序章-5
本日の歩行練習も終え、夕食は部屋へ運ばれ済まし、アウローラにされるがまま、自動でお風呂なども済まされ、早着替え、髪の手入れから、何から何まで、ぱぱっと進み、就寝の時間となった。
「それではおやすみなさい、お嬢様」
「うん、おやすみ、アウラ~」
ゆっくりとあまり、音も立てないようにアウローラがドアを閉める。静寂の中、ベッドの飾りが月灯りに照らされて綺麗だな~。などと思っていたが、すぐにコンコンとドアをノックする音が聞こえる。何かアウローラが忘れたのだろうか…返事をしようと、まず身体を起こしたが、その間にガチャッとドアが開く。
「セシア…入りますよ」
入ってきたのは母親のエイラシアだった。なんていうか、白い寝間着姿であったが、ドレス姿じゃなくても、大層な美人。しかも、出てるとこ出てるし…。こんな人、どうやって掴まえたのよ、あのお父様は…そこまで設定してないぞ私は‼
「お母様…どうしました?」
営業スマイルで、にこやかに迎え入れるが、エイラシアは何も言わず、近づいてくる。正直、朝の一件があったから、ちょっと気まずい…。
「えっと…あの…?」
エイラシアは何も言わず、セシルティアの頬に触れる。それに反応して、一瞬セシルティアはビクッとしたが、その触れた後は撫でるよう優しく、そのまま身を委ねることにした。
「今日は一緒に寝ましょう…」
え、寝るって、ここで?とセシルティアは思ったが、子供を寝かしつけるために添い寝が出来るよう作られているためか、セシルティアのベッドは大きい。
そのまま、エイラシアはセシルティアを抱きしめ、ベッドの中へ入ってきた。
セシルティアこと、石動麗奈が、この世界に来てから、この腕に抱かれるのは3度目…。ゲームとかだと、違和感だらけの寒い暗闇の中、暖かい光を感じられる場所…みたいな表現をすると思うけど、まさしくそれ…。
(すごく安心する…)
「心配しないで…記憶が戻らなくても、貴女は私の可愛いセシルティアには変わりありません。だから、あまり気負わなくてもいいです。貴女は貴女らしくしていてくれさえすれば、それでいいんです…。それに、まだ子供なんですから…たくさん甘えてもいいです。たくさん泣いてもいいです。私は貴女のお母さんですから…全て受け止めてあげますから…ね…」
エイラシアはセシルティアの頭を撫でながら、一言一言、優しく言う。その一言一言にセシルティアへの愛を感じ、私の中でまた色んなものがパンクし、泣いた。
それからしばらくの間、歩行リハビリ⇒母の添い寝が続いた。
後からアウローラに聞いた話だが、顔を拭かれた時に涙の痕があったので、エイラシアに話しに行ったそうで…それでこんな流れになったとか…。
やっぱり、セシルティア、愛されてるなあ…、今のところ悪役令嬢の気配が一切ないよ。
そう思ってはいたが、ひと月程、経ったある日、公爵邸にあるお客様が訪れたことによって、私は重要なことに気付いたのだった。
~侍女日記~
おかしい…こんなはずじゃなかった…。
少し前までは、そっぽ向かれ、頼ってくれなかった、私の担当の子…。あの頃は私が着替えの世話をしようとしただけで、睨まれ…気付けば、私の手を借りるまでもなく、着替えを終わらせていた。
ある日…私がお嬢様の部屋の前を通ると…。
「…こ………う……‼あ~~~~~~~~~もう‼」という叫び声と共に、ガタンッを大きな音がした。それを聞いた私は慌てて部屋に入った。
「お嬢様‼大丈夫ですか⁉」
私は入った瞬間に後悔をした。目の前には中央の木製の支え部が折れ、くの字となって倒れているテーブル、辺りには散らばった木片と、お嬢様の日記帳と地図。そして、右脛部から軽く出血している、お嬢様がいた。
後悔したというのは、お嬢様がケガをしているのに、動けなかったから。
…だって、お嬢様の表情が普通ではなかったから。
悲しみ…怒り…呆れ…憔悴…慟哭…どの表情も当てはまるようではあったが、どれも含んだ…としか言えない表情。一体どうしたらそのような表情になるのだろう…。その表情のお嬢様に睨まれた私は、一瞬で動けなくなった。
…お嬢様が怖かった………。
声も出せなかった。
「……用がないなら出てって」
その言葉を聞いた私は魔法が解けたように動けるようになった。
「あ‼すいません…お嬢様…怪我の手当てを…」
