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最初に反応したのはレーダーではなく重力波検波器だった。
「ありゃぁ、こいつ本当にちゃんと動いてんのかな?」
たまたまN天文台に当該装置の点検整備に来ていた、佐竹がぼやいた。
「スイッチ入れてすぐ、これだもんなぁ」
口を尖らして天を仰ぐ。
「佐竹ちゃん、どした?」
一般研究員の宮原が、佐竹のぼやきを聞きとがめて、いった。
「まだ直んないの?」
「元々、壊れてたんじゃないんですがね」
「機嫌、悪いんじゃない……、装置の」
「さあ、どうですか? 宮原さんは、このパタンどう思います」
「どれどれ?」
宮原がパソコンのディスプレイを覗き込んだ。検波器の本体は地下の振動防止室に安置されている。その点検は、その日の午前中、すでに佐竹が済ませていた。といっても、直接コイルや釣り下げられた巨大な鉄球を点検したのではなく、装置を使っての動作確認をしただけだった。佐竹がメカ系の門外漢だったからだ。
「こないだの地震以来、妙に敏感になったような気がしてね」
あまり広いとはいえない、当該装置のモニタリング室に置かれたパソコンのディスプレイに映る波形を追いかけながら、宮原はいった。
「天文台が建ってる土台、そう固くないから。……方向は、どう見るんだっけ?」
宮原が訊くと、佐竹がマウスをもらって、ツールバーのひとつをクリックした。
「蠍座の方ですね」
「距離は、ええと、約600光年。……じゃ、蠍座、どんぴしゃか!」
「そこで、重力異常?」
「検波器が正しいとするとね。600年前に。パタンからすると、月か惑星が壊れちまったようだなぁ。ロシュ限界内に近づいて」
「そんなこと、わかるんですか?」
佐竹がいうと、宮原が別のパソコンに手を伸ばしてマウスを弾き、スリープを解いた。
「院生に、似たような計算問題やらせていてね。練習用だけど、いくつかの惑星間配置がシミュレートできるソフト組ませたわけ」
いいながら、宮原はソフトを立ち上げた。
「で、初期値の設定がいろいろできるもんだから、惑星と月の距離を少し近づけてみたとき、同じようなパタンが見えた」
佐竹が目を凝らすと、なるほど先ほど検波器が捕らえ、何回か繰り返しているのと同様なパタンが、ディスプレイ上に映し出されていた。
「じゃ、」と佐竹。「やっぱり、検波器、壊れてるんですかね?」
表情に失望は隠せない。
「こんなこと、普通じゃ、起こりませんからね。どんな場合に可能性あります?」
「ぼくがもっと頭よければ、別の理由考えつけるかもしれないけど、空間が突然消えた場合、としかいえないね」
「そうですか?」
いうと、佐竹は帰り支度をはじめた。
「おいおい、修理すのどうすんの?」
佐竹の後ろ姿に宮原の声が跳ぶ。
「わたしじゃ駄目みたいですから、電話して応援呼びます。……ここ、携帯は大丈夫ですか?」
「と、思うけど、工房の連中が何か作ってるかもしれないから、カード電話の方が安全かな?」
「わかりました」
佐竹が本社に連絡し、事態を告げしばらくしてから、各国の天文台間で相互に激しくE―mailが飛び交った。
重力波検波器は正常に作動していたのだ。その蠍座星圏重力波異常は、佐竹の装置調整ミスに起因するものではなかった。