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「眼鏡のフレームを替えたせいだと思うが……」と仁科はいった。

 パソコンのファンとハードディスクの唸る基調低音が十二畳ほどのその部屋を満たしていた。

「見えるんだな、何かが。もちろん何だかはっきりしない、ただの白い布かカーテンみたいなものなんだが、脳の方が勝手にイメージを作り上げてしまう。それで、どうも化け物というか幽霊を見た気分になる」

 21インチのディスプレイには詳細な線で描かれた設計図が映っていた。3Dキャドだが、いまは平面図だ。

「で、顔は?」

 仁科の脇で別のパソコンにアクセラレータを取り付けていた本間が訊ねた。

「先輩の話からすると、知り合いの女ってことになるんでしょうね、やっぱり」

 肩を竦めながら、あらぬ方を向いて本間が続けた。

「美也ちゃんだったら、怖いな……」

 いって、ぶるるっと身震いする。

「怪談はいやですよ」

 仁科の指がキーボードの上で、わずかの間、止まった。

「美也子も簡単に死んじまったからなぁ」仁科の嘆息。

「正直言って、こう立て続けに事故が起こると、呪われてんじゃないのかって気になるね。そいで、つぎはおいらの番かな、と」

「ええ、確かに。でも、いまのところ、おれは呼ばれてる気がしないんですが」

「おいらだってしないさ。でも、幽霊が見えるからな」

「フレームなんでしょ、銀の。気にすることないですよ」

「気にする気がなくても、気になることはある」

「仕事、ぱっとしないんですか?」

「っていうより、飽きたな。代わり映えしない。煮詰まってる感じはするんだが……」

「まだ、にこごりはできない?」

「豚の脂身でも入れるかな」

「魚はどうです?」

「魚じゃ、生臭いからなぁ……」

「生き物なら、どっちだって生臭いですよ。幽霊なら、平気かな?」

「幽霊のにこごりねぇ? 味がしないよ、きっと」

「でも、肝は冷えるかもしれない」

 ぼそりと本間が呟いた。

「おいらは結構だね。遠慮するよ」

「おっし、くっついた。後は筐、ネジ止めしてと……」

「本間くん、仕事のろいね。ボードくっつけるのに、どんだけ時間かかってるの」

「ハードは苦手なんですよ。ソフト屋だから」

「課長が聞いたら嘆くようなこと、いってくれるじゃない」

「もう嘆かれてますよ。こないだ納入したソフト、客先で動かなくって、原因調べたら、おれの作ったところだったんです。おれ、伶ちゃんと相性悪いんだよな。ソフトの組み方が違いすぎて……」

「たんに実力ないだけじゃないの?」

「先輩もいいますね。でも、うまく動き出したら、使い勝手いいって客先で大評判なんですよ」

「ほっとしただけじゃないの? 動いてさ。高い金払ってるんだからな。……だいたい、なんできみがユーザ・インターフェイス、作ってるわけ」

「おれ、人の気持ちがわかりますからね。たいていのソフト屋じゃ、こうはいかない。愚痴になるからいわないけど、マシンのことしか考えてないやつが多すぎるんですよ!」

「人が好きなら、コンピュータなんかと遊んでないからな、たぶん」

「ま、そういうことも、あるっすね」

 パチン!

「……終わり」

 本間が、パソコン新型基盤の取り付け作業を終え、コンピュータを再起動した。ピポッという音の後、いくらか心配げに本間が肩を竦めた。

「うまく動けばいいけど……」

 パソコンが立ち上がって、パソコン本体に組み込まれたボードや周辺機器の状態を確認している。やがて、OSが立ち上がって……

「え、なにこれ?」本間が叫んだ。

 ぞっとした表情でモニタ画面を見つめている。

「何、どっかミスったの、本間くん?」

 仁科がいい、本間の視線を追った。

 白い幽霊が映っていた。

 仁科がぐっと息を飲み込んだ。

「まさか、そんな?」

 白い幽霊が動いた。OSの起動初期画面上を横切っていく。それは幽霊じゃないかもしれない、と、そのものの認識の最中、二人は思った。人間の脳がそれを幽霊と認識させているのだ。なぜなら、得体が知れないから。

「おまえ、何やったんだ?」仁科はいった。

 が、本間のせいではないことはわかっていた。本人も認めるように、彼にはその類の冗談のセンスはなかったからだ。

「おれじゃ、ないっすよ」

 のろのろと本間が答えた。

 すると、その白いものがくるりふわりとこちらを向いた。そう感じられたのだから、たぶんそれまでは向こうを向いていたのだろう。ついで、その白いナニモノかの中に表情が現れた。

「美也子か?」仁科が呟いた。

 それは、三枝美也子の顔のように見えた。

 見ている二人に同時に視線を合わせると、にこりと微笑んで消えた。

 あとは、通常通りのOSの立ち上げ画面が続いた。

「ひゃー、おれ、見ちゃったよ、幽霊。……はじめてっすよ、こんなこと」

 しばらくしてから――といっても五秒も経っていなかったが――本間がいった。声に感慨が喰い込んでいる。

「おいらだって、そうだよ」仁科が応えた。

「でも、びっくりしたけど、怖くはなかったですね。はっきりしてからは、って、何がはっきりしたんだろう? おれ、美也ちゃんに恨みかってないよなぁ。付き合ってたわけでもないし。そりゃ、何回かは飲みに行ったことはあるけど、それは、ま、職場の付き合いってもんで、でも、いまのあれ、本当に美也ちゃんなのかな? おれ、あ、やだやだ、ちょっと怖くなってきた。……先輩、いまのあれ、どう思います?」

「一応、確認しといた方がいいかな。再現性があるかどうか……」

 仁科はいったが、勘では、もう二度とあれにはお目にかかれないだろうと思っていた。再現性があれば、それは科学の領分だし、仁科の認識ではオカルトというか、そういったものが科学の分野として確立されているとは思えなかったからだ。ついでにいえば、奇跡も、その定義からいって再現性はない。

 と、そこまで思い当たって、仁科は自分のことを面白味のない人間だな、と再認識した。もっともそれ以上、何が面白味がないのかまで分析する気にはなれなかったが……

「とにかく、いっぺん止めてから、再確認しよう」

 仁科はいった。

「本間くん、やってね」

「え、おれがっすか? 怖いのはいやですよ」

「いま、怖くないって、いってなかった? ……おいらも付き合うからさ」

「ああ、仕事が!(遅れる)」

「諦めなさい。人生なんて、そんなもんです」

 そして、仕方なく二人は白い幽霊の確認作業に取りかかった。

 何も発見できなかった。


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