最悪の決断
「ダメだ、外に出るな!!」
女の子の声が聞こえた時には、体は浮いていた。机も浮いていた。ベッドもテレビもパソコンも。
「うわあっ!?」
やがて部屋にあったもの全てが天井に打ち付けられた。俺が天井から窓を見た時、ビルさんの姿はなかった。
「こ、これはハルカちゃんの能力、何でこの研究所に使ってるの!?」
この状況にエルゼも驚いていた。一体、ハルカは何をしているんだ?
「あっ、重力が戻ってきた。」
周りの物がゆっくりと地面に向かっていく。そして女の子の声がさっきより近くで聞こえてきた。
「・・・今は緊急事態なんだ、私が生きてれば戻ってくるから部屋の中にいててくれ。」
窓から顔を出し、声の聞こえてきた方向を見ると、ハルカが宙に浮いたビルさんを手で引っ張りながら走って戻ってきた。
「所長、鉄パイプを一度返して頂けないだろうか。このままだと被害を抑えきれない。」
ハルカが窓からビルさんを投げ入れ、焦燥した様子で所長に要求しているところに、どこからか別の声が聞こえてきた。
「エルゼはここにいるのかな。早く渡してほしいんだけど。」
ハルカに声質が似ている気がするが、別人の声だ。
「来たか、私の模造品。」
「早くパイプもらいなよ。人工物が私達に楯突いたこと、真正面から叩き潰して後悔させてあげる。」
ハルカが振り返った先に人影が見える。
「ハルカさん、あれは?」
その人影はハルカに似ている。だが服と髪の色が青色、持っているものは巨大なハンマーだった。
「私は今、空に引き落とそうとしてるんだけど、もしかして引力を相殺させながら戦ってるのかな?」
「・・・パイプを持ってきてくれ。」
ハルカに似ている方は明らかに友好的ではない。今は赤と黒のハルカの味方になった方が良さそうだ。
所長は慌てて預かった品の中から鉄パイプを取り出した。
「ハルカさん、これでいいですか?」
ハルカは所長から鉄パイプを受け取る。
「うん。エルゼもみんなも、絶対に外に出ないで。指輪はあくまで保険だから。」
「あ、あの、指輪の効果って・・・」
所長が指輪の効果を聞く前に、今度は二人で空に飛び去ってしまった。
ビルさんが呆れたように言う。
「何もわかんなかったな。」
一方、所長は自信があるように話す。
「でも、本物の方はいい子だと思います。指輪は本当に危なくなった時にエルゼさんの判断ではめてください。」
ビルさんは所長に対してのイライラが抑えられず、声が大きくなる。
「一体何を根拠に言ってるんだ所長。あんな奴がいい子だなんて、子供も夫もいないのにどうやってわかるんだ!」
ビルさんに突然怒鳴られ、所長が動揺し始めた。
「わ・・・わかりますよ、それぐらい。私が結婚してないのは大学と研修医の期間で20代前半を過ごしていたからですよ!」
「そんなこと聞いてない。研修医がキツすぎて辞めたのは知ってる。そんでもって今年29歳だから結婚はラストチャンスなんだろ?別に30過ぎても結婚はできると思うが。」
何の話をしているんだコイツらは。そんなことより指輪を持ったエルゼに何か影響があるか確認しないといけない。
「エルゼ、何かわかるか?」
エルゼが手に取った指輪をまじまじと見つめている。
「んー、よくわかんない。だけど・・・」
エルゼは部屋のドアを開け、廊下に出る。
「え、エルゼ?どこに行くんだ?」
さらにエルゼは階段を登り屋上に向かっていく。
「ちょ、ちょっと待て!」
俺が声をかけても立ち止まる気配はない。
「私、ハルカちゃんのところに行かないといけない気がする。」
「何を言ってるんだ?そもそも屋上にハルカがいるのか分からないだろ。」
エルゼは最上階の扉を開け屋上に出た。空から金属が打ちあう音が聞こえると、二人のハルカは宙を舞っていた。
「あっ、いた!ハルカちゃんあそこで戦ってる!」
エルゼの声が聞こえたのか、空にいたハルカも屋上にいたエルゼに気づいた。
「エルゼ!何で来たんだ!!」
ハルカの様子から明らかにお呼びでない。
「目的の人が来てくれて助かるよ。もしかして、あっちのハルカを助けに来たのかな?」
青いハルカがオリジナルのハルカを指をさして言う。青いハルカの目的はやはりエルゼのようだ。
「エルゼ、今すぐ戻ってくれ。ここは私だけでどうにかする・・・」
「は、ハルカちゃん来てる!!」
その瞬間、金属が強く打ち合う音がした。不意をつかれ、ハルカは大きくふっ飛ばされた。俺とエルゼは体が一瞬浮き上がり、思いっきり転んでしまった。
「注意力散漫で私の処理に手こずるなら、さっさとエルゼ殺しちゃえば?私の目的はエルゼの捕獲だから、邪魔したいなら最適解だよ。」
どうやら俺達が空に落ちないように引力をかけながら戦っていたらしい。そのせいで彼女が思うように戦えず苦戦しているようだ。
「ハルカちゃん!私がこの指輪つけたら助けられる?」
エルゼは立ち上がり、息を荒げるハルカに声をかける。しかしハルカにとってこの提案は最悪の手段らしい。
「バカ!!よく考えろ、それをつけたらエルゼはこの研究所にいられなくなるんだ!殺処分待ちの監獄に戻されるぞ!」
「じゃあハルカちゃんは偽物に絶対勝てるの!?負けたら宇宙消えるんじゃ無いの!?」
二人が言い争う中、偽物が口を挟む。
「私にとっては指輪つけてくれた方が良いな、手間も省けるし。話を聞かないなら殺しちゃうかい?」
偽物はエルゼを殺すように言っているが、エルゼは不死の能力だ。できないことを言って煽っているだけだろう。
何か考えていたのか、少し間をとってエルゼがエルゼに声をかける。
「わかった、指輪をつけてくれ・・・。」
本物がガックリする中、偽物の表情は明るい。
「おお!指輪をつけてくれるのか。仕事が一つ減って助かるよ。」
本当に指輪をつけていいのだろうか。偽物の喜びようから、偽物にとって都合がいい事をすることをしている。
俺は念のためエルゼに声をかけた。
「エルゼ、ホントに付けるのか?」
「このままだと世界が消えるんでしょ?私一人で済む方が良いに決まってる!」
「ほ、ホントにお前、エルゼなのか?ネット廃人でねぼすけのエルゼはどこいったんだ?」
いくらなんでも人が変わりすぎてる。一体何が起きてるんだ?
ハルカは今になって、指輪の効果を俺に教える。
「・・・その指輪はエルゼの一部の記憶を思い出させる物だ。その中にはエルゼの持っていた危険な能力も含んでいる。」
エルゼが左手の薬指に指輪をはめる。外見からは特に変化はない。
「ユリさんがエルゼが能力を使わないように、記憶を思い出せなくしていたんだ。そうじゃないと誰も寄り付けなくなるから・・・。」
エルゼはそれから動かない。俺は声をかけてみた。
「・・・エルゼ?」
しばらく指輪を見たまま動かなかったが、エルゼは返事した。
「全部思い出した。この状況も私の力で対処できる。研究所にはもう居られないけど。」




