序章-1
「貴女のことが好きです!交際してください!」
「嫌です‼」
このやり取りを聞いてか、周囲にいたギャラリー達がいつものように騒ぎ始める。
「お、またやってんのか~」
「なになに、また第二王子殿下が?」
「セシルティア公爵令嬢もこれで何回目だ?」
あああああああ、なんだよ、なんだよ、またかよ、またなのかよ…なんで、こいつは何回断っても私のとこに来んだよ。
頭も大してよくない…いや、大してというか、お話にならんレベルだし、魔法も使えない、武器も扱えないし、ダンスも踊れない。それにこいつには関わらないように避けて避けて避け続けてきたのに、これか…。
やっぱり見た目か…?見た目がいいからなのか?容姿だけは自信がある。鏡の前で初めて見たときはかなり驚いた。人間とエルフのハーフで、容姿端麗、綺麗なブロンドヘアーに耳がちょっと尖っていて、そして何より美形。まあ…ちょっと整いすぎてるとこもあるけど…。
そう思い、視線を下に落とす。
ちょっと、私が知ってるエルフって、もっとこう、バイーンって感じなイメージがあったんだけど、こう…ね…。シュっと…。
ああ、それはさておき、こいつがまた告白してきたのは、私に対する好意は…そう思い、彼の頭上にある数字に視線を向ける。
『20%』
うん、やっぱり家柄か。
どう見たって、好意ではない。
南の地方を守護する公爵家のご令嬢。後ろ盾としては申し分ない。それに聖女の称号を与えられた私ならば、王位継承の際、優位に立てるとか、多分そんなんなんだろう。誰の入れ知恵なんだか…。
ま、王妃の指示とかって感じなんだろうな~。
「では、私はこれで…」
騒がしくなってきたので、第二王子に頭を下げ、早々にその場を後にしようとしたが、不意に手を掴まれる。
「待った、私の何が問題だ⁉」
え、そういうとこが一番問題だと思いますけど…。
「以前は他に好きな人がいると言っていたが、先日、周囲の者から、そのようなものはいない、という話を聞いたぞ」
うああああああああああああ、めんどくせー。そう、以前対処したとき、とりあえず、その場しのぎでそう言った。その前は「父上みたいな」とか「学業に専念したい」とか言ってやり過ごしてた。
っていうか、周囲の者って誰よ⁉そんな話した覚えが…。
あ…、あったわ…。
前回告白されたあと、話を聞いたその手の話が大好きなご令嬢達に囲まれて、「そのような者はいません」って言ったんだった…。
くうぅ…私のバカ…。
「私なら、そなたの望むものを与えてやれる、どうだ⁉」
それはなんとも魅力的な……っていうか、さっきからこいつ、強く手握りすぎなんだけど。
「ッ…殿下…痛いです」
それを聞いて、第二王子殿下はパッと手を放す。
「すまない…」
ものすっごく申し訳なさそうな表情を浮かべてと言った。
こいつ、一応こんな表情もできるんだ…、あ、そうだ、とりあえず、これで行こう。なんか罪悪感に付けこむようで悪い気はするけど、それよりも大事なことがある。
「私、乱暴にする人は嫌いです。それに注目も浴びるのも好きではありません」
うん、我ながら、完璧。
「それでは失礼致します。アルフィオス王子殿下」
そう言い残し、セシルティアは再度頭を下げ、その場を去っていった。
周囲のギャラリー達も異様に静まり返っていた。
「名前すら覚えてもらえてないなんて……アルフォンスなんだけどな…ほんと、そういうとこなんだよなあ…」
私は彼の頭上に見える数値が『25%』に上がっていることには気付いていなかった。
いやーこれで何回目だ、ほんとに、あいつ、しつこいなあ…。
第二王子、眉目秀麗で成績も優秀。剣の腕も良い。実質、次期皇帝とまで言われているから、家柄は完璧。玉の輿を狙いご令嬢には大人気の物件。
とまあ、聞こえはいいが、その後のドッロドロの争いが待っているだろうことは容易に想像できる。だって、そういう作品をたくさん見てきたから。
