序章-8
王都では王都にある公爵家の別邸に宿泊するようで、これもまた立派。
セシルティアは自分では降りれないので今回もルーファスの腕に乗り、そのまま行くことになった。というより、ほぼ強制的に担がれ、運ばれる。
入り口ではこちらの別邸の管理を任せられている老齢の執事さんとメイドさんたちがお出迎えをしてくれた。
「お待ちしておりました、旦那様。何か問題がございましたか?」
「いや…何も問題はない。少し、馬車の揺れがひどく感じたので速度を落とさせただけだ」
ルーファスはふふっと笑うと、ざわっメイドさんたちの方で、どよめきが起こる。
(…多分、滅多に笑わない人が笑った、とかそんなんなのかな~)
後から、アウローラに聞いたが実際そうだったようだ。
「…なるほど、お嬢様も、お久しぶりでございます。こちらの別邸で執事長をしております、ローカンです。…とは言っても、本邸仕えしていた際には何度もお会いしましたが、お嬢様が2歳まででしたので、覚えておられないと思いますが…」
セシルティアは首をフルフルと横に振る。
(2歳の記憶どころか、これまでの記憶一切ないんですけどね~)
でも、何となく名前が引っ掛かったので、セシルティアは記憶を探る。といっても、セシルティアの記憶ではなく、私の記憶。
(ローカン…ローカン…あっいた‼)
彼はセシルティア公爵令嬢付きの執事として、背後に控えていた。だが、陰でヒロインに警告するなど、助け船を出してくれる、セシルティア公爵令嬢の側に仕えてはいるけど、あまりにひどい仕打ちを見かねて、ヒロインのアシストをしてくれる、いわばお助けキャラ。
最終的にはセシルティアを見限って、ヒロインサイドと一緒になって罪を告白し、断罪される。つまり、セシルティアにとっては…敵…‼
(でも、私には関係ない)
そう、今のセシルティアにとっては関係ない。彼の本質は善人。だから、見かねてって話だ。今の私は、ヒロインたちをいじめたり、ましてや、攻略対象も放っておくと決めている。
(私はこの世界から脱出できればそれでいい)
セシルティアはルーファスの袖をくいくいと引っ張り、降ろしてとアピールし、ルーファスがゆっくりとセシルティアを地面に降ろす。
(確か…こう…両の手でスカートの裾をちょっと持ち上げて…頭を少し下げて…)
「セシルティアです。今日からお世話になります。よろしくお願いします」
そして、最後には子供らしい満面の笑みを見せる。
またしても、後方のメイドさんたちから、さっきのルーファスとは比べ物にならないくらいの黄色い声が上がる。
(名付けよう…子供の頃だから出来る、天使の微笑みと書いて、エンジェルスマイルと)
ポイントは簡単、幸せな時を思い出すこと。セシルティアはエイラシアに頭を撫でられているときのことを思い出してこの笑顔を作り出した。
「お嬢様、立派になられて…私も歳をとりましたな…」
「はは、ローカン、お前で歳をとったというなら、私も随分と歳を…」
イケオジ二人がトークを始めたが、今はそれどころじゃない、私はすごくお腹が空いていた。ずっと座っていたし、その後も腕に乗ってるだけで、地面に立ってみて、ようやく気付いた。もう夕方近く。育ち盛りの子が寝てたせいもあるけど、お昼一食抜いたら、そりゃお腹空くよ。
後ろにいたアウローラのスカートの裾を軽く引くと、「はい、どうしました?」とアウローラは屈んでセシルティアの顔の前へ耳を近付ける。
「お腹空いたの…」
「畏まりました」
それを聞いてからのアウローラは早かった。
即座にイケオジトークしていたルーファスとローカンの元へ進言しに行き、すぐに食事をする運びとなった。
セシルティアはこの距離、歩けるか…?と心配になっていたが、戻ってきたアウローラが何も言わず、目の前でしゃがみ、「どうぞ」と腕を出してきたので、吸い込まれるようにその腕に抱かれ、運ばれる。
(なにこのお姫様待遇…いや、お姫様みたいなもんか…)
別邸のメイドたちはルーファスやセシルティアが通りすぎるまで、頭を下げていたが、アウローラが運ぶのを見て、小さい声であったが、はっきり聞こえる。
「可愛いー!」
「お人形さんみたい!」
「私も抱っこしてみたい」
でも、私の耳を引いたのはそれではなく、「噂に聞いてたのと、全然違うじゃない」
というものだった。
(噂…やっぱり、本邸でもあったけど、相当やらかしてたの…?)
別邸での食事も大変美味しく、この日も何事もないこともなく、食事の後、セシルティアの元へ、メイドさんたちが次から次へとお菓子など持ち、押しかけられ、賑やかしかった。最後にはアウローラが「もうお休みの時間です‼」と静止してくれたようで、収まったが。
でも、今日のあれ、何だったんだろう…。
ベッドの上でセシルティアは日記帳の言葉を思い出していた。
枕元の横に置いてある日記帳に手を伸ばし、うつ伏せの状態で日記帳を開く。
『この本を手放したら 死ぬ』
やはり、そう書いてある。
死ぬ…っていうのは本当に死んでしまう、という意味なんだろうか…。こればっかりは考えてもキリがない。
今は明日のこと…第二王子に会うことを考えよう…。
第二王子は、母である王妃陛下の傀儡。根はいいやつなんだけど、周囲に壁を作り、本当の自分をさらけ出さないようにしている。そして、敵は徹底的に叩くような性格。でも平民のヒロインだとそれから救ってあげられるルートがある。そして、どう転んでも私、セシルティアは死ぬ。
「あれ、いっそのこと、遠くに逃げちゃえば、死ぬことないんじゃない…そしたら、誰のルートも関係ないんじゃ…そしたら、この世界から抜けれる方法を…」
と言っていると、開いていた、日記帳のページから文字が浮かびあがり始める。
「え、え、なにこれ?」
不思議な現象。ゆっくりと隣のページに文字が浮かんでいっている。目の前で起こる現象の理解は全く出来ていなかったが、書いてある文字を読み、絶句した。
『逃げられない どこへ行っても 必ず 死ぬ』
「え、どういう意味…なにこれ…」
逃げられない、どこへ行っても必ず死ぬという…そんなのって…。
記帳に浮かび上がった言葉の方も衝撃的だったが、それよりも目の前で起こった現象の方が衝撃的だった。
(何もしてないのに急に言葉が浮かび上がって…これって…魔法⁉)
この世界には確かに魔法は存在する。ただ、ドンパチやったり、ぶっ放したりする魔法ではない。身体を強くしたり、傷を癒したり、潤いを与えたり、風を操ったりとそんな程度にしか使用されていない。モンスターとかいない世界だから。
でも、本に細工するような魔法は、シナリオを書いていた私も知らない。
(日記帳に魔法…?どっちかっていうと、不思議な本の魔道具って感じかな…)
セシルティアは日記帳を開いては、閉じ、次のページを捲るも、日記帳には何の反応も見られなかった。また、変わったところはないか、隅々まで調べてみるも、特に変わりはない。ただ、金色で彫られている名前が目に留まり、指でなぞった。
「セシルティア…貴女に一体何があったの…?」