序章-9
次の日、アウローラが朝から、神業を披露してくれたおかげで、今日も瞬く間に支度が済まされたのだった。
今日は薄いピンク色のドレス。金色の髪は頭の後ろで結われ、それでも正面から見れば、可愛い女の子らしさを残しつつも、上品な貴族、の雰囲気が出ている。
朝食を済ませると、別邸のメイドさんたちがしきりに「お嬢様、とても可愛いらしいです!」などと、色んな褒めちぎり方をしてくれたのを後に、ルーファスと馬車で王城へと向かった。
到着した際は、寝ていたので全く気にしていなかったが、窓から外を見ると、色んな人がいた。ここは様々な部族を受け入れる、ノルン王国の王都ノルン。別名、自由都市ノルンと街の人たちからは呼ばれており、色んな地方から色んな部族の人が集まっている。セシルティアの母親、長耳族のエイラシアもその一人だ。
基本的に身体の特徴はほとんど同じで、耳だけが違うのがこのゲーム、『聖女様のラブストーリー』の特徴だ。ビジュアルを売りにしている部分も大いにあるのだけれど、恋愛ゲームだから人間っぽく。というのが一番の理由らしい。
まあ私も恋愛ゲームといったら、人間×人間が好きだから、いいんだけど。というか、人間×ペットとかの恋愛ゲームって…あるにはあるんだろうけど、ものすごく需要が低いから、発売しないよね…。
「わあー!」
セシルティアは街行く人たちを眺めているのが楽しかった。
あれは犬のような耳をしているから、きっと犬人族。そして、あっちはどう見てもウサギの耳がついているから、兎人族。あ、こっちの女の子は狐の尻尾が出てる!可愛い―‼
これが自分のシナリオしたゲームの世界。ビジュアルはあっても、実際の字と絵だけで、ここまでの想像は出来ない。それが私の中の創作意欲をくすぐった。
(…とはいっても、今は創作よりも、この世界を脱出する手掛かりを見つけなくちゃ)
セシルティアは、ふんす、と手を前にグーで構え、心に火を付ける…のを、正面のルーファスに見られ、笑われてしまい、恥ずかしさのあまり、あうあうーと声を出しながら、心に点いた火は瞬く間に消えた。
一行は王城に着き、セシルティアの移動は専らルーファスがしてくれるようで、セシルティアはルーファスに身を委ねる。
どうやら、第二王子に会うだけではなく、王様に挨拶するとのこと。国王陛下といえば、ヒロインルートだと、登場しないケースと何度も登場ケースがある。ルートによってはセシルティア公爵令嬢を断罪する際も一枚買う時がある。そう考えると、緊張してきた。
(下手をしたら…死ぬ!)
なんて、日記帳に書かれているような物言いかもしれないけど、あり得なくもない。だから、丁寧に、ちゃんとご挨拶するぞ!と意気込んだ。
…………。
着いたのは応接間のような部屋。入口で警護に当たっている騎士に話しかけ、騎士がドアの中へ確認し、どうぞ、とルーファスを通してくれた。中へ入ると、中央の向かい合わせの本当に応接間にあるソファに国王陛下が座っていた。
(え、あれ?想像していたのと全然違う…)
セシルティアはてっきり、謁見の間のような場所で、玉座に座る王様へ話しをするのだと思ったが、そうではなかった。
「おお、ルーファス卿、久しいな」
「国王陛下にご挨拶申し上げます、ルーファス・フィレオノール、参上致しました」
ルーファスがセシルティアを抱きかかえたまま、頭を下げたので、セシルティアも合わせて目線を下げずに頭を下げておく。
(この、おじちゃんが国王陛下…ビジュアルだともうちょっと、おじいちゃんだったはずだけど、やっぱり、本編始まる前だから若い!)
「おいおい、そんな堅苦しいのはよせ、余と…いや、俺とお前の中ではないか」
「そういう訳にもいきません。まあ、でもお言葉に甘えて、少しだけ、崩させて頂きます」
ルーファスが頭を上げると、国王陛下はふっと笑う。
(あーなるほど。普通に考えて、謁見の間って、何か大事なイベントの時にしか使わないよね…。仲がいい二人が会うんだったら、そりゃこっちの応接間の方がピッタリだよ)
セシルティアは一人、うんうん、と納得していた。
「それで、いつになったら、そちらの可愛らしいお嬢さんを紹介してくれるのかな?」
「そうですね…」
ルーファスはセシルティアをゆっくりと地面に立たせ、背中をポンと押す。
「こちらは私の娘のセシルティアです。さあ、セシルティア、ご挨拶を」
(あれ、国王陛下って言えばいいのかな?あれ、名前…なんだっけ…?あ、何か別の言い方で最初に言う言葉があったような…えーと太陽…?あっ太陽だ、多分!)
