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「船長、レーダーが反応しています」

 無線通信士のレイドローが告げた。

「距離は二光年くらい先ですが、ありゃ、大きいな、この障害物。一光秒くらいありますよ、幅が」

「おう、わかった。すぐに行く」

 寝込みを襲われてわずかにうめいてから、金属採鉱船ナージャⅢ世号の船長、ジュリアス・アルトマンはいった。薄くなった髪を手櫛で丁寧に撫でつけ、ガウンを羽織ると、足早にブリッジに向かう。

「おはようございます」

 ブリッジ後方の扉からアルトマンが現れると、レイドローはいった。

「済みませんね、起こしてしまって」

「状況は?」

 右掌を振って〔そんなことは気にするな〕のジェスチャーをすると、アルトマンは尋ねた。自分用の椅子(別名玉座)に腰掛ける。

「変わりませんね。いまだ船の進行コースに鎮座してます」

「映像は出るか?」

「やってみましょう」

 レイドローが種々の装置が並ぶ制御卓上のコントローラを調整すると、ブリッジ正面中央のモニタスクリーンに当該物体の映像が映し出された。

「これじゃわからんな」アルトマンがいった。

 モニタにあったのは闇ばかりだった。じっと目を凝らしても、そこに何かいるのかどうか、はっきりしない。

「解像度と色の調整を頼む」

 アルトマンがいい終わる前に、輝度調整された画像がモニタに映し出された。

「なんだこりゃ、生き物か?」

 映し出されたのは、緑色のぐちゃぐちゃしたモノだった。もっとも、それはモニタの色調整のためで、実際は限りなく黒に近いのだろうと、アルトマンは思った。

「はじめて見るが、避けた方がいいだろうな」ぼそりとアルトマンが呟いた。「航宙局のデータバンクに資料があればいいが?」

「いま問い合わせています」レイドローが応えた。

 タイムラグのない内部空間通信が最寄りの中継ステーションに情報を乞った。

「解答件数は約二万件ありましたが、二次検索でゼロになりました」レイドローが答えた。「たぶん、大きすぎるんです」

「大きさを無視すると、似たやつはいるのか?」

「いくつかありますね。一番近そうなのが蠍座δの二番惑星にいる捕食生物ですね。……ええと、これ、なんて発音するんだろう? チャマカリッ、ですかね?」

「チャマカリッ? 聞いたことないな?」アルトマンが首をひねった。「そいつの特徴は?」

「かなり原始的な生物ですね。地球でいえば魚の前くらいで、形状は不定形。その理由は、棲んでいるのが油の海の底だからですかね。神経軸索はありますが、知性はない。餌はその惑星のプランクトンみたいなものです。大きさは、最大のもので三メートル」

