新たな旅路
あのマーブリングのような空間に入れられ、エルゼを見失い、更にユリからの通信が遮断された。
エルゼの偽物の討伐後、通信機器は正常に使用できるようになった。しかし、それから3日たった今でもユリとは音信不通の状態が続いていた。
さらにケネスとドロシーは、一度彼女の居場所に行こうとしたが、直通のテレポート装置が無くなっていたらしい。
このことは偽物のエルゼによって引き起こされたと考えるのが自然だが、偽物はユリ本人の不良品によって作られていることが彼女との通信で明らかになっている。
こちらが理解している範疇で話を纏めると、彼女の過去の失敗によってエルゼを狙う集団が形成されており、彼女の元に帰れないクローン2人は研究所にて管理されている。
もちろん責任者は俺1人だ。
「もー!なんで3割打者にバントさせるのよ!!」
「エルゼ落ち着け。叫んだって結果は変わらない。」
「なー、いつ終わるのその試合?僕ゲームしたーい。」
「エルゼさん、ここ『一応』研究所だし騒いだらダメだと思うぞ〜?」
・・・一応というか、れっきとした公認の研究所だ。世間一般には戦時中のクローンを飼育していると有名なんだぞ。
そのクローンはエルゼだったから大嘘になってしまったのだが。
ちなみに、俺の唯一まともな業務である報告書作成は順調に進んでいる。ユリからネタ提供が来ないのは痛手だが、3人クローンがいれば困ることは現状ない。
今日はこの適当な報告書の内容に興味を持った何か勘違いをしているであろう学者が、この研究所に来るらしい。学者と会うのはイレギュラーな業務だが大したことはない。
俺は仕事の合間に転職先を探しているが、なんやかんや報告書を書くだけのこの楽な仕事から抜け出せるような気がしない。
偽物のエルゼの件は危なかったのかもしれないが、バイトや中小企業の初任給よりは遥かに高額の給料をもらえている。闇バイトに申し込んでしまう若者の心理が今の俺には痛いほどわかる。
「ユウトさーん、ニコラさん来ましたよー。」
部屋の扉の向こう側から所長の声が聞こえてきた。例の学者が来たらしい。
「いますよー、どうぞー。」
俺が扉越しに返事すると扉が開き、そこには所長と長髪パーマの女性が立っていた。
「こちらの方が民族学を専攻しているニコラさんです。」
「はじめまして!クローンの3人と不死身の魔女さんについてお話したく、ここに参りました!」
俺はこの元気で活発な女性に自分と4人を紹介する。
「はじめまして。私はユウトと申します。テレビの前にいるのがエルゼ、小さい女の子がハルカ、男の子がケネス、背が高いのがドロシーです。」
説明を聞いたニコラは早くも首をかしげる。
「・・・あの、ドロシーはイメチェンか何かされてますか?」
ニコラの言葉にドロシーは反応する。
「おお?よく私のこと知ってるね。アタシを作ったクソ科学者にムカついたから私の好きなファッションにしてるの。」
「やはり!その体格や衣装はボイシム人ルーツのもので間違いないですね!」
ボイシム人って何だ?どこかの民族だろうか。
ニコラは次にハルカに目をつける。
「あなたはメルヒア人とマニノス人の混合。」
「えっと・・・何が?」
次にケネス。
「あなたはアンデノール人。」
「な、何いってんだよおばさん。」
最後にエルゼ。
「あなたは私と同じ、リユレン人。」
「・・・どういうこと?」
3人は混乱している様子だった。その中、ドロシーだけは何か察したようだ。
「もしかしてアンタ、外見がどこの国の人に似てるかっていう研究か?」
ニコラは元気よく返事する。
「はいっ!私は今、ヤハレルのクローンの元の人物を”ある仮説”のもと独自で探しています。その説はズバリ、『元となった魔女、1人じゃなかった説』です!」
俺は彼女に聞き返す。
「なんですかそれ?」
すると彼女は喜々として自分の持っていた鞄から資料を取り出した。
