1-1.宝石商の女 リタニア
最後まで読んでくれると嬉しいな
引ったくりの男を見失った少女は失意の中、鞄の持ち主である宝石商の女の元へと戻ってきていた。
目的は鞄を返すことと、オルタストーンについて尋ねるため。
少女の目的はオルタストーンを手にすることにあったからだ。
憲兵は引ったくりの際の状況を目撃者に聞いて回っており、その中心には虚ろな目をした赤いドレスの女が座り込んでいた。
「わたしのすべてが、わたしのすべてが………」
今にも消え入りそうな声で何度も何度も同じ事を呟いている。
羽根付き帽子の少女はするすると人混みを抜け、宝石商の女の元へたどり着いた。
「お姉さん、大丈夫?」
「これは……………?」
膝を付き、少女が差出していたのは鞄だった。革のなめし具合や形、大きさはまごうことなく彼女のものであった。
「お姉さんのでしょ、これ」
少女はそう言って優しく微笑んだ。
「そんなはずは!」
自分に盗みを働いた男が賞金付きのひったくり犯であると聞き、もう帰ってこないと思っていた。それけに帰ってきたというのをすっと受け入れられなかった。
疑いながらも恐る恐る鞄に手を伸ばし、中身を確認する。
色とりどりの宝石達は一部なくなっていたがそれ以外は何も変わらずそのまま入っていた。全てを失ったわけではないと女は大きくため息をついて安堵した。
「ああ、よかった。本当によかった。これがなかったらわたしは死んでしまうところだった。あなたは私の恩人、名前を教えくれないかしら」
「私はさすらいの正義の味方ですから名はありません」
「それでも呼ばせてほしいの」
「う〜ん、じゃあスズナって呼んで」
少女は自分をスズナと名乗った。
「すっ、スズナ?珍しい名前ですけど、ステキですわ!」
「まあ、かなり遠方から来たからね。みんな珍しいっていうからちょっと恥ずかしいんだ〜」
恥ずかしいと言う割には満更でもない様子だった。
「私はデモルト商会の長女、リタニアといいますわ。何かお礼をさせては頂けないかしら」
千載一遇のチャンスと捉えたスズナは図々しくも直接的に要望を述べた。
「オルタストーンをくださいな」
オルタストーン、それはこの大地の奥深くで何千万倍にも圧縮された魔力の塊。そのために色は無色透明で大気成分と反応し七色に光るのだ。
とある目的のため、スズナにはどうしても必要だったのだ。
どうやらリタニアはオルタストーンがピンと来ていないようで頭にハテナが浮かんでいるのが見えた。
説明しようと口を開いたスズナの口をリタニアは手で強引に黙らせた。
「オルタストーンがどちらかはよく知りませんがあなたがほしいと言うならば宝石の1つや2つは差し上げます。商売人として受けた恩はしっかり返さねばなりませんから」
宝石商の女は気高く純粋で真っ直ぐであった。
思わず転がり込んできた転機にスズナはほくそ笑む。
当初はただ、盗人を捕まえて情報を吐かせるだけのつもりだったのに本体まで手に入ってしまったのだ。
「やっぱり私、天に選ばれただけはあるねっ!」
自身の天運に酔いしれ、スズナは高らかにガッツポーズを掲げる。まだ実物は手のうちにないというのに随分な余裕だ。
「して、どちらの宝石かしら」
リタニアが鞄を開くと内部機構が作動し、中の宝石が均一にかつ、種類別に並び中に浮き上がった。斜陽に照らされ、宝石の輪郭がほのかに輝く。
もちろんその中にスズナの目当てのものはない。
「私が欲しいのは盗まれてるやつです」
そう言って指差したのは2つ目の段の真ん中のスペースだ。
そこだけ均一の均衡が崩れており、ちょうど宝石一つ分のスペースが空いていた。
「あれじゃないと駄目なんですよね」
「そうですか……」
悔しそうにリタニアは唇を噛む。
宝石なんて所詮は魔力構成物の塊であり、オルタストーンとの出力の差は天と地程だ。スズナのやろうとしている大魔法を起動させるには宝石程度がいくらあっても発動することはないだろう。
「大丈夫ですよ、リタニアさん。私がシャークから取り返すだけですから」
「お待ちなさい」
踵を返したスズナの袖をリタニアが掴んだ。
「どうしました?」
「スズナさん、あなたシャークの居場所はわかるのですか?」
痛いところを突かれ、スズナはうめき声をあげて目を細める。
事実、スズナはここの一週間シャークのことを探し続け、先程初めて出会えたのだ。
それでもって取り逃がし、行き先は不明。
ヤツの慎重な性格から考慮するにしばらく犯行に及ぶことはないだろう。
現時点では完全に八方塞がりなのだ。
スズナの表情を見て大体察したリタニアはチャンスだと内心拳を掲げる。戦闘力や機動力は人並みだが人脈や情報の面ではかなりの自身があった。
──『売られた恩は10倍で買い叩け』
これはデモルト商会の初代会長、リタニアにとっては祖父であるデモルト=ショールズが言った言葉だ。信頼関係を強固にするには売られた恩は全力で返すべし、という思いが込められている。
(今こそが買い入れの好機なのですね、お爺さま)
彼女の目に炎が灯る。
「わたしならば、きっと、いや、必ずあの男を見つけてみせますわ」
「リタニアさん?」
豹変した彼女の様子にスズナは苦笑いを浮かべる。
「このデモルト=リタニア、全身全霊を持ってスズナさんをお手伝いさせていただきますわっ!」
リタニアは胸を拳で叩き、高らかに宣言した。