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【短編】なくしもののない街

作者: 十朱鷺える

私生活でものをなくすことはありませんか。

時にはかけがえのないものをなくすことも。

それらが手元に戻ってくるのならば。

「この街では、なくしたものはなんでも元通りになるんだから。」


               *


 突如(とつじょ)、私の何かがすっぽりと抜け落ちてしまったような感覚に駆られる。

「どしたん?ミサキ。」

「いや…。なんか今、何か大切なものをなくしちゃったような気がして。」

 そうは言ったものの、私自身、何をなくしたかすら定かではない。カフェのテラス席に似つかわしくないモヤっとしたもどかしさを感じていると、

「そんなわけないじゃん。この街では、なくしたものはなんでも元通りになるんだから。」


 転勤の多い父と共に引っ越してきたこの街で、最初に仲良くなった友達、朋絵恵(ともえめぐみ)はそう言った。

「元通り?」

「そう、例えば…」

「あっ…!」

 めぐみが言いかけたところで、ガシャンと音を立ててグラスが地面に落下する。中のジュースと氷が、ガラスの破片と共に四散した。

 (やっちゃった…)

 掃除(そうじ)はどうしよう、グラスは弁償(べんしょう)か。完全にパニックになった頭はグルグルと回っている。

「へーき。へーき。」

 慌てふためく私を尻目に、めぐみはそんなことを言っていた。

「平気な訳…!」

「落ち着きなよ。ほら」

 言うと、めぐみはテーブルの上を指さした。

 そこには、さっき割れたはずのグラスが、中にジュースを(たた)えてそこにあった。

「えっ、ど、どういうこと…?!」

 あまりの出来事に理解が追いつかない。見れば、さっきまでジュースとガラスが散乱していた地面も綺麗さっぱりと元通りである。

「言ったでしょ。この街では、なくしたものはみんな元通りになるの。」


 確かに、この街に来てからというもの、忘れ物や落とし物には無縁の生活だった。

 めぐみが言うには、お金や食べ物などの()()()()()()は別として、落とし物や失くし物、さらには()()()お皿や()()()ペットなんかもすぐに戻ってくるらしい。

 この街では大切なものをなくすことも、授業中に鉛筆の芯が折れることもないのだ。

 そんなある日のこと。

「もうミサキのことなんて知らない!絶交するから!」

 きっかけは些細(ささい)なことだった。めぐみの鞄についた三毛猫のキーホルダーを、誤って踏みつけ、壊してしまったのだ。

 壊れたものがいくら元に戻ると言っても、彼女にとってその出来事は看過できないものだったのだろう。

 父の影響で転校を繰り返す私は、昔からなかなか友達ができない。

そんな私にとって親友とまで言える間柄だっためぐみから絶交を言い渡されることは、何よりも辛いことだったのだ。

 一晩中枕を濡らし、翌日。暗い気持ちで私は家を出る。

 学校の玄関を潜り、3階の教室までとぼとぼと歩いていたその時だった。

「おはよー、ミサキ。」

「!!」

 階段の下から声がかかる。

 そこには、昨日絶交した筈のめぐみが立っていた。

 三毛猫のキーホルダーも元通りである。

「どしたん?なんかテンション低そうだね。」

「えっ、なんで…。きのう絶交って」

「絶交?なんのこと?」

 めぐみは、まるで昨日のことが無かったかのように振る舞っていた。

 違和感を覚える。昨日、あれほどのことがあったのに、めぐみが気にしている様子はない…。

 (!!)

 違う。

 違うのだ。

 昨日のことが無かったかのように、ではない。

 これは、昨日のことが()()()()()()()()()()()()のだ。

 この街では、なくしたものはなんでも元通りになる。

 (えっ、じゃあ昨日絶交って言っためぐみはどこにいったの?今目の前にいるのは…誰?)

「なーに変なこと言ってんの。」

 茫然(ぼうぜん)と立ち尽くす私にめぐみは…いや、めぐみの姿をした何かは、

「ふざけたこと言ってるとイタズラしちゃうぞ〜!ほれほれ〜!」

 そう言って私のお腹に手を伸ばした。

「やっ、やめ…」

 恐怖でいっぱいになった私は、

「やめてよ!!離してっ!」

 そう言って、彼女を突き飛ばした。

 支えを失った彼女の身体は、投げ出されるように階段を転げ落ちた。

 踊り場には、頭から血を流した彼女の周りを文房具やら何やらが取り囲むように散乱していた。

「い、いやっ… やだっ、そんなっ…」

 人が死んだのだ。パニックはグラスを割った時の比ではない。

「うそ…こんなの、うそ、うそ、うそっ!」

 その場から逃げるように走り出す。いまだかつてないほどの速さで走った。

「うそ、うそ、う…きゃっ!?」

「うわっ?」

 そして、誰かにぶつかってしまった。

「いったぁ〜、どうして走ってんのよミサキぃ。教室は向こうじゃん。」

 めぐみだった。

「いやあああああああああああああっっっっっっっっ!!?!?」


 その日、私は父に無理を言って、逃げるようにこの街から引越した。


 あれからもう3年、私は久しぶりにこの街を訪ねた。

 街はなにも変わっていない。そうだろう。そういう街だ。

 …めぐみは、あの子は今どうしてるだろう。

「あ、いた…」

 遠くのカフェのテラス席に腰掛けているのが見える。隣に居るのは…。

 (!!!)

 ……やっぱり私は分かってなかった。この街でなくしたものは。

 ()()()()元通りになる。()()()()()もすぐに……。


               *


「…………」

「どしたん?ミサキ。」

「いや…。なんか今、何か大切なものをなくしちゃったような気がして。」


「そんなわけないじゃん。この街では、なくしたものはなんでも元通りになるんだから。」

いかがでしたでしょうか。

この作品は初投稿になりますので、拙いところなど多かったと思います。ぜひ、評価や感想、よろしければブクマなんかも何卒お待ちしています。

では、最後に、


無限ループって怖くね?

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