序章-3
「それではお嬢様、食堂で公爵様方がお待ちです」
この身体に慣れていないからか、もしくはしばらく寝たきりだったためか、覚束ない足取りで部屋を出ようとする。
実は、昨日も父の腕に抱かれ、屋敷を回ったので歩いていない。ようやく歩いたのは寝る前のほんの少しの距離だけだった。
なんとか部屋を出ることは出来たものの、壁に寄りかかららないともう立っていることもキツイ。
「お嬢様、大丈夫ですか⁉」
壁に寄りかかったのをみて、ようやくアウローラが調子が悪いことに気付いてくれた。
「申し訳ございません、配慮が足りておりませんでした、本日の朝食は部屋までお持ちしますので、もうお休みになってください…」
セシルティアの前に膝を付く、アウローラが懇願するようにこちらを見ていたのが、逆に申し訳なくなった。でも、このまま部屋に戻ると、待っている両親にも悪い気がした…。
母のエイラシアのことを思い出す。
このまま部屋に戻ったとしても、多分部屋まで猛ダッシュで来そうだよね…。
それはそれで…嬉しいものがあるけど…。
母のぬくもり、子供の頃じゃないとこれほど味わえないからね…。
でも、今の私はセシルティアであって、セシルティアじゃない…甘えてばかりでもいられない…だから…。
(というか、これは私の性格だな…)
「ん…」
アウローラに向かって負ぶって!と手を伸ばす。
「…お嬢様…?」
「アウローラさん…ううん、えっと…アウラ…食堂まで連れてってくれない?…ダメ?」
「……ええ、いいですよ‼」
アウローラは笑顔でセシルティアを腕に乗せるように抱き抱える。
「大丈夫…?重くない…?」
9歳の子供といっても、それなりに体重はあるだろう。昨日ルーファスはずっと持ってたけど…男性だったし…。
「大丈夫ですよ!羽毛のように軽いです。それに私は元々騎士団出身ですので、こう見えて鍛えてるんです!それに…お嬢様から頼られたのは初めてでしたので…嬉しくて…」
すごく嬉しそうなアウローラを見て、私も不思議と笑みが零れる。昨日から憂鬱な気分が続いていたが、さっそく心の拠り所が一つ、出来た気がした。
食堂に着いた際、アウローラに抱きかかえられているセシルティアを見て、母であるエイラシアはガタッと慌てて席を立ち、セシルティアに近づいた。
アウローラがお母様へ、まだ身体の調子が戻っていないため、と説明をしてくれた。
その説明を終え、私が降ろして、とお願いしたら、降ろしてくれた。
「お父様、お母様、おはようございます」
朝の挨拶は基本‼そう思い、軽く会釈もする。
頭を起こすと、すぐ前に立っていたエイラシアが狐につままれたような表情をしていた。また、テーブルの奥にいるルーファスも分かりにくいが、驚きでか、少しだけ表情が変わり、目を見開いている。
「ああ、セシア…昔みたいに…そのように…」
(ふえ…?)
急に泣きながらエイラシアに抱きしめられたので、どうしていいか分からなくなった。
(昔って…?え、いつもしてなかったの?)
セシルティアの幼少期は知らない。
でも、悪役令嬢と化していくのは学園にヒロインが入る辺りからだと思ってたけど、幼少期から悪役令嬢の兆しがあったのだったとしたら…。
(セシルティアの幼少期…調べないと…)
でも、今は、この状況をどうしたら…。
「えっと、お母様…?食事が冷めちゃいますよ…?」
「あ…ええ、そうね、ごめんなさい」
エイラシアはそう言うと、セシルティアのことを抱きかかえ、執事の一人に目配せをし、セシルティアの席の椅子を引かせた。そこにセシルティアの降ろす。
降ろされた際、ほっぺにキスをされ、頭を撫でられた。
一瞬ポカーンとしてしまった。
(ほわわ…多分そういう文化なんだし、慣れていかないと…)
「はい、じゃあ食事にしましょう」
無人島や異国に行った際、一番困るのが食…。日頃から良いものを食べていると、食事が合わなく辛い。という話をよく聞き、確かに味付けとか慣れてしまったら…などと思っていたが、全然そんなことはなかった。
青色の見たことない草‼何か分からないスープ‼何のか分からないお肉‼が出てきたが、綺麗に盛り付けられており、見た目で嫌悪することもなく、味もめちゃくちゃ美味しい!