セシルティアは前に別邸でしたときのよう、ドレスの裾を軽く持ちあげ、頭を下げる。
「ノルン王国の太陽にご挨拶申し上げます。フィレオノール公爵家の娘、セシルティアです。よろしくお願いしましゅ…」
セシルティアは最後、噛んでしまった。
言い直そうか、と思ったが、何も言われず、しばらく沈黙が続いたのでセシルティアは恐る恐る頭を上げると、国王陛下は目を丸くしていた。
「…いや、申し訳ない。あまりに驚いたものでね…ルーファス卿にこんな立派な娘がいたとは驚きだよ」
「恐縮です」
セシルティアはほっと胸を撫で下ろす。噛んだのもスルーしてくれたようでありがたかった。
「知っていると思うが、私も自己紹介しておこう。ラグルト・ロンテーヌ・ノルンだ。よろしくね、セシルティアお嬢ちゃん。
国王陛下が軽く頭を下げたので、セシルティアも合わせて頭を下げる。それを見て、国王陛下は改めて思ったのだろう。
「うちの馬鹿息子も見習ってほしいものだ…」
国王陛下は深くため息をつく。
(いやいや、今からその馬鹿息子と会うんですけどね!)
「立ち話もなんだ、かけたまえ」
そう言われ、セシルティアはルーファスと同じ、ふかふかのソファに腰かける。
今の隣国との情勢、そして世界樹について、それから、王子王女についての話だった。
東南にある隣国モイライ帝国の国境付近で何やら不穏な動きがあり、軍備を整えており、近々戦いに発展しそうだということ。本編のヒロインルートでは既に同盟を果たしており、アカデミアに攻略対象の一人である、モイライ帝国の王子が来るはずだ…。まあ、悪い言い方をすれば、体のいい人質みたいなもの。そんなストーリーも用意されている。昔小競り合いがあった…という設定にしたのだが、それがこんな風に起きているなんて…。
場所は東の地方と南の地方、南の地方はフィレオノール公爵領付近のため、最悪の場合、そこが戦場になるかもしれない…とのこと。だから、ルーファスも話があり、国王陛下の元へ来たのだった。
そう思うとセシルティアは安易にこのようなシナリオ設定をしたことを後悔した。
(まさか…自分の領地で戦いが起きるかも知れないなんて…それも、自分が身を以って体験するかも知れないなんて…)
いや、ほぼ間違いなく、何かは起こる。だって、小競り合いがあった。と設定してしまったのだから。
そして、2件目は世界樹について。ノルン王国の北部に存在する巨大な樹。全ての生命を司り、癒しを与える。と言われているが、その樹が枯れ始めているといった内容だった。
(世界樹…本編ヒロインルートでも登場することがある。攻略対象によっては、世界樹が枯れないようにするルートもある…だから、これは放っておいても多分どちらかのヒロインが大きくなったら解決してくれるから、大丈夫かも…)
世界樹が枯れたら魔法が使えなくなる。それだけのこと。この世界の人にとっては、切っても切れない力なので、そうは行かないのだろうが、元々魔法なんて、人を幸せにしたら、魔法‼って感じの現代から来た、私には何のこっちゃって感じ。
そして、最後は王子王女についてだった。
第一王子が意識不明で未だ眠り続けているとのこと。また、その母親が亡くなってしまったため、第一王女が塞ぎ込んでしまったこと。
第一王子は本編に登場しないので残念ではあるが…。第一王女のヒロインが兄の死で強く生きようと決意する描写もあるため、このまま帰らぬ人となるのだろう…。
(私が設定したせいで…また人が死んじゃう…)
それが悔しかった。話だと、悲劇のヒロインって感じがして、興味を引かれるのかもしれないが、それに至る過程の中にいると、正直辛い。
第二王子は王妃の言いなりとなっており、我が儘し放題。各方々から、時折、苦言を呈され、ほとほと困っているとのこと。
第三王子は剣に興味を示し、騎士団の訓練場に通い続けている。
と、このような感じで、先ほどのセシルティアの礼儀正しく、立派な挨拶も出来ない子がほとんどで、将来が不安。とのことだった。
(こんな話を聞いた後で、第二王子に会うの…嫌なんだけど…)
国王陛下とルーファスが話している間、セシルティアは横で、チンと座り、様々なことを思いながら、二人の話を聞いていたのだった。
そうこうしているうちに、ついにその時がやってきたのだった。
少し、ドアの外からざわついた声がすると思ったら、勢いよくドアが開けられたのだ。