「十万かける一〇〇〇倍もでかいぞ!」

「わたしに質問されてもねぇ。……回避しますか?」

「そうしよう。……君子、危うきに近寄らず、だ」

「回避方法は?」

「エネルギー的に無駄の少ない方法が望ましいな」アルトマンが考え込む。「ぐるっとまわってみるか?」

「ISTエンジンで跳躍した方が安全だと思いますが……」

「そうだな。……では、眠っている連中を起こそう」

「わかりました」

 数分後、金属採鉱船ナージャⅢ世号の残り三名の乗組員、一等航宙士のハインズ、二等航宙士兼プラントエンジニアのヒル、機関士のササキがブリッジに集合した。

「なるほど。こりゃ、はじめてお目にかかりますね」ヒルがいった。ハインズに向かい、「うまくやり過ごせるかい?」

「ま、問題ないね。オンボロ宇宙船の操縦は任せなさい」

「ちゃちゃが入んなきゃいいけどね」ササキがいった。

「どこから?」とハインズ。

「それはもちろん……」

「船長、航宙局のステーション567(ミロク)から通信です」とレイドローが告げた。

 ササキが答える前に、答えの方が先にやってきたようだった。

「読んでくれ」とアルトマン。

「『貴船の安全運行を損なわぬ範囲で、当該物体の詳細情報を収集せよ』 ……航宙局の連中、産業用航宙船条例持ってきましたよ」

「まいったな」アルトマンがぼやく。「無視すると、営業停止喰らうし…… どうするかな」

「レイドロー、事例は?」とヒル。「どこまで調べりゃ、いいことになってるわけ?」

「いろいろですね」レイドローが答えた。

 条例に関わった産業用宇宙船の事例を検索する。

「中には近づきすぎて破壊されたヤツもあります。例のリッケンバッカー事件のソロモン・イカの件ですね」

「でも、偵察艇くらいは飛ばしとかないと、まずいんじゃないかしら?」とササキ。「船外修理用の無人ポッドなら、予備が一台ありますが…… そいつを目標生物に近づけて、こちらが跳躍するまでデータを採取すれば、文句は言われないと思いますけど」

「みすみすポッドを無駄にするのもなぁ」と、気乗り薄げにアルトマン。「ま、それが一番安全だろうな。……レイドロー、〔僧侶〕は何ていってる?」

「可能性のパーセントが未知なので、条件を絞ってくれなければ答えられない、といってます」

「統合コンピュータに〔僧侶〕なんて名前つけたの、間違いだったんじゃありません?」とヒル。「いっつも禅問答になっちまう」

「質問の仕方が難しいからね」ハインズがいった。アルトマンに向かい。「決断してください。じっとしていると、余計危機に陥りますよ」

 モニタを指差し、

「敵さん、ナージャ号に気づいたようですから」

 一等航宙士の言葉に、全員が中央モニタに向き直った。緑色の不定形が蠢いていた。確かに、こちらに近づいてきているように見える。

「わかった」と、ようやくアルトマンが決断を下した。「ササキの案を採用しよう。……ササキ、ということで準備を頼む」

「わかりました」

「それから、レイドロー、中継ステーションにはその旨送信してくれ。ヒルは〔僧侶〕に、こういう状況でのポッドの破損に保険が効くかどうか、少なくともこっちに賠償責任が生じないかどうか、判例を調べさせてくれないか? ……それから、ハインズ、ISTエンジンの用意を頼む」

「えー、おれがやるんですか?」

「OK、船長」

 ヒルとハインズがそれぞれ答えた。

「準備出来次第、作戦開始だ!」

 すべての準備が整うまで五分とはかからなかった。が、それにも関わらず、緑のぐにゃぐにゃはすでにナージャⅢ世号から〇・七光年の距離にまで近づいていた。

「第三ポッド、射出します」ササキがいった。「中継データはISTコンパクト化して〔僧侶〕の空きメモリに転送します」

「ISTエンジン、始動開始。いつでも跳躍できます」とハインズ。

「了解。……ヤバそうになったら、すぐに跳躍ぼう!」

 アルトマンがいって、全員が気持ちを引き締めた。ただし、ヒルはいまだ〔僧侶〕の論理回路と格闘していたが……

 その状態での航宙三分後、記録上AO―g1(アモルファス・オブジェクト、緑一号。ただし、実際は緑色ではない)と名づけられた生物体が奇妙な動きを見せはじめた。ヌメヌメと触手らしきモノを延ばすと、手前の空間を探ったのだ。と、触手の先にぽっかりとした穴(口?)が現れ、空間を吸った。吸われた空間は筋ができたように見えた。とたんに、それが収縮し(たように見え)、隣接する空間を引き寄せた。もちろん、その空間の先に当たる部分にのっていたナージャⅢ世号も、凄まじい勢いで引きつけられた。

 ガクン!

