2 コルベド
細かく書くのは好きだけど時間がねぇ(泣)
──船長室にて。
船長室の扉を開いたリタニアは言葉を絶していた。
眼前に広がるのは汚部屋の伏魔殿。
服やら酒瓶やら宝石やらが所狭しと散らかっており、足の踏み場なんてものはない。むしろものの上に自然と文場が作られている。
汚い、とにかく汚い。
確かに船内の様子で予想はできた。
コルベドという女船長の女子力でせめて自室は綺麗だろうと、船内は船員が散らかしているだけで自分のテリトリーは自分で守っているだろうと、希望的観測により事実を誤認していたのかもしれない。
「今日はいつもより片付いてるっすね」
「嘘でしょ!これで?!」
リタニアの声で誰かが来たことに気がついたのか、部屋の突き当りの服の山が崩れ、中からピンクのアホ毛が飛び出してきた。
間違いない、あのアホ毛がコルだ。
ドレスのスカートの裾を引き上げ、散らかった物を踏みつけながらアホ毛の元へと向かう。
リタニアはアホ毛を両手で掴み、腰に力を入れる。
それから渾身の力で上向きに引っ張ると、ズボっと音を立ててきれいに抜け、二人の目と目が合う。
リタニアの目に写ったのは翡翠とアメジストが入り交ざったような美しい目。世界でただ彼女の一系しか持っていない美しい瞳。
「あら、久しぶりですこと」
「ん〜〜〜?誰〜〜?」
コルベドは目をしばたかせて言う。
「わたくしの事を覚えていないのですか?」
「あ〜〜〜んとね、お酒が足りないのかも」
リタニアにアホ毛を掴まれたまま、乱雑に放置された途中まで飲まれている酒瓶に手を伸ばした。
「あなたそれいつから放置してるの?」
「しーらない。酒は腐らない。腐ったとしてもアクセント」
酒瓶を開けると、90度に傾け、ぐいっと一気に飲み干す。
ゴクゴクゴクと喉が3度ほど動き、酒瓶が空になると、入口近くに向かって放り投げた。
強烈なだらしなさにうろたえ、リタニアはアホ毛から手を離して一歩下がる。何か生暖かいものを踏んだような気がして足元を見ると、服の山の下に隠れてたぬきが一匹くつろいでいた。
「あらっ、ごめんなさい………」
「きゅーっ!」
ヒールに踏まれていたかったのか、目に涙を浮かべながら走り去ってゆく。
「今のがうちのアイドルのきゅー太くんっす。あいつはいつもこの部屋でくつろいでるんっすよ」
得意げそうに下っ端の男はいう。
「補足説明をどうも」
「あとキツネのこん太もこの部屋にいると思うんで!」
「終わってますわね、このゴミ部屋」
男はそこまで話すと、じゃあ、とだけいって入口近くの殻の酒瓶を両手いっぱいに担いで消えていった。
もしかすると毎日呼ばれていたのは酒瓶回収のためだったのか?なんて思ってしまう。
「目は冷めたかしら?」
酒の味に恍惚としているコルベドに悪態つきながらリタニアは声をかける。
「もしかしてりーちゃん?」
酒焼けした締まりのない声でコルベドはリタニアの相性を呼ぶ。
「まったくあなたは、何がどうしてこんな汚部屋で暮らしているのかしら。船内も汚いし臭い、淑女としての威厳を忘れたのかしら?」
「んなわけないでしょ〜ほら、このセクシーな服。オーダーメイドなんだよ?」
溢れんばかりのコルベドの巨峰が強調された黒を基調としたドレス。足を上げればスリットから太ももが覗け、ドレスと言っても中華風であった。
「まったく、どこでそんなものを」
やれやれとリタニアはため息をつく。
「大体そんな露出の多い服を着ている割には体の方はあまりよろしくないようですけど?」
酒と惰眠によって出来上がったスマートとは言えないようなだらしない体つき。肥満体型までは行っていないのが唯一の救いだ。
「りーちゃんは知らないの?多少肉付きが良いほうが好まれるんだよ?」
「知らないですわ、そんなニッチな世界。努力を怠った怠惰の結晶を好む世界なんて知りたくもないですし」
気に触れたのか、コルベドはムスッとした表情で頬を膨らませる。
「ていうか何?あたしのファッションセンスにケチつけに来たわけ?」
「そうでしたそうでした。用件は別ですわ」
「あたしが知っていることなんてそーそーないけど?」
「あなた、ここから検問を抜けず海を通れる裏ルートを知っているでしょ?」
コルベドの表情が引き締まる。
彼女の片方の手は腰に刺した短剣に伸び、同様にリタニアも宝石で加工された七色の扇を広げた。
「この港には物だけでなく人をも運ぶ船があると言う噂はどうやら本当にのようね。政府の検問よりも強い権力を持つあなたなら容易いことなのかしら?」
不適にリタニアは笑う。
「目的は何?」
「裏オークション会場まで連れて行ってくださいます?」
はぁ、とコルベドはため息をつく。
警戒を解き、近くの残り酒に手を付けた。
「それぐらいだったら頼まれたら教えたし」
口を尖らせながらコルベドは呟く。
「あら、意外ですわ」
「なんで?」
「てっきり殴り合いでも始めるのかと」
バツが悪そうにコルベドは俯く。
破天荒といえばコルベド、そんなイメージがリタニアにはあった。
「変わりましたね」
「全部失うと人間色々変わるんだよ」
つまらなそうに呟く彼女の視線の先には1枚の写真が飾られていた。それは色付きの写真で、写っているのはとある一家のようだ。
みな同じ、美しい翡翠とアメジストを混ぜたような目をしていて、姉は妹を思い、母は子供を思い、父は家族を思う、幸せを感じ取れるような美しい理想的な家族の写真だった。
だが、左上の一部分が欠けていた。
写真とは関係ない端の部分なのだが、まるで泥の中にでも入っていたかのように泥のシミが出来ている。
「もう思い出も家族もあたしに残っているもの以外は沈んだんだ。なのにまだ残っている大事な親友のお願いを聞かないわけがないから」
──コルベド=ペリドット。
彼女は沈んだ王国の第一皇女であった。
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