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未来視の少年と神託の神子  作者: 伊万里
第一章
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第2話 旅立ち

 昨日は本当に酷い目に合った。目を閉じれば鬼神と化した母さんの姿が浮かんでくる。今までにも悪戯するたびに母さんからは御仕置きを受けていたが、夜遅くまで説教されたのは初めてだ。俺が発端となってラチラが神子になってしまった事に大層ご立腹だったらしい。王都まで観光ついでに俺が連れていくという発言がさらに怒りに拍車をかけていたらしく、どうやら反省するどころかふてぶてしいと思われたようだった。それでも長い説教の末に責任を取るゆえの行動であるならと最終的には納得してもらい、今こうして村の入口でラチラを待っているという訳だ。


「ラチラの奴、遅いな……」


 普段通りならラチラが待っている時間に来たはずだが、今日はどうにもその姿が見えない。手持無沙汰になってしまった俺は、父さんに準備して貰った旅の道具を確認し始めた。


 革で出来た鞄の中には財布と簡単な保存食、組み立て式の簡易テントに加えて王都までの地図が入っていた。財布には王都アストライアが治めるこの大陸で流通するアストラ金貨30枚と銀貨10枚、銅貨20枚が入っていた。いくら王都までが長旅になるとはいえ、子供に持たせるには破格の金額だ。


 次に保存食だが、小麦から作られた丸いパサパサとした塊で、父さん曰く栄養がかなり詰まっていて腹持ちのいいものとの事ではあるが、味がほとんどないので俺はあまり好きではない。あくまでもその日の食糧が確保出来なかった時の非常食とするのが良いだろう。


 簡易テントはせいぜいが3人が横になる程度のスペースしかないものなので、街以外で夜を過ごさなければいけなくなった時に使うのが良いだろう。

 

 地図は言わずもがなだろう。村を出れば土地勘のない俺たちだ、持ってなければ王都へたどり着くなんて出来っこない。


 また、これらとは別に魔物に襲われた時のために護身用の剣と楯を装備している。俺もラチラも特別に腕が立つという訳ではないが、村の周囲の見回りで下級の魔物と遭遇することもよくあったため最低限の戦闘の心得くらいはあるつもりだ。


 と、一通り持ち物を確認し終えて顔を上げるとラチラがこちらに向かってくるのが見えた。


「ごめん、トロ君!…結構待ってた?」

「待ってたけれど、暇だったから旅支度の再確認をしてた。」

「……そこは今来たとこっていうべきじゃないかなぁ?…別にいいけどさぁ。」

「俺は正直者だから嘘が吐けない性格なんだよ。」


 どうやら俺の態度のせいで、始めは申し訳なさそうな顔をしていたラチラの気持ちは吹っ飛んでしまったようだ。しかし遅れてきた理由はちょっと気になるな。聞いてみるか。


「ラチラ、今日はなんで遅かったんだ?」

「実はお父さんが一緒に行くって聞かなくて、さっきまで説得してたの… 最終的にそんな事言うお父さんなんか嫌い!って言ったら泣いて引き下がってくれたけど。」


 実に気の毒である。そりゃ父親からしてみれば年ごろの娘を悪ガキと二人旅させるのは気が進まないだろうさ… 何はともあれ準備が整ったので出発だ。


「とりあえず西に向かって歩いていくか。」

「そうだね。ここから一番近いところだとボーチかな。トロ君は行った事あるんだよね?」

「ああ。父さんに連れられて行った事があるから大丈夫だ。2日も歩けば着く距離だよ。」

「2日って…結構遠いんだね…」

「この村までは馬車も来ないから仕方ないさ。」


 ボーチといえば酪農が盛んなことで有名な町だ。以前行ったときには食事が美味かった事しか覚えてないが、それも仕方無い事だろう。普段俺たちの村で食べられる肉といえばせいぜいが猪肉や熊肉といった硬い肉くらいなのだ。あの柔らかかった牛肉を忘れる事などできる訳がないだろう。などと考えていると、ラチラが呆れたような顔でこちらを見ている事に気が付いた。


「……どうせ食べ物の事でも考えていたんでしょ。涎、出てるよ。ボーチの食べ物が楽しみだって事は分かるけど、まずは今日の食事をどうにかしないといけないって事忘れてるでしょ。」