「はあ…望むものかぁ…本当に望んでるものが貰えるなら欲しいよ…」
そう、私には欲しいものがある。
「ハッピーエンドが欲しい」
うん、欲しいものと言われれば間違いなく、それ。
「ふふ、一人で、馬鹿だな私は………死にたくないなぁ……」
一人で小さく笑い、小さく呟いた。
私は夢を見ていた。
ふかふか…というより、ふわふわの雲の上で寝転んでいた。なんて心地よい感触なんだろう。直前まで、何かに没頭していたのも忘れるような…。
しばらくして、何かに腕を引っ張られたのを感じたと思うと、雲の上から落ちていた。
「ああああああー‼」
ゴスンッという音が鳴り響く。
「ああああああ痛ったーーーーい‼‼‼」
頭に激痛が走り、私は目を覚ました。
どうやらベッドから落ちて頭を打ち付けたようだ。
横には見慣れないベッドが見える。
(あれ、私の家にこんなベッドは…)
そう思い、私は辺りを見渡すと、そこは全く見知らぬ部屋だった。それに私の借りているアパートよりもだだっ広く、置いてある家具なども豪華だった。
「お嬢様、失礼します!」
という声と同時にドアが勢いよく開く。
中に入ってきたのは、メイド服を着た女性だった。
もちろん、見たことない人…というか、外人さんかな?というのが印象。
床に座り込んでいた私と目があった。
「あ…えっと…」
「お嬢様‼お目覚めになられたのですね‼」
(おじょうさま…?)
明らかに私の方を見て言ってるよね…。
メイドさんはすぐにドアから出て、大きな声を出す。
「セシルティアお嬢様がお目覚めになられましたー!」
未だ困惑している私の元へ、メイドさんが近寄ってくる。
「お嬢様、本当に心配しましたよ…」
そっと、手を差し伸べられ、メイドさんは私の手を取る。
私はそこでようやく気付いた。
(あれ、私、手…ちっちゃ…)
「お嬢様…?」
困惑したまま、私はただ呆然とメイドさんが握っている私自身の手を見ていた。
「お嬢様?」
「あ、えっと…」
「もしかして…私のこと、分かりませんか…?」
私にはこんな西洋美人メイドさんの知り合いはいない。ただ、手が小さくなっているのに気付いたあと、体も小さくなっていることに気付き、声が出せなかった。そのため、コクンと首を縦に振る。
「そんな…お嬢様…」
メイドさんが開けたままの扉から、渋い雰囲気のする白髪の男性と綺麗な金髪の美人さんが入ってきた。
え、っていうか美人さん、エルフのコスプレ?耳尖ってるけど…。
でも、そんなコスプレのような雰囲気ではなく、何と言うか、髪も耳も…あと大きな胸も自前って感じがした。あとイメージと違い、服装が西洋ドレス?のようなものだったのもそれに拍車をかける。
「セシア‼」
がばっと、その金髪エルフさんに抱きしめられた。
(…セシア?私のこと?)
「ああ、良かった、本当に良かった…」
金髪エルフさんは涙ぐみながら、私を強く抱きしめる。
「あの…奥様…お嬢様は…その…」
何が何だか分からない私の表情を察したのか、先ほどのメイドの声を出すが、金髪エルフさんの様子を見て、言い淀んでいるようだ。
それに気付いた金髪エルフさんは私の肩を掴み、目を合わせてくる。
「セシア…私のこと…分かるよね?」
分からない。
でも、首を横に振ることが出来なかった。
肩を掴んでいた手が震えていたから。
それに、今にも泣き出しそうな表情をしていたから。
しばらく返事が出来なかったのを察し、肩を掴んでいた手が崩れ落ちた。
「そんな…」
その場で金髪エルフさんは泣き崩れた。
横にいた白髪の男性は私と金髪エルフさんを抱きしめる。
その困惑したままの状態で周りを見渡すと、ちょうど姿鏡が見えた。
そこには金髪エルフさんに抱きしめられた金髪の幼い子が見える…。
ああ…やっぱり…。
(もう…私も泣きたい…)