終わらない仕事
200年前、マリューシャ帝国とその他多くの国、世界にある9割の国家は「ヤハレル連邦」の構成国であった。
ヤハレル連邦は、400年前に処刑されたとされる「魔女の遺体」から、特殊な能力を持った「クローン」のようなものを製造し、軍の主戦力とした歴史上最大の国家である。
最強とも謳われた国家だが、残された1割の国々が「無金属兵器」と呼ばれる兵器を使用すると、最強国家は国土を失うまで敗戦し消滅した。
「無金属兵器」とはその名の通り、採取できる地域に限りのある金属などを一切使用しない、砂や土、岩石、植物で構成された兵器全般を指す。
戦争から200年たった今でも、なぜ無金属兵器が燃料もなく動くのか、当時の先端技術でも勝てなかったヤハレルのクローンを何故撃破できたのか、実は全く解明できていない。
終戦後、ヤハレルの構成国が続々と独立。旧マリューシャ帝国は帝政が撤廃されマリューシャ共和国として独立した。
マリューシャ政府はヤハレルの建てた施設を流用して国立の研究所を設立。政府は第3次産業の発展を推進しており、先進国の仲間入りを目指していた・・・
「ユウトさん?なんですかこれは。」
「なんですかって、何がですか?」
「あなたの報告書ですよ。200年前、マリューシャ帝国とその他多くの国という文から始まってる報告書。どこからコピペしてきた文章ですか?」
「あーはい、報告書のことですか。何も起きなさすぎて書くこと無いんです。」
「剽窃ってご存知です?とりあえず文量減らして良いんで自作の文章書いてください。」
・・・という訳で、マリューシャの研究所に務める俺、ユウトは研究所長のマリーに報告書の書き直しを命じられた。
その内容は、数年前からこの研究所で保管されている一体のクローンについて。
クローンは戦時中にほとんどが始末され、残っているのは「不死身」の能力を持つとされるその一体だけだ。
「エルゼ、入るぞ。」
所長にも言ったが、このクローンは特に何かを起こしたりは全くしない。結果はわかり切っているが、
俺はドアを開ける。
ドアを開けた先の風景は、ここ数年ほとんど変わらない。
「やっぱりか・・・」
そこには夕方5時にスマホを持ちながらノートパソコンと添い寝しているネット廃人の女の子が。
パソコンの画面は映像を流し続けていたので、恐らくスマホでソシャゲのデイリーミッションをこなしながらパソコンで動画を見て寝落ちしたものと見られる。
ネットというのは恐ろしい。彼女の能力は人に危害を加えられる能力ではないとはいえ、世界を震撼させた戦略兵器の一種がこんな姿になってしまうのか。
終戦直後、どうにかして彼女を殺処分できないか当時の研究者達は実験したが、まともに傷を負わせることもできなかった。しかし現代人の技術にかかれば、いとも容易く廃人にすることができた。
問題は俺の報告書。寝てるだけの女の子を見て何を書けというのか。とりあえず叩き起こして昨日は何をしていたのか聞こう。
「おい起きろ、もう夕方5時だぞ!」
俺が彼女の肩を揺らしながらそう言うと、彼女はすごい勢いで飛び起きて俺の手をはね退けた。
「えっ、もうこんな時間!?今日の試合デーゲームだったから終わっちゃったかな~?」
そう言うと彼女は慣れた手付きでテレビのリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を付けた。
「あー負けてる。今年はだめだなぁ、全然打てない。」
「野球の話か。そんなことより今日は何時から何時まで寝てたんだ?」
「えっ今日?深夜2時までアニメ見て動画見ながらデイリー周回して・・・そこから記憶ないなあ。」
凄まじい生活習慣だ。そのまま書けばいいのだろうか。深夜アニメを見てネットで動画を見ながらソシャゲ周回して夕方5時まで寝て野球を見たとでも書けばいいのだろうか。
「あの、エルゼ?」
「ユウト君ちょっと待ってて。テルがここでホームラン打つから。」
野球に集中したいようなので、「テル」という人の打席が終わるのを待つ。
『空振り三振試合終了!チームは連敗を阻止できず今日で7連敗となってしまいました!』
「・・・で、何の用事?」
なんとなく機嫌が悪そうだ。俺は何を聞くべきか熟考し、彼女に質問した。
「今日の予定は何かある?」
「ソシャゲ周回して適当に夕飯食べて11時にバラエティ番組、1時にアニメ見て1時半に寝る。」
「わかった。」
報告書には事実を書こう。剽窃とデータ偽装はやってはいけない。文句を言われるようなことは決してしていない。待ってろクソ所長。完璧な報告書を見せてやる。
「ところでユウト君。」
「ん?」
部屋から出ようとした俺は声をかけられたので振り返った。
「もしかして報告書書いてる?」
「そうだけど・・・どうした?」
「私の今の生活じゃ書くことないと思うんだけど、いつも何書いてるの?」
どうやら俺の心配をしてくれているらしい。
「世間話で適当に埋めてるよ。この報告書は書くことがない方が良い。変わらない日常が一番大事だよ。」
「そっか。じゃあお仕事頑張ってね。」
俺はエルゼの部屋を後にし、俺は報告書を提出しに行った。
しかし所長の姿は見当たらず、代わりにいたのは太ったメガネの男。
「所長は急用が入っちまったらしくてな。俺の通常業務に加えて所長の仕事の一部までやらないといけなくなった。」
「ではビルさんに渡せばいいですか?」
「うん、俺に渡して。」
そのように言われたので、報告書をビルさんに渡した。
「えーと・・・ユウト?これホントにこのまま出して大丈夫か?」
「ダメ、ですか?」
「これ一応、公的文書だからねえ。たまにお偉いさんとかヤバい一般人が目付けて面倒臭くなるんだよな。」
なんか嫌な予感。
「ユウト、もう少し当たり障りのない文章にできねえか?クローンの歴史とかで適当に文字数稼いで、エルゼちゃんに何もないって文章にしてくれ。ぱっと見て情報量多そうな見た目になれば良いから。」
それって修正前の報告書の内容そのままなのでは。
「深い内容とか詳細な事実はいらない。何もないって書いて文字数埋めて再提出よろしく。」
「・・・わかりました。」
この後、1時間ほど時間をつぶして修正前の報告書を渡しに行ったところ、無事に受理された。
俺はこの報告書を書くだけの仕事を始めて2年になる、本当の仕事からは逃げながら。
本当の仕事は彼女を処分する方法、利用する方法を探すこと。だが、この現状を見ればわかる通り、200年間誰一人達成できていない。
俺は仕事を引き継いだが、きっと昔の研究者と同じ結末を迎えるだろう。何せこの不死身の能力というのが非常に厄介なのだ。
この能力は本人に対して、負傷させたり過剰なストレスを与える可能性のあるものに発動し、故障したり不具合を起こす。
具体的にはロープが手で引きちぎれる不良品になったり、薬液を入れた容器がひとりでに割れたりする。
その為、能力を活かして危険地域で活動させるなんてこともできない。しかも元が危険生物のため普通の仕事もできない。すなわち八方塞がりなのだ。
彼女ができる仕事はきっと、過去にも未来にも存在しないだろう。




