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おわりとはじまり  作者: 白鳥 海
3/6

学校に着いたのは意外にもいつもと変わらない時間だった。気持ちは後退していても、体は着実に前進していたらしい。

校門のすぐそばにある白い木蓮が咲き誇っていた。池の鯉も寒さに凍える様子もなく、優雅に泳いでいる。

卒業式を目前に控えた学校は3年生不在の静けさと、にわかに行われた庭木の剪定や校舎の清掃のせいか、どこか神聖な空気を身にまとっていた。

まいこは駐輪場に自転車を停めるとすぐに、佳純の自転車を探した。2台隣に佳純の白いマウンテンバイクがあった。今日は少し早めに来たらしい。

この言葉にならないもやもやした気持ちを早く伝えたい。気付けば玄関まで走っていた。上履きに履き替え、足早に階段を上った。1組は階段から1番遠い場所にある。

「1組なのに何で一番遠いんだ」とクラスの皆が一度は口にするのだが、今日はまいこも同感だった。

教室に向かう途中、校庭から大きな声が聞こえて、思わず廊下の窓から下を見下ろすと、朝練を終えた野球部の男子が数人ふざけあっているのが見えた。何を言っているのかは分からないが取っ組み合いをしながら笑っている。それを見守るみたいに、少し離れた場所で小宮君が笑っていた。

「高橋さん、おはよう」

振り向くと担任の平岡先生が立っていた。アラフォーで独身。まいこと同じくらいの背丈で、自称ぽっちゃり体型という先生は、そのいで立ちと親しみやすいキャラで男女問わず人気のある先生だ。いつもはスエット姿の先生が珍しくベージュのパンツスーツを着ていることに驚いたまいこは、つい下から上まで目で追いかけてしまった。

「おはようございます」

「今日も早いのね、関心だわ。もう4月から3年生だもんね。大事な時期だから、皆にも見習ってほしいわ」

「ありがとうございます」と言って、まいこが軽く頭を下げると、

「これ、卒業式で着ようと思ってるんだけど、今日試しに着てみたのよ。でもね、先生たち皆ぎょっとするだけで何も言わないの。失礼しちゃうわ」

まいこの視線に気づいた先生は、冗談めかした様子で口を膨らませてみせた。

「かと言って、さっき野球部の連中には、もう少しでかいサイズを買えだの、服が可哀想だのって散々笑われてショック受けちゃったりして」

そういうと、平岡先生は豪快に笑いながら、手を振って去っていった。

先生を見ていると、私も歳を重ねればあんな風になるのだろうかと時々考える。

先生は「こんなんだからいつまでも独身でいるのよ」と自虐ネタにするけれど、まいこは飾らないありのままの姿の先生がとても輝いて見えた。


2年1組の教室につくやいなや、「佳純」と思わず声を出しそうになったが、すぐに止めた。教室にはまだ2、3人の生徒しかおらず、佳純がいないことにすぐ気付いたからだ。

タイミングを失い、「おはよう」と言えないまま自分の席に着き荷物を掛けた。

佳純はトイレなのかもしれないと思い、しばらくそのまま待ってみたが帰ってこない。

いつも一番乗りで登校する鈴木君に佳純を見なかったか確認したが、「僕はずっと本を読んでたから」といかにも無関心な返事が返ってきた。他の子にも聞いてみたが、皆「分からない」と首を横に振った。

佳純の机のサイドにリュックがかかっているから、校内のどこかにはいるはずだ。時々佳純が足を運ぶ2組や3組の教室を覗いたり、トイレも確かめた。1階まで降りて、中庭も探したし、いるはずのない図書室や音楽室も探してみたが佳純の姿はどこにもなかった。

教室に戻ったら、案外普通にいるかもしれない。まいこは階段を上り、2年1組の教室に再び向かった。すでに教室には半分位の生徒が登校しており、ガヤガヤとしていた。友達と喋る子もいれば、机の下でこっそりスマホをつついている子もいる。

まいこは2度3度念入りに教室中を見回してみたが、佳純はいなかった。

どうしたんだろう。何かあったのだろうか。こんなことは今まで1度もなかったことだった。

教室の入り口で立ち尽くしていると、朝練を終えた野球部やサッカー部の男子が真横をぞろぞろと通って教室に入って行く。部活用の大きなバックがすれ違うごとに時々肩に当たり、まいこは小さく身を寄せた。

