クローン急襲
ヤハレルのクローンらしきもの。それは400年前に処刑された魔女から作られた生物兵器。一説によると彼らは戦前、戦時中に100体以上作られたと言われている。
しかし、彼らは我々の考える一般的なクローンへの認識とは全く異なる。なぜなら、彼らの中に容姿が一致する個体は全く確認できないからだ。
彼らの容姿は少年少女と多種多様であり、終戦後に現在のマリューシャ共和国に位置する旧ヤハレルの研究所に立ち入り調査が行われるまで、彼らがクローンを製造するような手順で製造されていたことが認知されなかった。
そもそも、400年前に処刑された魔女の遺体を200年近く保存し続けたのは誰なのか。しかも保存された遺体には傷一つない。
歴史書に記された魔女の処刑は本当に行われたのだろうか。
「・・・どうですか、ビルさん。」
「わかってきたみたいだな、ユウト。この文書なら揚げ足取られることもないだろう。」
「ありがとうございます。」
所長に提出する場合、ある程度文字数を稼いでコピペを疑われないように修正するのが日課だ。
急用でいない所長の代わりにビルさんが見ている三日間、比較的楽になった。
もはや報告書と言ってるだけの謎の書類を提出したので帰ろうとしたところ、ビルさんが俺を呼び止めた。
「ところでユウト?転職先は見つかったか?」
「いえ、まだです。」
「厳しいことを言うと先はもう長くない。将来的には給料も法律ギリギリまで下がる。最低賃金が嫌なら今が辞め時だぞ。」
「わかってます。」
前任者が200年間誰一人達成できなかった仕事、そんな仕事を一人で請け負っているのには理由がある。
当然だが、報告書を書くだけの仕事なんて誰でもできる。俺がやらなくても代わりはいくらでも居る。
ましてやクローンの処分方法、活用方法を見つけられるなんて誰も思っていない。
これの意味することは、この研究所で俺が戦力外になったということ。恐らく、退職金を満額払うのが嫌だから、自己都合で退職するのを待っていると思われる。
「邪魔者なのもわかってるし、最大限の金を貰ってから辞めてやりますよ。」
「それ所長の前で言うなよ。」
そんなことビルさんに言われなくてもわかってる。苦笑いくらいしてくれ、所長がいないから言ってるんだから。
「お前の後ろに所長いるから。」
「え。」
俺は慌てて振り返る。そこにはたった今帰ってきた様子の所長がいた。
「ユウトさんに朗報です。新しい仕事ができるかもしれません。」
「しょ、所長、いつの間に?」
所長は話を聞いていないのか、それともわざと話を逸らしているのか判別できない。
「最近、テネセスの方に現れた女の子についてはご存知ですか?」
今のところ隠していそうな雰囲気はない。俺は所長に応える。
「えっと、ニュースになってたやつですか?」
「そうです。私、テネセスの方に行って詳細を色々教えてもらったんです。何やらその子、クローンの生き残りのようでして。容姿も能力も、服装に至るまで当時の記録と全く同じなんです。」
「生き残り?クローンは全滅したはずでは。」
「私もそう思ってました。でもクローンの中でもトップクラスに危険な個体が現存していたのです。」
そう言いながら、所長は持っていたカバンから紙を取り出す。
「その名前は『ハルカ』。引力を操る能力で、人や物を空の果てへ落下させたり、飛んできた銃弾の軌道を曲げたりできる個体です。」
その紙は、鉄パイプのような物を持った少女が写った写真だった。その写真を見て、ビルさんは思い出したかのように話し始める。
「ハルカって、クローンの中でも一番有名な奴だよな。戦時中に起きた空に落ちる兵士、自分の弾で撃ち抜かれた狙撃手の話は今でも有名だ。」
そんな危険な奴が今もなお、テネセス周辺を徘徊しているのか。被害が出る前に駆除しないと大変なことになりそうだ。
「そのハルカさんなんですが、敵意はないらしいんです。」
「え?」
所長の発言に場の空気が固まる。いまいち意味が理解できず困惑した。ビルさんが言葉の意図を探ろうと質問する。
「・・・敵意がないとはどういうことだ?攻撃しないってことか?」
「彼女ですね、実はエルゼさんを探しているらしくて、今も待っててくれてるんです。」
「今も待ってる?何処に?」
「”そこ”にいますよ、入ってきてください。」
ガチャッ
そこにいるという衝撃的な答えに驚く間もなく、部屋の扉が開く。
「はじめまして、マリー所長の紹介で来ました。ハルカと申します。」
そこにいたのはヤハレル連邦を象徴する黒と赤の服を身に纏う小学校高学年ぐらいの女の子。
エルゼのようなネット廃人とはワケが違う、正真正銘の危険生物を研究所に入れて大丈夫なのだろうか。




