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「はい、こっち向いて(カシャ)。いいよ、笑って(カシャ)。今度は、そう右手を上に上げて、左手を腰に(カシャ)。そうそう、いい感じ(カシャ)。じゃ、チョットなまめかしくしてみよう(カシャ)。おいおい、どうしてそこで笑うのさ(カシャ)。ま、その顔もいいけどね(カシャ)。はい、今度はもっと気持ちを引き締めて(カシャ)。いままでで一番気持ちよかったことを思い出してごらん(カシャ)……」
新人モデルを使った写真撮影は約一時間続いた。
「楠本さん、お疲れ様です」斉木はいった。
それまでのスタジオと写真家とモデルのやりとりに、ちょっとぼおっとしてしまっていた。ライトは熱く、スタイリストが動いては衣装が変わり、メイクアップ・アーティストが動いてはモデルの表情が変貌した。もちろん背景も当該担当者の指示によって目まぐるしく変わっている。
「退屈したでしょう? 入れ込んでしまうと、どうも他のことが見えなくなってしまって」
楠本がいうと、
「いえいえ、滅相もない」斉木は答えた。「で、どうでした、使い勝手は?」
本来の目的について質問した。
「正直言って、良くも悪くもない。でも、ま、使いにくいといったことはありませんでした。重さもちょうどいいし。でも、カメラマンによっては、軽い印象を与えるかもしれませんね」
「はあ、では一応及第点をいただいたと思ってよろしいんですね」
「使い勝手に関しては、ですね。……あと、光線の入り方がちょっと気になったかな」
「とにかく、モニタで見てみましょう」
楠本の手から開発中の新型デジタルカメラを受け取ると、斉木はいった。スタジオの隅の方に設置してあるパソコンにカメラを繋ぐ。わずかの間の後、たったいま撮影したばかりのスチル写真がサムネイルとしてディスプレイ上に表示された。
「フィルムを替えなくていいところが、逆にリズムを壊す感じもしますが…… 人によるでしょう。いまのところメモリは?」
「フィルム約百本分です。ですが、重さを替えずにまだ増やせますよ」
「ふうん、詳しいことはわかりませんが、技術は進歩しているんでしょうね。……えっと、そうだな、とりあえずこの三枚を見せてください」
ディスプレイにところ狭しと並べられたサムネイルのいくつかを指差すと楠本はいった。すぐに斉木が当該写真をクリックする。今回現場に持ってきた21インチのディスプレイ全体に最初の写真が映し出された。
「プリントアウトもしますか?」
「そうですね」楠本は画像に目を凝らしている。「お願いします」
「大きさは、今回持ってきた器材ではA3が最大なんですが……」
「では、それで」
斉木が印刷フォームを決めてOKボタンをクリックした。
「すいません、二分待ってください」
高解像度のヴィデオプリンタがのろのろと動きはじめた。わずかな沈黙が、スタジオの片づけと事後処理にあたるスタッフたちの喧騒を浮かび上がらせる。
「うん、この画質なら、いけるでしょう」
プリントアウトされた画像を見て、楠本は断言した。
「残りの二枚もお願いします」
「わかりました」
いって、斉木は二枚分の印刷設定を済ませた。
「画素数はどれくらいですかね? 昔はドットの荒さが気になったものですが……」
印刷を待つ間、楠本が雑談をはじめた。
「さぞかし張るんでしょうね、値段は?」
「聞かない方がいいと思いますよ」斉木が答えた。「いまのところ、指二本では買えません」
その後の作業と打ち合わせは順調に進み、新型のデジタルカメラは楠本のスタッフの手に委ねられた。
楠本から斉木に連絡が入ったのは翌々日のことだった。
「すいません、呼んでおきながらお待たせして」
約束のショットバーに二十分遅れて現れると、楠本はいった。
「いいえ。……で、何か問題が起こったんですか?」
とりあえず、それぞれが注文した飲み物で唇を湿らせると、斉木はいった。
「あのカメラの電子系の基本設計はわたしがすべてやっていますから、どうぞ忌憚ないご意見を」
すると、わずかに間を置いてから、
「出たんですよ」楠本がいった。
「え?」
「正確には、出たというよりも写っていたというべきなんでしょうが…… 幽霊ですよ」
「はあ」
「もっともこれは、斉木さんの設計とは無関係だと思いますが…… でもまあ、知らせておいた方が、後でヘンな噂が立つよりいいと思ったもので…… 六枚ありました。少なくとも、はっきりしているのはね。モデルの鈴木美也子に重なるように、白いものが写っていたんですよ」
いうと、楠本はジャケットの内ポケットから数葉の写真を取り出した。
「ま、現物を見てください」
「確かに、何かいますね」
写真をためつすがめつしながら、斉木は答えた。
「でしょう? ……うちのスタッフなんか。もう怖がってしまって」
「顔らしきものもありますね?」
「ええ、それが……似てるでしょう?」
「似てる?」
「モデルにですよ。だから、もしかしたら光の加減かなんかで受光部の機能が阻害されたのかもしれないと考えまして…… あるいはメカのトラブルとか?」
「通常のカメラの場合……」
確かにモデルに似ている、と思いながら斉木はいった。
「そういうことって起こるんですか?」
「わたしの経験では、なかったですね。もっとも、そんなのばっかり撮ってる知り合いもいますが」
そのとき、斉木はあることに気がついた。
「この、写真の下の番号は、撮った順ですよね?」
楠本が首肯くのを確認してから、斉木は写真をその順番に並べ替えた。
「モデルの、ええと、鈴木美也子さんでしたっけ、写っているこの白い幽霊の表情、美也子さんとは違いますね」
いって、写真を楠本に向けた。
「ええ、そのようです」
「とすると、CCDのいたずらじゃないですよ。二重露光の可能性は消せませんが、こちらでテストした段階では、そんなこと一度も起こりませんでしたし……」
腕を組んで考える。
「何か、言おうとしているのかな?」
手にした写真を順に眺めながら、斉木が呟いた。
「でも、まさか、なぁ」
斉木の頭にそのとき何かが去来した。が、それは捕まえる前に、頭の中から去っていってしまった。
「とにかく、原因は調べてみましょう」
しばらくしてから、斉木はいった。
「あとでメモリカードを送ってください」
「わかりました、手配しましょう」
いって、楠本がちょっと困ったなという表情を斉木に見せた。
「とにかく、何か結論が出ないとスタッフが落着かなくて。……それから、その写真は持っていっていただいて構いません」