第5話 ボーチ観光
翌朝、俺たちはおかみさんの用意してくれたサンドウィッチを食べてから街に出ていた。まずは俺の寝袋を買いに行こうと決めていたので、大通りに出て寝具が売っていそうな所を探すことにした。
「しかし、本当にたくさん人がいるなぁ。」
「こういう所に来るのは初めてだから、なんか緊張しちゃうかも。」
「はぐれないように手、繋いでおこうぜ。こんなに人が多いと一回はぐれちゃったら大変だからな。」
「…うんっ!」
何がそんなにお気に召したのか、ラチラはご機嫌な様子だ。ラチラが伸ばしてきた手を離さないようにしっかりと握りしめる。思ったよりも小さく柔らかい手に少しだけドキドキしてしまうが、相手はラチラで妹のようなものだと言い聞かせて平常心を取り戻した。
「トロ君トロ君、あそこで服を売ってるみたいなんだけど行ってみない?」
「まぁ…今の俺たちの服装って駆け出し冒険者、って感じだもんなぁ。予備の服も欲しいし行ってみようぜ。」
どうやらラチラは服屋を見つけて興味津々のようだった。普段であればそこまで服に興味のない俺ではあるが、今の服装だと観光って感じもしないし丁度いいかと思ったので自分の服も見繕うつもりで向かう事にした。俺たちは人込みの流れに従って進んでいき、服屋の中に入っていった。
「うわぁ~色んな服があるよ!こっちとかフリフリしてるし可愛いね!」
「おい、また田舎者みたいに思われるからはしゃぎすぎるなよ。」
「こっちはシンプルだけど可愛い!」
「…少しは人の話も聞いて欲しいんだが,,,」
見たこともないようなデザインの服の山を見たラチラはすっかり気分が舞い上がってしまったようで、俺の言葉なんて全く届いていないようだった。さっきまで繋いでいた手も今は話しているが、さすがに店の中で迷子になるような事もないだろうし俺も自分の新しい服を探すことにしようか。
そこまで大きな店という訳ではなさそうだが、そこそこ賑わっているようであちこちに服を見繕っている女性の姿が見えた。そういえば俺以外に男性の姿は全く見えないな、もしかして女性物の服しか売ってないのか?と思ったが、男性物を売っているらしきコーナーも見つけたのでそうではないみたいだ。ただ明らかに量が少なかったので、こちらには特に力を注いではいないのだろう。とはいえ俺が着ている服と比べてみると上等なもので、少なくとも田舎者という印象が取れそうなものばかりだったため、手ごろな値段の物を一着買う事にした。
「あら、男の子がうちに来るなんて珍しいわね。あまり種類が無かったでしょう?ごめんなさいね。」
「いえ、大丈夫です。これください。」
金髪でスタイルの良いお姉さんの店員の所まで服を持っていくと、そう謝られた。一応自覚はあるんだな。ちなみに俺が選んだ服の値段は銅貨六枚だった。
「ところで質問なんですけど、どうしてこの店には男物の服が少ないんですか?」
「ここって酪農の街として有名でしょう?街の男の人でわざわざお洒落しようなんて人はいないのよねぇ。街中の男の人は大抵は冒険者の人だったりで、そういう人は防具を求めているからうちじゃなくて向こうのお店に行くのよ。」
そう言ってお姉さんが指を差した先には、確かに鎧や胸当てなどの防具が並んだそれらしき店がちらほらと目に入ってくる。
「もしかして、君もそういうの目当てだった?」
「いえ、俺は付き添いで来たついでで買ったなので…」
村ではラチラ以外の女性と言えばかなり年上のおばさんばかりだったので、年の近そうな綺麗なお姉さんに話しかけられているという状況に緊張してしまい、徐々に声が小さくなっていってしまった。俺のそんな様子に気づくこともなく、お姉さんは続ける。
「もしかしてあの子の付き添いかな?」
お姉さんが目を向けた先には二着の服を持って悩んでいるラチラの姿があった。と、ラチラが自分を見ている俺に気づいたようで、こちらへ向かってくる。
「トロ君、どっちの服が良いと思う?」
そう言ってラチラが見せてきた服は、右手に持っているのが、ピンク色のフリフリが着いたいい所のお嬢様が着るような服で、左手に持っている服はライトブルーのワンピースだった。
「…..お前、本当にそんなフリフリのついた服を着るつもりなのか?確かに可愛い事は間違いないけど、一緒に歩ける自信がないからそっちのワンピースにしてくれ…」
「えー!一度こういう服着てみたかったの!でも、トロ君がそういうならこっちにしておくね。」