(…これ、日頃から、良いものを全然食べていない証拠なのでは…)
ただ、食べながら、時々、ルーファスと目が合う…。それが若干居たたまれない。何か言いたそうだけど、言ってくれない。
エイラシアの方に助けて、と視線を向けても、こちらに気付いたらエイラシアは笑顔を向けてくるだけだった。
食事をとって、自分がどれだけ空腹だったか分かる。食べた瞬間から、一気に空腹が襲ってきた。
(だから、足にも力入らないのかな…あと、寝たきりだったし…)
そういえば、セシルティアが何日寝込んでいたのか、私はまだ知らなかった。
(後からアウローラに聞いてみよ)
などと考えているうちに、出ているものはだいたい食べ終え、残るは…これ…‼パン‼よく見かけるバターロールみたいなやつ‼
(これ、どうやって食べたらいいんだろう…)
サラダ系はちゃんとフォーク使ったし、スープはスプーンで飲んだし、お肉も予め切られてたから、フォークでいけたけど………パンって…手だよね…?
しばらく、パンと睨めっこしたが、考えが浮かばない…。ルーファスとエイラシアのテーブルにも同じパンがあるが、二人ともそちらにまだ手を付けていない。というより、二人は私のことを見ながら食べてるから時間がかかってるとしか…。
「…セシルティア」
「…え…あ、はいッ‼」
急にルーファスに呼ばれたので学校で話を聞いてなく、不意に当てられた子みたいになっちゃったよ…。
「まだ子供なんだから、そんなに気にせず、遠慮せず食べていいんだよ…」
「あ…」
彼はさっきから、私がフォークやスプーンで気にしながら食べてたのが気になっていたのか…。
「うん!」
私はそのまま、手でパンを掴み、被りついた。
小麦の焼けた香りとバターの香りが鼻をつく。また、噛んだ際の食感と口の中での食感が違い、初めは少し固めだが、口の中ではとろけるように広がっていく。
「美味しい…」
その様子を見て、ルーファスとエイラシアは微笑む。
(愛されてるんだなぁ…)
ルーファスとエイラシアの言動と行動で、それはもうはっきりと分かる。
二人の愛をしっかりと感じると、逆に罪悪感が芽生える。
(ごめんね…セシルティア…私が悪役令嬢にしたばっかりに…)
ふと、そのことが頭をよぎった。
彼女は必ず…死ぬ…。
さっきまで感じていたパンの美味しさが若干分からなくなったが、ちゃんと伝えなきゃと思い、言葉を出す。
「すっごく…美味しい…」
ルーファスとエイラシアは二人とも、慌てて席を立ち、セシルティアの元へ駆け寄った。そして、そのままエイラシアに抱きしめられる。
「大丈夫よ、大丈夫…大丈夫…」
エイラシアは大丈夫としか言わなかったが、すごく優しく抱きしめてくれた。
(あれ…私何かしたっけ…?)
ルーファスは何も言わなかったが、エイラシアとセシルティアをそのまま抱きしめる。
(何だろう急に…あっ…)
鼻が詰まった感覚が出てきて、ようやく気付いた。
私、めちゃくちゃ泣いてるんだ…。
今なら…言えるかも…。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさあああああああい」
泣きじゃくる子供みたいに泣いて謝った。
でも、これが本心からの謝罪…。
私のせいで、セシルティアを不幸にしてしまって…という心からの謝罪。