第6話 約束の灯火
しばらく歩いて開けた広場に出たところで、俺は気になっていたことをラチラに尋ねた。
「なぁラチラ、ちょっと聞きたいんだけどさ。」
「うん?別にいいけどどうしたの?」
「さっきの呪われた指輪だけど、元の持ち主が力を貸してくれるって言ってたのはどういう事なんだ?」
「呪われた指輪じゃなくて、約束の灯火だよ。そもそも元々は遠く離れた二人を結ぶ絆になるっていう謂れのあるものだそうだし。あ、アリスっていうのは持ち主の名前ね。」
「…なるほど。その名前はラチラが付けたのか?」
「え?そうだけど。何かおかしかったかな。」
「いや、思ったよりセンスが悪くなかったからびっくりした。」
「トロ君って私に対しては結構失礼な事言うよね。」
そうは言うが、村にいた頃のラチラは猪の子供に”ハム”なんて名付けるような奴だったんだ。まともな名前を付けられるようになってるだなんて思わないだろう。むくれてしまったラチラに対し、俺は悪い事をしてないというスタンスで構わず話を続ける。
「話を戻すぞ。その、アリスが言う”力を貸してくれる”っていうのはどういう事なんだ。」
「…えっとね、私って水魔法しか使えないじゃない?でも、約束の灯火を介してアリスがマナの色を変換するから身に着けている間は火魔法も使えるようになるそうだよ。実は早く火魔法を使ってみたかったんだけど、試してみても良い?」
ラチラの言っている事は意味は分かるが理解が出来ない。マナの色を変換する?火魔法が使えるようになる?そんなトンデモな力を秘めた魔道具なんて聞いたこともない。
「ちょっと待て。それってかなり珍しい魔道具に入るんじゃないか?」
「だと思う。だからトロ君が店主さんとの話を強引に終わらせてくれたのはありがたかったんだよ。もしこの約束の灯火の本当の力に感づかれるような事があれば、あんな安く売ってくれなかったんじゃないかなぁ。あの人には悪い事しちゃったかもね。」
などと嘯くラチラにはもちろん悪びれた様子はない。当然だけど自分の店の魔道具の使い道も把握できていない方が悪いだろうな。ラチラが触れなければ呪われた指輪としてそのまま埃を被り続けたであろう未来などは、たとえ未来視がなくとも容易に想像出来る事だった。
「で、火魔法が使いたくてうずうずしているって訳か。」
「当たり前でしょ!だって二属性目の魔法だよ?使ってみたいに決まってるじゃん!」
前にも言ったようにラチラは水魔法しか使えなかったのだが、それもさっきまでの話だ。新しいおもちゃを見つけた子供のようなキラキラした目をしているのは仕方のない事だろう。まぁ、14歳だという事を考えれば年相応であるとも言えるが。
「…お前なぁ。いくらこの広場が開けた場所とはいえ、辺りには少なくない数の人がいるんだぞ?万が一にも誰かにケガさせちまったらどうするつもりなんだよ。」
「そ、そうだよね。ちょっと考えが回ってなかったかも。ごめん。」
ラチラが素直に話を聞いてくれる子で良かった。まだ数日滞在するのに街中で問題なんて起こすわけにはいかないからなぁ。とはいえ俺も約束の灯火の力を確かめてみたいという気持ちはある。そういえば、と良い事を思いついたのでラチラに提案してみよう。
「この街なら多分ギルドがあるんじゃないか?冒険者の修練場もあるはずだしそこで試してみようぜ。」
「そうなの?それじゃあ早速行ってみようよ!」
予想通りラチラも乗り気である。今回の約束の灯火の事がなくともいずれはギルドを見に行きたいと思っていたので、丁度いいという訳だ。何故ギルドに行きたいかって?男はみな冒険に憧れる物なのだ。そこに深い理由なんてない。ちなみにこの広場にはボーチの地図があったため、ギルドの場所も把握済みである。