ラチラはそう言ってピンク色の服を元あった場所に戻すと、ワンピースを店員のお姉さんの所に持っていった。俺たちは試着室でさっそく今買った服に着替えた。村から持ってきた服を着替えるだけでも随分と印象が変わるものだ。ラチラに関しては特に芋臭さが抜けたように感じる。素材が良いと服との相乗効果でかなりよく見えるが、流石に照れ臭いのでラチラに伝える事はないだろう。
「ありがとうございましたー!また来てねー!」
お姉さんに見送られて服屋を出た俺たちは、今度こそ本来の目的地である寝具を売っていそうな店を探すことにした。再び大通りに出ると相変わらずの人の多さに少しだけ圧倒されそうになったが、波に逆らわない事を学んだのでラチラとはぐれなければ大丈夫そうだった。流れに従って進んでいると、どうやら先ほどお姉さんに教えて貰った防具を売っている店が並ぶエリアに突入したようだったが、中には冒険者の役に立つような道具を売っている所も見て取れたので、とりあえず始めに目に入った店に入る事にした。
「ここは…?」
「冒険者の役に立つ道具屋みたいな事が看板に書いてあったから入ったんだ。たぶん売ってるだろ。」
中は古びた感じだが、さまざまなものを売っているように見える。その大半は壊れかけた壺だの黒ずんだ指輪だのと言った何の役に立つのか分からないようなものばかりだったが、中には俺たちの簡易テントよりも上等なテントや見た目以上に物が入る収納袋など、便利な品物もあるみたいだ。それなら寝袋も、と注意して辺りを見回すとそれらしきものを俺が発見したのと同時に、黒ずんだた指輪に興味を持ったラチラがそれに手を触れた。
途端、ラチラの様子が急変する。
「…!また、誰かが私に話しかけてくる… これは、この指輪の元の持ち主の声…?」
「ラチラ、大丈夫か!?」
「…うん、前みたいに取り乱したりしないよ。」
頭を押さえてはいるものの、遺跡での時のように錯乱はしていないようだ。まるで誰かと会話しているかのように時折相槌を挟むラチラの様子を俺は見守っていた。暫くすると誰かとの会話が終わったようで、こちらに向き直して語り始めた。
「この指輪の元々の持ち主は貴族の令嬢さんで、これは恋人から貰ったものみたい。でも、その恋人とは身分の差があったそうで怒った父親によってその相手は切り殺されてしまったんだって。それに悲しんだ彼女は身を投げて自殺してしまったの。この指輪には彼女の悲しみと身分差の恋が許されない世界への憎しみが宿っているそうだよ。」
「……身に着けたら呪われそうな、随分と物騒な指輪だな。どうしてそんな事が分かったんだ?もしかしてそれが神託ってやつなのか?」
「うん、私の神託は強い思いが込められた物に触れると、その思いを込めた相手とお話が出来るって能力みたい。あの遺跡にもきっと作った人の思いが込められていたんだろうね。」
なるほど、物に込められた思いが分かる、か。使いようによっては便利な能力かもしれないけど、遺跡の時や今回みたいに突然発動するのは困りものだよな。今後怪しい物にラチラを近づけるのは控えさせた方がいいだろうな。などと俺が考える一方で、ラチラは先ほどの指輪を強く握りしめていた。
「おいラチラ、まさかその指輪を買う気なのか?」
「え?そうだけど。元の持ち主さんは良い人そうだったし、色々吐き出せてすっきりしたから私になら力を貸してくれるって言ってたよ。ほら見て。」
するとラチラの手のひらに乗った錆びた指輪が突然輝き出し、それはかつて放っていた色なのだろうか、燦然とした銀色の指輪へと変化した。ここまでの俺たちの一連の流れを変な奴らがきたもんだと眺めていただけの店主だったか、流石に驚いたようでこちらへと向かってきた。興味津々な様子で尋ねてくる。
「その指輪は身に着けると不幸が襲い掛かるっていう代物だったはずなんだが、いったい何をしたんだ?」
「元の持ち主さんのお話を聞いただけですよ?別に変な事はしてません。」
ラチラの答えに納得する訳もなく、店主は頭に?を浮かべていた。無理もないだろう。俺も”ラチラが神子である”という前提が無ければ、頭のおかしい奴と話しているようにしか思えないからな。余計な事を詮索される前に話の流れを変えておこうか。
「ところで店主さん、俺たちは寝袋を買いに来たんだけどそれっていくら?」
と、目をつけておいた寝袋を指さす。
「あ、ああ。これなら銅貨三枚だな。」
「じゃ、それとこの指輪を買わせてもらうよ。こっちはいくらなの?」
「…そっちは銅貨一枚だよ。見た目は変わっちまってるけど呪われた指輪だ、気をつけろよ。」
合計で銅貨四枚、悪くない買い物だったな。未だに何が起こったのかよく分かっていない店主を置いて、俺たちは足早に店を出た。