「実はですね、黒霧病みたいな大きな災害があった中心地、さらにその時代の人物を探してみたら、クローンそっくりの人物を数名見つけちゃったんです。」
「えっ?」
彼女の資料を見てみると、確かにケネスやハルカに瓜二つな人物が記載されている。
そしてその人物がいた時代には死傷者数3万人の史上最強低気圧、一国の首都をゴーストタウン化させた大地震があった。
「そしてこの人物の国籍とクローン本人、人種的な分類でもほぼ一致してます。一体の魔女から様々なクローンが生産されたという今の定説に一石を投じる情報だと思いませんか?」
「そ、そうですね。」
なんというクローンに対する情熱だろうか。俺の仕事はこういう人物が行うべきではないだろうか。もちろん報告書のことではなく、クローンの処理方法、活用方法を研究する本来あったはずの仕事の方だ。
俺は彼女に質問する。
「あの、ここに来られた目的は何ですか。」
すると彼女は突然思い出したかのように話し始めた。
「・・・そうですね。私の目的はクローンの原本の追求で、報告書の作成者であるユウトさんとクローンを一目見ておきたかったのと、あわよくば『ユリ』という人物とお話できたらな〜、と思いここに参りました。」
「そうですか、残念ながらユリさんは音信不通です。」
「もちろん知ってますよ。ユウトさんの報告書一通り確認しているので。」
あのデタラメな報告書をまともに読んでる人物がいることに俺は驚いた。報告書はこういう人が読んでるんだな。これからはもう少し真面目に書こう。
「ここ最近のものは毎日のように情報が更新されて非常に興味深い内容ですが・・・昔のものはどうやって書いてます?」
俺はここで何かマズイ雰囲気を感じ取った。
「何かヤハレルの歴史とかクローンの生産方法とかどこかで見たことある文章、というか一部は私の昔の論文や著作とまんま同じ・・・」
「わかりました!!私はあなたのお役に立ちたいです!!何をすればいいでしょうか!!」
俺は彼女の話を隣で聞いている所長に気づかれないように遮った。流石に不自然だったのか所長は俺に疑いをかける。
「ユウトさん、何か隠し事でもあるんですか?」
「い、いや、こっこれは・・・!」
たじたじになった俺にニコラは手を差し伸べる。
「ではユウトさん、クローンの元となった人物ゆかりの地に私と旅していただけませんか?」
「えっ?」
突拍子もない提案に俺は困惑する。
「なにせ今は無法地帯と化したヤハレルの首都も含まれてるので、私みたいなか弱い女の子が1人で行ったら襲われてしまいます。お手伝いしていただけませんか?」
「い、いや、俺は研究所の仕事が・・・」
すると彼女は俺の左肩に両手を乗せ、耳に顔を引き寄せてささやいた。
「やってくれたら私の著作の剽窃は見逃してあげるよ、お兄さん?」
所長がいるこの場では、俺に差し伸ばされた手が天使か悪魔か考える余裕はなかった。
「わ、わかりました。私の仕事は報告書を書くだけなので何処にでも行けます。」
「やったあ!ありがとうございます!では明日の朝9時のマリューシャ空港でまた会いましょう!本日は失礼しました!!」
そう言って彼女は風のように去っていった。
所長は彼女の強引な流れに押され、見事に俺を追及する気を失っている。
「えー・・・外国行くならクローンの管理はビルさんに任せるので、なるべく早く帰ってきて下さいね。」
所長も彼女が飛び出ていった扉を開け、とぼとぼ帰っていった。
ニコラに助けられた俺は長旅の準備を始める。ヤハレル首都にも行くと言っていたが、何か事件に巻き込まれないことを願うばかりだ。
俺の後ろでケネスとハルカがひそひそと何か話しているが気に留めないことにする。
「なあハルカ、ニコラってもしかして『悪女』って言うヤツか?」
「違う。全部ユウトさんの自業自得。」