という訳で俺たちはギルドに向かって歩き出した。頭の中の地図に従って暫く進んでいくと、徐々に冒険者の出で立ちをした者が増えていく。あっちには全身鎧の戦士が歩いているし、こっちでは魔術師らしき老人が戦士と談笑している。始めの頃はまばらにしかいなかった冒険者の姿だが、いつの間にか一般の街の人は消え辺りは冒険者一色になっていた。服を新調したためか、俺たちの姿はどうにも浮いて見える。ギルドに行くなら着替えなくても良かったかな?などと思っていた時だ。厳つい出で立ちをした男が俺たちに話しかけてきた。
「なんだぁ?こんなとこにガキが来るなんてよぉ。迷子にでもなったのかぁ?」
「いや、ギルドの修練場を貸してもらおうと思ってさ。な、ラチラ。」
「は、はい。私たち、迷子になったわけではないので……」
ラチラが委縮してしまうのも無理はないだろう。いかにも凶暴そうな風体の男に威圧されればそうもなる。だが、俺から言わせてもらえば話が出来そうなだけ魔物よりはマシなのではないだろうか。
「おめえみたいなガキが修練場を使いたいだってぇ?あそこを使えるのは冒険者だけって決まっているんだよ!ろくに戦闘も出来なさそうなひ弱なガキが冒険者になれるとでも思ってんのかぁ!?」
前言撤回。俺たちをばかにしたように笑う男に対し、俺は流石にイラっとして手を出そうとした。が、先にラチラの呪文が紡がれる。
「――炎熱壁」
「うぎゃあっ!熱い、燃えるっ!助けてくれぇっ!」
「トロ君をバカにしたあなたを、私は許さない。」
屈強な出で立ちをしたはずの男が情けない声を上げるのも無理はない。炎の壁が男を囲うように突如現れ包み込んでしまったからである。ラチラが怪しく光る約束の灯火を嵌めた手を向けている事からもこれが彼女の魔法であることは疑いようもないが、使い慣れた水魔法においてもここまでの威力の物を使いこなせたという記憶はない。おそるおそるラチラの表情を窺うとこれまでに見たことのないような憎悪の感情を浮かべていた。
これが男の言葉に委縮していた子と同じ人間の表情なのかと俺さえも疑わしく思えてくる。そんな、今まで見たこともないようなラチラの怒りを目の当たりにしたおかげか、それまでの怒りがすーっと収まり俺は冷静になった。
「ラチラ!このままじゃあの男が死んでしまうから魔法を止めてくれ!」
「え?トロ君がそういうなら… 命の恵み」
すると男の上に突如として雨雲が現れ、局所的な雨を降らすことによって炎の壁をかき消した。そこまで長時間炎の壁に包まれていたわけでは無かったためか、命に別状はなさそうだが、体のあちこちにやけどをしていたようだった。その様子を見たためか、ラチラは真っ青な表情で崩れ落ちていた。
「私、あの男の人の言葉を聞いて目の前が真っ赤になって、この人を始末しなきゃって思って… どうしてそんな酷いことが出来たの…?」
などとうわごとのように言っている。一方で男は立ち上がるとこちらに向かってきていた。
「全く、ひどい目に会ったぜ。そっちの嬢ちゃんの魔法だったか?とんでもねぇな。見かけでバカにしたりしてすまなかった!」
などと頭を下げてくるあたり、体に問題はないみたいだ。しかしラチラにはそんな言葉が届くわけもなく、いまだに震えながら虚ろな目でぶつぶつ声にならない言葉をつぶやいている。人の目は気になるが、このまま放っておく訳にもいかないし俺がなんとかするか。
俺はラチラを落ち着かせるために抱きしめ、言葉をかける。
「ラチラ、いいか。さっきのはお前の意思じゃない、約束の灯火のせいだ。そうだろ?それに、あの男も無事だ。だから自分を責めるな。」
「え?無事?…本当に?嘘じゃない?」
「本当だ、顔を上げろ。」
俺が顎で指し示した方向をラチラが向くと、どうやら男と目が合ったようだった。
「ごめんなさい!私、自分が抑えきれなくて、あなたを殺そうとしてしまった。何て謝ったらいいか…」
「嬢ちゃん。冒険者ってのはな、侮られたら商売あがったりなんだよ。誰だって大したこと無い奴に重要な仕事なんて任せたくねぇだろう?だから、今回の事は舐めてかかってケンカを売った俺が悪かっただけで、嬢ちゃんが気にする必要は何もねぇ。いいか?これ以上まだ気にするような事を言うなら一発ぶん殴るぞ。」
そう言って男は豪快に笑ってみせた。