「そういえば父さんから貰ったのはあの美味しくない保存食だけなんだよな…」

「私と一緒だね… あれあまり好きじゃないんだよね。」


 ここが周りに何もない見知らぬ土地であったら我慢したところだが、まだ勝手知ったる森を抜けてはいない。食べられる果実を採ってくるのがいいだろう。そうして記憶に従って歩いていると、リンゴが自生しているエリアが見えてきた。


「今日の食事はリンゴにしようぜ。何個か取っておこう。」


 そう言って剣を抜き、何度か振るってリンゴを収穫した。俺たちはリンゴを鞄にしまうと再びボーチに向かって歩き出した。暫く代わり映えのない景色が続いていたが、日が傾き始めた頃にようやく開けた道に出た。


「森の外はこうなっているんだね~ ここまで来たのは初めてだよ。」

「後はこの道の通りに進んでいけばボーチに着くな。夜通し歩くわけにもいかないし、もう少し進んだらテントの準備をしようか。」


 俺がそう提案したのはラチラの顔に疲れの色が見え始めているからだ。2人でここまで遠くまで遊びに出た事はないし、無理もない。本人が自覚しているのかは怪しいが、このまま歩き続ければじきに動けなくなってしまうだろう。ちょうど水場も見えてきたことだし、今日はあの辺までにしておくか。


「ラチラ、そろそろテントの準備をしよう。日が沈んでからじゃ大変だしな。」

「分かったよ、トロ君。私は近くで焚火に使う薪を集めてくるね。」


 ラチラはそういうと荷物を置いて薪を探しに出かけて行った。流石に目の届く範囲までにしか行かないようだし危険はないだろう。一方で俺は簡易テントを取り出すと手早く組み立てていった。この簡易テントは狭い割には便利なもので魔よけの効果を持っており、下級の魔物には見つかりにくくなるという優れモノだ。とはいえ中級の魔物には見つかってしまうようなので過信は禁物だろう。まぁ、こんな辺境でそのような魔物が出たという話は聞いたこともないが。


 俺がテントを組み立て終わったちょうどその頃に薪を集めたラチラが戻ってきた。


「トロ君、集めてきたよ。私は出来ないから火はよろしくね。」

「任せろ。|火炎弾”ファイアボール”。」


 ラチラが置いた薪の方に手のひらを向け体内のマナの流れに集中しながらそう唱えると、俺の手のすぐ前から小さな火球が飛び出していき薪に燃え移った。見ての通り俺は簡単な火魔法を使う事ができる。しかし、光魔法・闇魔法は当然のことながら水魔法・風魔法・土魔法の他の4大属性の魔法を使う事も出来ない。同様にラチラも水魔法を使う事は出来るが他属性の魔法を使う事は出来ない。


 聞いた話によるとなんでも体内に宿したマナの色によって使える魔法の属性が決まっているらしく、後から新たな属性の魔法を増やすことは出来ないそうだ。通常であれば1属性しか使えない所だが、複数属性の魔法を使える者も存在しており2種類ならば二重術者(デュアルキャスター)、3種類ならば三重術者(トリプルキャスター)などと特別な呼ばれ方をする。一方で全属性の魔法を使いこなせる六重(セクスタプル)術者(キャスター)などは伝説上の存在で、実際にいたなどという伝承すらもないようだ。


「私も火魔法が使えれば良かったのになぁ,,, 私の水魔法なんてお鍋一杯分の水が出せるだけで全然使えないよ…」

「…砂漠とか水が手に入らない場所なら役に立つんじゃないか?」

「王都までの道のりに砂漠なんてないでしょ、もう。」


 などといってラチラがむくれてしまった。この魔法の規模から分かるように、魔術者以外の一般人にとっては魔法というものは生活が少し便利になるに過ぎないものなのである。人間族以外には魔術が得意な種族もいると聞いているので、そういった他種族と出会う事も今回の旅の目的の一つになっている。


 他愛もない話をしているうちにすっかり日も落ちきり、辺りは暗闇に包まれていた。静寂が満ちたこの場には、焚火が鳴る音とその揺らめく炎以外に動くものは見当たらない。俺たちは手早く食事をとるとテントに入った。


「こうやってトロ君と寝るの、いつぶりだろうね。」

「そうだなぁ… ラチラが迷子になって、森で夜を過ごさなければいけなくなった時以来じゃないか?」

「私、迷子になった事なんてないよ?記憶違いじゃないの?」

「あれ、そうだっけか。おかしいなぁ。」


 そこまで昔の事じゃないはずだが、ラチラも違うといっているしやっぱり記憶違いなのだろうか。そんな事を考えているうちに、俺の意識は闇に沈んでいった。


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