけの普通の女の子じゃないか。
どことなくシェリルに似ている気がして、親近感すらわいてくる。
問題が……力だけは、普通の女の子とはかけ離れているということと、その力が俺に向けられているってことかなあ……。
やっぱり他人の問題にちょっと首を突っ込みすぎたか。
きっとこの子は、見た目相応にまだ幼い。いや、年齢だけならすごい年上だろうけど。
それでも、神様だったのでまだまだ幼いのだろう。
だから……もはや力加減している余裕などないほどに高ぶってしまっている。
「会いたいなら会ってもいいと思うんですけどねえ!!」
とりあえず、可能な限り魔法で防御を固める。
ついでだから、無理すんなと言いたいことも言ってしまえ。
もう神様だとか知ったことか。
「その資格のために、この森の王になるんです!」
「親子なんだから、我慢しないで好きな時に会えばいいじゃないですか!」
ああ、我ながら。こういうおせっかいって、紫杏のときで卒業したはずなのに。
クウ様は、ちゃんと俺の言葉を聞いている。
だからこそ、癇癪を起した子供のように、俺に攻撃をしている。
そこまで集中攻撃されてしまうと、俺ではちょっと対応しきれないなあ。
「大好きな両親が重荷になっているなら、無理して目指す必要ないんじゃないですか!?」
「私は無理なんかしていない!!」
迫る爪の一撃をかわせない。受けることもできない。
そう思い痛みに耐えようと歯を食いしばる。
まあ……紫杏がいるから。即死じゃなければ、なんかこううまいこと回復してくれるはずだ。
「な……」
そう覚悟を決めたとき。
俺とクウ様の間には、今まで見てきたものと段違いの高密度な結界が張られていた。




