序章-7
王都へ出立の日。
セシルティアのお供として、アウローラも着いてきてくれることになったのは心強い。というか、いてくれなかったら今の私じゃ色々積む。
「わあーーーーーーーーーすっごい‼‼‼」
この身体になってからか、心までもが若返り、9歳になっているような気がする。でも、これはしょうがない。だって…。
セシルティアの目の前には、まるで童話の世界に出てくるシンデレラが乗った!と言われても不思議ではない立派な白い馬車がある。なんだっけ…クラレンス…?とにかく初めて見た‼それに立派な毛並みの白いお馬さん。こんなに馬に近付いたのも初めてであった。この状況で興奮しない方が無理がある。
「それじゃ、留守は任せたよ」
「はい、いってらっしゃい…それと…」
エイラシアは、しゃがみ込み、馬の近くではしゃいでいたセシルティアを優しく抱擁する。
「気を付けて…元気で帰ってきてね…」
エイラシアの手が震えていることにセシルティアは気付いた。本当に心配しての言葉。
これは今は私だが、本来はセシルティアに言っている言葉なんだと思う。その言葉が私の心に深く刺さる。
だって、セシルティアは寝たきりで帰ってきたんだから…。
「はい、行ってきますお母様‼」
心配させまいと、お母様のほっぺにキスをする。
やっぱり、私がこれまでこの世界でやってこれた感謝の意味も込めた。
(これぐらいのスキンシップじゃないとは伝わらないよね)
「まあ!」
最初は驚いたエイラシアであったが、すぐにクスリと笑い、すぐにほっぺにお返しのキスをしてきた。
「行ってらっしゃい、私の可愛いセシルティア」
エイラシアは最後にセシルティアの頭を優しく撫で、別れ惜しそうに離れる。
「それじゃ、出発だ」
セシルティアとルーファスは真ん中に停まっていた立派な馬車に乗り込む。といっても、セシルティアはルーファスに抱かれ、中へ運ばれた。
アウローラを含む、従者の者は別の馬車で移動するようで、騎士が数名、外を警護しているが、どうやら…この馬車での移動はセシルティアとルーファスの二人きりの空間らしい。
(おっも………)
セシルティアはかつてないくらい、重い空気に耐え、じっと座っていた。
ルーファスは父親だが、物静かで口数が少ない。セシルティアのことを想っているのは知っているが、それでも、二人きりになると何を話していいか分からない。
「…………」
うん、私はお人形さんになるしかなかった。ちょこんとお座りセシルティアちゃんになりきるのだ。
(私は人形、私は人形、私は人形)
「セシルティア…」
「はい、私は人形です‼」
(ああーーーやってしまった。思わず思っていたことを言ってしまった)
「え…ああ、人形が欲しいんだね、分かった、王都に着いたらすぐに買ってあげるよ」
「あ、ありがとうございます」
なんか都合よく解釈してくれたみたいでよかった。
「君が何かをおねだりしてくれたのは初めてだね…嬉しいよ」
ルーファスが微笑みながら、セシルティアの頭を撫でる。
セシルティアはルーファスにこんな風に扱われたのは初めてだったので、少し戸惑いつつ、照れ臭さを隠せなかった。
「ああ、そういえば、その日記帳…大事に持っているが……その…」
ルーファスは言い淀みながら、今日ずっと持っていて、今はセシルティアの膝の上に置いてある日記帳に目をやる。
セシルティアは、何が聞きたいのか分かった。
「ごめんなさい。日記帳を見ても、記憶は戻りませんでした」
「……そうか」
ルーファスは一瞬ではあったが、表情が曇らせる。
「それに…」
セシルティア日記帳を日記帳のロックを外し、パラパラをめくり、見せる。
「ほら、何も書いてないんです」
それを眺めていたルーファスは、ふう、と一呼吸置いてから再びセシルティアの頭に手を置く。
「いや、勘違いさせてしまったな。勘違いでもないんだが…。とにかく、記憶は戻らなくてもいいんだ。セシルティア、君は君らしくしていてくれれば…」
ルーファスはセシルティアの頭を撫でる。
「はい‼」
(エイラシアお母様と同じこと言ってる)
それが微笑ましく、セシルティアは笑う。そして、開いていた白紙ページをゆっくりと閉じた。
「ん、今、何か書いてなかったかい?」
ルーファスがそれに気づき、指摘した。
「え、どこですか⁉」
セシルティアは気付いてなかったので、また、パラパラとページをめくる。
「一瞬だったから分からなかったが、おそらく最初の方だったと思うが…」
ルーファスが日記帳の表紙側を指さす。セシルティアは最初の方のページへ向かい、一気にページをめくった。
「あ!本当に何か書いてある!」
本の端、日記帳でいうと、まさしく1ページ目、そこに文字が書いてあった。
(でも、最初みたとき、何も書いてなかったと思うんだけど…見落としちゃったのかな)
セシルティアはそうは思いながらも、ようやく見つけた、セシルティアの過去の記憶への手掛かり。そう思い、開かれた日記帳へ目をやる。
セシルティアは固まった。その日記帳に思いも寄らないことが書いてあったから。
「そんなこと…」
セシルティアは呆然としていた。
「…これは…何て書いてあるんだい?見たこともない文字だが?」
「え?」
どうやらルーファスにはこの文字は読めないようだ。セシルティアには違和感がなかったが、言われてみれば確かにそう。はっきりと私の母国語、日本語で書いてあった。
私には確かに読める。でも、これは伝えることは出来なかった。この意味を理解してしまったから。
「せっかく昔の私の手掛かりだったのに…私にも何て書いてあるか…」
「そうか…知り合いの学者に解析を頼んでみようか…?」
「いえ、昔の私の思い出なので…大切にしたいです…」
セシルティアは開いていた日記帳を閉じ、両腕でぎゅっと抱きしめる。
「ああ、そうしよう」
まだ王都への旅は始まったばかりだったが、さっそく不安になってきた。
だって、日記帳には、実に短く、分かりやすく、こう書かれていたから。
『この本を手放したら 死ぬ』
これがセシルティアの過去と何か関係あるのか分からないけど、それでも…どうしてこんなに不安が収まらないのだろう…。セシルティアは王都での第二王子に会うのが…怖くなってきた。
とは、言ったものの、時間は進み、気付けば王都に到着していた。
かくいうセシルティアは…眠っていた。適度に揺れる馬車とお尻が痛くならない、ちゃんとクッション性のある椅子だったので、それが眠気を誘い、気付けば眠ってしまったようで…。座ったままの体勢では危ないと思ったのか、ルーファスが膝の上に頭を乗せ、眠らせていてくれた。
前世の私なら、イケオジの膝枕!と喜ぶシチュエーションなのかもしれない。今の状況で傍から見れば、仲睦まじい親子に見えると思う。でも、やってる私はそんなんじゃあなかった。
………頭を乗せていた太ももを思いっきり濡らしてしまっていたから…よだれで。
(ああああああああああ!)
起きたとき、恥ずかしくて死にそうだった。