「大丈夫か?」

声を掛けてくれたのは最後尾にいた小宮君だった。

「・・・うん」

小宮君はバックを反対側に持ち替えて、教室へ入って行った。

小宮君はクラスの中でも、少し大人びた雰囲気を持っている。だからと言って、変に恰好付けるわけでもない。いつも集団の端っこにいて、穏やかに笑っている。でも、何かトラブルが発生した時には、真っ先に収めようとするクラスのリーダー的存在だった。それに加えて文武両道となれば、女子が放っておくはずがない。

「モテる男は辛いわね」

今年のバレンタインデーの日、袋いっぱいのチョコを持ち帰る小宮君を見て、平岡先生が今にも踊りだしそうな声で言った。「うっす」と紙袋を上げて応えた小宮君は、下を向き、少し照れくさそうな顔をしていた。まいこはそのあどけない表情を見て、なぜかほっとした。


大人でも子どもでもない私たちは、両者の間を微細に揺れ動いている。

ある時ふとクラスの一人が「大人」という襷をかける。そうしたら、あの子もこの子も気付けば「大人」の襷をかけて走り始める。皆がみんなそうではないけれど、それはいずれ大きな群れとなって進んでいくんだろう。

小宮君はきっとその先頭にいる。


 まいこは予鈴がなるまで教室の入り口に立ち続けたが、佳純が現れることはなかった。仕方なく席につき、朝の読書の準備をした。それからスマホをこっそり確認したが、佳純からの連絡は入っていなかった。そのかわり、ママから週末の家事について3件も連絡が入っており、げんなりした。

今日は最悪な日だ。

まいこは大きく溜息をついた。


結局、佳純の席は空席のまま朝礼が始まった。でも、平岡先生は佳純について何も触れなかった。先生が教室を去った後、クラスの皆は少々ざわついたが、「保健室にいるらしい」と、どこで聞いたかも分からない誰かの一言ですぐに静けさを取り戻した。

ただ、まいこは一人疑問に思っていた。

朝、佳純を探している最中、保健室の清寺先生に確認していたからだ。先生は佳純を見ていないと言っていた。

佳純は本当に保健室にいるのだろうか。それに加えて連絡の一つもないなんて。

胸騒ぎがする一方、考えすぎなのかもしれないとまいこは思った。佳純のことだ。登校してすぐお腹でも痛くなって、入れ違いで保健室に向かったのかもしれない。

まいこはいつも隣で笑っている佳純の姿を思い浮かべた。佳純の不在がこんなにも自分を心細くさせるのかと実感し、たまらなく恋しく思えた。

一時限目が終わるとすぐ、まいこは走って保健室へ向かった。「廊下は走らない」という決まりもすっかり忘れ、バサバサとスカートの音を立て、結んだ髪を左右に大きく揺らしながら、皆が何事かと振り返るのも気にせず、階段を駆け下り保健室を目指した。

保健室の前に着くと、すぐにノックした。呼吸が荒く、体が上下しているのが分かる。

しばらくすると、ゆっくりと扉が開き、中から清寺先生が出てきた。

「高橋さん、そんなに慌ててどうしたの?」

先生はきょとんとした目でこちらを見た。

「佳純、原口佳純はいますか?」

まいこは乱れた呼吸を抑えて尋ねた。

「原口さんならもう帰ったわよ」

一瞬驚いた私の顔を見て、先生は事情を察したのか、朝、まいこと出会った後に佳純が保健室に来たこと、体調が悪いから家族に連絡して帰宅したことを説明してくれた。

まいこは心底ほっとした。それなら心配はいらない。さっきまで感じていた焦燥感は嘘のように晴れ、心も体もじんわりと温かくなるのを感じた。

「二人はとても仲良しなのね」

まいこのほっとした顔を見て、清寺先生は微笑んだ。

お礼を言って、保健室を後にした。

学校が終わったら、佳純の家に行こう。

まいこは教室までの道のりをゆっくりと歩いた。


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