「しなくていいから…」
「え、あ、では、こちらを片付けますね‼」
「余計なことはしなくていいから、出てって…」
私は一番近くに落ちていた日記帳に手を伸ばす。
「勝手に触るな‼」
「ひ…は…はい‼すいませんすいません」
私は何回も頭を下げ、そのまま部屋を後にする。
「………いや…ダメね…彼女に当たっては……私は…ふう…」
アウローラが去った後、セシルティアは深いため息を漏らす。
セシルティアは落ちている日記帳を拾い、パラパラとめくりだす。
そこへ、コンコンとノックする音。
「誰?」
「アウローラです。先ほどはすいません。ですが、足のケガをそのままにしても良くないので、こちらをお持ちしました」
ドアを少しだけ、開き、そこからトレイを部屋の中へ置いた。
「傷当てと濡れたタオルが入ってます。これで…」
アウローラが言っている途中で、ドアが完全に開かれた。反対側からセシルティアが開けたから。
「そんなとこで言ってないで、中へ入りなさい。それと、処置…してくれるんでしょう?」
「は…はいはい‼」
セシルティアは椅子に腰かけ、無言で怪我している方の足のドレスの裾を捲る。
アウローラは「失礼します」と言い、怪我の手当てをする。
終始無言のまま日記帳をパラパラめくっていたセシルティアであったが、アウローラが作業を終える、「終わりました、では失礼します」と頭を下げた時、ようやく口を開く。
「さっきは言い過ぎたわ。上手くいかないことが多くて気が立っていたの。ごめんなさい」
「あ、いえ、あ、だいじょう、ぶです」
謝罪されるとは思ってなかった、アウローラは最初、謝罪なのか、叱責なのか、他の何かの意味があるのか、すぐには理解できずに、しどろもどろな反応になっていた。
「貴女、大丈夫?そんなんで騎士として務まるの?」
「あ…え?」
アウローラの理解が追いつく前にセシルティアは話し続ける。
「そんなんじゃ、どこかで足元すくわれるわよ。常に警戒、臨機応変に立ち回れるようにしなくちゃ…もうすぐ建国祭があるでしょ?そこで私が人攫いに会いそうになったら助けてくれ…ない………と…」
「…………」
「…………」
「……あの…?」
「…………」
アウローラが急に黙り込み、また真剣な表情で何かを考えだしたセシルティアに声をかけるが、反応はなかった。
「……お嬢様?」
「…………」
「セシルティアお嬢様?」
「あ、ああ、ごめんなさい、ちょっと考えたいことが出来たから一人にしてくれる?」
「…はい、分かりました…」
アウローラは考え続けるセシルティアを置いて部屋を後にした。
私がセシルティアお嬢様と会ったのはこれが最後だった。
翌日、馬車で出掛けたセシルティアお嬢様はそのまま戻らず、行方が分からなくなった。そして、建国祭の日、お嬢様は帰ってきた。
………意識の戻らない状態で。
報せを聞いた私も部屋へ大急ぎで向かった。
奥方様が泣いていた。ベッドに横たわるセシルティアお嬢様にしがみつきなから、ずっと泣いていた。
周りの公爵様、司祭様、執事長、他の侍女達、そして、私は、その光景を固唾を呑んで見守ることしか出来なかった。
私は今日も愛らしく、愛くるしく、愛すべきである、愛おしいお嬢様の手を握っている。
「ん…くッ………んん…‼……ハァ…」
疲労で息が荒くなる、お嬢様のなんと可愛いことか。
「セシルティアお嬢様、もう一息です‼」
「…ふぅ…んん‼……ンー…ハァ…」
「よく出来ました。ちょっとずつ良くなっていってますよ」
「ハァ…ハッ…ハァ……フゥ……うん、ありがと」
(あーーーーーーーーーー可愛いすぎる‼‼‼)
今日もお嬢様の日課である、歩行練習に付き合っている。
目を覚まされた、お嬢様は常に一生懸命で、笑顔で、ひたむきに頑張っている。そして、まるで天使に取りつかれたかのように優しく素直。
あの頃の冷たく、ギスギスした感じのお嬢様は屋敷の中でも評判は悪かった。それに両親のことも冷たくあしらっていた。なので、快復した今でも、屋敷の中の者の中にはお嬢様のことを快く思っていないものもいる。
だから、何かあれば臨機応変に対応しないといけない。あの時、お嬢様が言った、助けて、という言葉。寝たきりになったお嬢様を見て、無力さを感じた、あの日。
(お嬢様は私が守ります)
私は強く決意した。