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「おーい、梅原! ちょっと、来てくれ。……一匹、捕まえたぜ」
創立以来──といってもまだ二年しか経っていなかったが──資金が底を突く直前当てたゲームのおかげで首を繋いだソフト会社の狭い一郭で、プログラマの吉村が叫んだ。
「一匹ぃ?」
夜食の揚げパンを頬張りながら、ここ一週間家に帰っていない梅原が、ぼさぼさになった髪を掻きながらぼやいた。
「また出たわけ、バグ?」うんざりした表情だ。「採っても採っても、わいてくるなぁ」
発売納期が一週間後と迫った新作ゲームのバグを思い、梅原は身体の芯が痺れるような疲労感を感じた。
「いや、そうじゃないんだ!」
自らも泊りがけの日々が続いている、吉村が答えた。
「ソフトのバグはないようだ。おれと安本で三回クロスチェックしたから、いたとしても、ユーザー先じゃ出てこないだろう。すぐにはな」
「じゃ、なんですか?」と梅原。「こちとら、クタクタなんですよ!」
「ネット入ってたら、向こうから勝手に飛び込んできたんだよ」と吉村。「だから、〔キャッチ22〕が捕まえた。調べてみると、妙な構造してるのがわかった」
〔キャッチ22〕というのは、その会社で最初に販売したコンピュータ・ウィルス捕獲ソフトの名称だ。ゲームが当たったおかげで、ここのところ売り上げも伸びている。メインの製作者は吉村。だから梅原は、なんだ自慢話がしたいのか? と内心舌打ちした。
「やってきた先は、北米の大学か軍事研究所らしいな」梅原の心中をよそに、吉村は続けた。「不思議なことに、どんどん小さくなっていくんだ」
「小さくって、それヤバくないんですか? 実は逃げてて、会社のコンピュータに感染してた、なんてのは笑い話にもなりませんよ」
「こいつが、もしそんなに高度なウィルスなら、もう間に合わんだろうさ」平然と吉村。「実は、最初にヘンな動きを見せたとき、消去コマンドは実行したんだ。だが、すぐに復帰した。で、こりゃなんだと思って内部構造を調べたところ、プログラム自体が1/3くらい短くなってた。もともと三〇〇行くらいのショート・プログラムだったけどな。だが、動作確認プログラムでつついてやると、全行あったときと同じ応答を返した。……梅原は、どう思う?」
「さあね。……でも、本当に残りの部分を逃がしたんじゃないんでしょうね。ディスクの他の部分に」
「ないと思うよ。……それに、こいつが来たときヤバいと思ったんで、すぐにネット用のケーブル抜いたから…… いまパソコンはクローズドだ!」
「それでも、本体のハードディスクに逃げた可能性はありますね」
「〔キャッチ22〕の最終バグ取りしたのは、梅原、おまえだぜ! 自分の手際に自信がないわけじゃあるまい?」
「うーん。でも、仮に吉村さんの言った通りだとすると、ウィルス本体の残り、どこいっちゃんたんでしょうね?」
「それがわかれば話は終わってるよ」
確かに、それがわかれば話は終わっていたのだ。