【400文字作文】冷たいおでん
新宿の暗い路地にある小さなおでん屋の壁
には、サイン色紙がびっしりと張られている。
色紙が増えたな、とおでんを小皿にとる主
人に話しかけると、壁が汚れなくて助かると、
真顔で答えられた。
笑いを堪え、箸で大根を慎重に割りながら、
焼きちくわを注文した。
カラシが一番旨かった。と言い席を立つと
店の主人は頬に四、五本シワを作り、奥さん
によろしくな、と言い見送ってくれた。
冷たい車に乗りこみ、山手通りを品川方面
へ向かう。道は当然のように混んでいた。
悪い歯並びのように立ち並ぶビルの二階で
四、五人の男女が窓の方を向き、ベルトの上
を淡々と走っている姿が見えた。
この通りの外灯はあの人達が動かすベルトの
動力で灯されているんだよと、私は誰もいな
い助手席に向かって、言う。
怒りに満ちたクラクションの音で我に返り
前を向くと、前の車もいなくなっていった。