「あいつ、空間を喰ってるのか?」

 なんとかその衝撃から船を立ち直らせると、ハインズが叫んだ。「船長!」

「わかった! ただちに跳躍だ」

 アルトマンが叫び、一瞬後、ナージャⅢ世号は仮想内部空間内に跳躍した。

「ふう、危ないところでしたね」

 跳躍の際、制御卓にガツンと頭をぶつけたヒルがいった。

「なんなんだ、あいつ?」

「ポッドからの通信は途絶えました」とササキ。「でもまあ、これで怪物からは逃れられたわね」

 ふうと胸を撫ぜ下ろす。

「跳躍前に航宙局から、要約『そんなんじゃ、いかん!』という通信が入りましたが、途中で途切れました」

 レイドローがいって、肩を竦めた。

「まったく、やっこさんたちは机の上の仕事だから、いいよな」

 口調が呆れ返っている。

「だが、危険は去ったわけはないようだぜ」ハインズがいった。「やっこさん、こっちの後ろにピッタリついてる」

「え?」と叫んで、レイドローが中央モニタをIST移動用に切り替えた。船の後方をズームする。「ありゃ化けモンだな、本当に」

「距離はどれくらいだ?」とアルトマン。

「IST推定で二十光年くらいですね」レイドローが答えた。「でも、知っての通り、内部空間内には距離がないですから」

「まいったな」とアルトマン。「やつは、この船の何が欲しいんだろう? 蠍座の類似体は知能がないんだったよな? ……とすると、われわれは餌か? やつにはナージャがプランクトンに見えるのか!」

 いって、頭を抱えた。すると、ササキがポンと手を打って、

「船長。さっきハインズが思わず口走ってましたけど……」と叫んだ。

「ああ、空間を食ってるってやつだろ」

 ヒルがササキを先まわりして、いった。

「おれにも、そんな風に見えましたよ」

「先に答えとくけど、〔僧侶〕は『データが不足してるから、わからん』って、いってるよ」とレイドロー。「でも、空間が、というよりISTまで追ってきたなら時空か? やつの目的は船そのものではないってことになりませんか?」

「それ、正解かもしれないわね」とササキ。「ひょっとすると、IST場が美味しいのかも? 最初はナージャの通常駆動の放射磁場かなんかに惹かれてたんだけど、もっと美味しそうなモノが目の前に現れた」

「といって、駆動を抜ければ」とハインズがいった。「通常空間でその辺りの時空と一緒に喰われちまうかもしれない。……船長、どう逃げます?」

「囮を使ってみるしかないだろうな」と、覚悟を決めてアルトマンがいった。「ここの状況と会話、ちゃんと記録されてるんだろうなぁ。積み荷を捨てて逃げるとなると、保険会社が黙っちゃいないし…… レイドロー、やつとの距離は?」

「縮んでますね。もう五仮想光年しかありません」

「では、決断を下すか!」

 アルトマンはいくらか真剣な表情でいった。

「ナージャの質量比からすると、金属保管庫は船の本体よりも大きい。しかも、独立して駆動可能だ。また、追ってくる化け物は、どうやら味付けされた時空が好物らしい。とすると、結論はひとつだな。ナージャ本体から金属保管庫を切り離し、それをISTエンジンで走らせる。できれば虚無の方向にな。同時に、われわれの乗ったナージャ本体はISTを解き、通常空間に跳躍する。すると、知性のない食い意地の張った化け物は、金属保管庫というか、その質量を飲み込むISTで味付けされた時空を喰おうと、そちらの方を追いかける――はずだ。で、結果、われわれは助かる。……何か質問は?」

「本船の駆動装置だけでは航宙に限界がありますが」とハインズ。「どこの通常空間を目指すんですか? ……宇宙の孤児になったら、たまりませんからね」

「最寄りの中継ステーションから、自力航宙で二日くらいのところがいいんじゃないか?」アルトマンが答えた。「いきなり事情聴取じゃ、言い訳を練れないからな。……と、ここの部分、記録まずいかな。とにかく、もし失敗した場合のことを考えると、中継ステーションから近すぎる位置はまずいと、おれは考える」

「そうですね、緊急の判断としては申し分ないでしょう」とヒル。

「でも、それにしても急いだ方がいいですよ。やっこさん、三仮想光年まで近づいてます」とハインズ。

「金属保管庫の切り離し、およびISTエンジンの暖機、完了!」ササキがいった。「いつでも行けます」

「切り離しの方向はどうしましょう?」ハインズが訊いた。

「ベクトル的にナージャ本体と正反対にしよう」アルトマンが答えた。「では、十秒後に作戦開始。……成功を祈る!」

 アルトマンたちの行動を察したのかどうか、AO―g1が突如凄まじい勢いでナージャⅢ世号に接近しはじめた。

 その直後、後に『ナージャ回避』として多くの宇宙船乗りたちに記憶される回避行動が開始された。


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